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あなたのすき、わたしのすき

アナタには"すきなひと"いますか?

 寝てるときさ、雨水が垂れてこないってステキじゃない?


 あたたかいってステキなことじゃない?


 それが超絶スイートルームだったらサイコーじゃない?


「……ひろい」


 住み慣れた我が家(テント)とレベルが異次元すぎて。サーカステントのたかーい天幕を大の字で見上げているところです。


 時は夜。就寝時間となりみんながみんな眠い目をこすってるこのころ。オーナーのはからいで、本日はここに宿泊することになっております。


 もちろんサーカスのひとたちといっしょです。あ、いっしょって言ってもとなりどーしで寝るとかじゃなくて、同じ屋根の下で眠りましょうってこと。中には別のおテントや個別のものを使ってる人もいる(オーナーとか)し、グレードの高い場所を進められつつオジサンの思し召しによって、わたしたちはサーカステントの中でねんごろになっております。


 スプリットくんはぶーぶー言ってたけど、わたしはこのキラキラした雰囲気のなかで眠るのすごく楽しみにしてる。怪しげな光と影が漂う幕の奥がどうなってるのかとか、用具入れにおいてある意味深な箱とかおっきなナイフとか、そういうのに囲まれて眠るのなんか気分が高揚してこない?


 サーカスメンバーの人たちは思い思いの場所で寝てる。観客席のベンチに敷きものをしたり、ステージ裏で雑魚寝したり、まさかの階段の段差で座るようにして寝てる人もいるから驚き。聞いてみたら「いつでも起きられるように」って、なんでそんなことしてるんだろう?


「……あっ」


 そういえばカニシュがいない。オトモダチ記念のブローチに手が触れたとき、そんな思いが駆け上がった


 彼女はいずこ? お近づきのしるしにぜひともニックネームをおつくりしたい。はてさてなにがいいかな? カニちゃん、はなんか別の生き物になっちゃうしカッちゃんはなんかオトコっぽいし。


「どこにいるんだろう?」


 ふとそんなことを思って、わたしはテントの外に飛び出していった。


 今日は風が強く、ほんのり乾いた空気がわたしが出てきた箱物をゆらす。白と赤の布がパタパタと音を立てているのがよく聞こえる。


 周囲にあるいくつかのテントのうち、ひとつはオーナーだけのものだった。立派じゃないけど頑丈で、たぶん中には彼ひとりだけがいるのだろう。普段着もまたあのような格好なのだろうか?


 うずうず好奇心をおさえて、わたしはそこに連なるテントに視線を移していく。そのなかにひとつ、中に明かりが灯ったものを見つける。薄布の先に特徴的な髪型のシルエットが見える。


(間違いない、カニちゃんだ)


 ん?


(カニッシュ? カニー? か、か……かにかに!)


「なーに突っ立ってんだい」


「わひゃあ!」


 カニちゃんだ!


「なんだい、人の顔ジロジロ見て」


「あ、いえなんでもないです! 今日はいい天気だね!」


「暗くてなにも見えやしないよ。風も強いしさっさとお入り」


「え、いいの?」


「そのつもりで来たんだろう? いいからきなよ」


 なんとなく流れで侵入成功しました。


「飲み物も出せないけど、まあくつろいできな。いっしょに寝るのはナシだよ」


 奥にある近くの机に腰掛けた。いまは寝る準備をしてるのか、まっさらなストレートヘアを三つ編みにしてまとめてる。服もステージの上にいたときみたいなキワドイやつじゃなくて、こう、チャイナふく? みたいなピッシリしたものを着ていた。


(えーっとどうしよう)


 とくに話題がありませんたすけてください。


「なんだ、入口でそわそわしてたわりになんの話も用意してなかったのかい?」


「あーいやナリユキっていうか、なんとなく?」


「なんだい……じゃあ、あたいからひとついいかい?」


 イスを逆に座り、りょうほうのヒジをイスの柄の部分に乗せてカニシュが身を乗り出した。


「実はさ、あたいいろいろ覚えてるんだ」


「え?」


 なんですか? わたしたち以前どこかでお会いしましたっけ?


「異世界にくる前の記憶」


「あ、そういう」


(そりゃそーだよね。会ったことないもん……たぶん)


「あたいはいつも人間とペアでダンスしててさ」


(ふぅーん、ん、にんげん?)


 なんかミョーな言い回しだな。


「大勢の人にかこまれて、あたいはその人間がだいすきで、ダンスもすきで、いつもいっしょにいたんだ」


 遠い記憶を思い起こす彼女の顔は輝いてた。恋い焦がれるっていうより、なんか憧れの人を思い出すかんじ? よくわからない。


「いつもいっしょにいたんだよ。朝から晩まで走り回ってさ。家でもさんぽでも寝るときだってお互い身を寄せてた」


「じゃ、じゃあその人ってカニシュのこいびと?」


 フッと息を吐き出し、彼女はわらって首をふる。


「あたいのすき(・・)とそいつのすき(・・)はちがうとおもう」


「でもでも、だっていつもいっしょで同じふとんで寝るってそれもう家族じゃん」


「……どうやら、あんたは本当にキレイさっぱり記憶をなくしてるようだね」


「どういうこと?」


 カニシュの言うこと、なんだかむずかしくってわかりにくい。


「この世界をどう思う? 異世界。あたいらがなぜか迷い込むことになった世界」


 冗談はいらない。彼女の瞳がそう言っていた。


「……はじめはとても怖かった」


「こわかった?」


 わたしはただ頷いた。


「気付いたら知らない場所にいて――ううん、わくわくを感じたのもあるよ。でも、やっぱりひとりはさみしいしとても怖かった。だれかに近くにいてほしくて泣きそうになった、のかもしれない」


 だからこそ、わたしは"にんげん"の証拠を探そうとしてたんだ。


「だってホッとしたんだもん。オジサンとはじめて出会ったとき」


 ふつーだったら知らないオジサンについていっちゃダメでしょ? でも、あの時のオジサンがもし悪いオジサンだったとしても、わたしはオジサンのことを信じてたとおもう。


 素直にうれしかったから。人間と出会えたことが。


「あんたは人間がすきかい?」


「うん」


 そんなのあたりまえじゃん?


「あ、でもイジワルする人はキライ」


 あの白髪の人とか。他人のことをなんとも思ってない、思い出しただけでイヤな気持ちになる。お腹の奥底でイヤな蟲がうごめくような気持ちになる。


「ふふっ――そうだね。あたいも人間がすきだよ。すきなんだ。だけどあいつの"すき"はきっと、あたいのすきとは別だったんだ」


「カニシュ?」


 目はこちらを向いてる。けど視線はどこか空想に耽っている。あまりにも寂しそうな姿で、わたしは声をかけることができなかった。


 しばらく沈黙が続いて、それから彼女は思い出したかのように身体を動かした。


「なんかしんみりしちまったね。ああ、プレゼントしたブローチ付けてくれてるんだ。また魔法を暴発しないように気をつけるんだよ」


「えへへ、ありがと」


「ささ、もう夜おそいんだから帰んな。あんたの飼い主が探してるかもしれないよ」


「飼い主ってなんだよぉ」


 オジサンはオジサンだよ。


(――ん?)


 指名されたワケじゃないのにわたしってばなんでオジサンが飼い主だとおもった?


(んー……まあいいや)


「おやすみ」


 わたしとカニシュ。ふたりでおなじ言葉をかわし、わたしは大きなサーカステントに戻っていった。

愛にはいろいろなカタチがあるんだよね

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