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96.位置決めの妙案

今回からスミソニアン計画との名称となった第三回目の対策会議が開催された。

俺もさやかを連れて参加する。


一部の国のメンバーからは、米国主導となることに異議の申し立てが出たが、とりあえずその件は保留にして会議は進められることになった。

実際、EUは足並みがそろっていないし、中国、ロシアはまだ政府関係者が情報を収集し始めたばかりだった。


米国だけが異様に早い対応なので、当面米国主導で進められることは仕方がない。


今回のメインのテーマは、人類を生き残らせるためのシェルター建設と、Xデーまでに想定される社会的混乱をどう乗り切るかだった。

第二回目までは会議を率いるのは天文学者だったが、今回以降は会議の主導はシェルター検察などのサバイバルチームが引き継ぐことになった。天文学者はより正確な情報を提供するにとどまり、会議の主役からは外れている。


スミソニアン計画リーダーのホーン氏が口火を切る。


「もはや地球軌道が大きく変動する大災厄は避けられないものと判断されている。したがって、如何に多くの人類を生き残らせることができるかが今後の重要議題となると思われる。サバイバルチームを結成したので、そのリーダーのハンドラー氏より現在の状況を報告してもらいたい」


サバイバルチームのリーダー、ティム・J・ハンドラーが話を引き継ぐ。


「現在までの状況です。シェルター建設のための予算は確保され、設計作業と並行して、資材の発注が進められています。また、南極以外の候補地の確保と、候補地の政府との交渉も進められています。オーストラリア、ニュージーランド、チリ、アルゼンチンの政府とは共同でのシェルター建設と、各国国民の受け入れの条件で、候補地は確保できつつあります」


報告の内容は以下だった。


 ・南半球のシェルター候補地を確保し、工事が開始された。


 ・南極の基地のシェルター化用資材の搬入開始。


 ・北半球の候補地はアラスカの炭鉱跡地を数か所を候補にして、調査開始。


 ・シェルター用の資材は関連企業に発注済み。


 ・災厄後の南半球との交通手段確保のため、原子力空母と原子力潜水艦の改装作業を

  着手開始。


 ・シェルター用の原子力電池と小型原子力発電機の準備開始。


 ・十年以上保存が可能な加工食料の量産開始。


「なお、米国の動きは他の国に比べ素早いものとなっています。中国も比較的動きは速いですが、EU諸国やほかの国はまだ方向性すら決まっていません。引き続き各国政府と連絡を密にしながらサバイバルの計画を進めていきます」


次に情報管制および社会的混乱の防止についての報告が米国CIA長官からなされる。


「報道管制、情報管制は今の所順調です。各国の報道機関はもちろん、SNSでの噂も流れていません。すでに多くの人間が関わりつつあるため、本来ならとっくに情報は漏れていても不思議ではないのですが、奇跡的に情報統制はうまくいっています」


これは実はメーティスの功績でもある。

アバドンに関する情報がインターネット上に現れた場合、メーティスが情報隔離を行っているのだ。


長官は言葉を続ける。


「一番懸念なのは、シェルターに迎え入れる人員の選別方法です。非常に過酷な状態に陥ることが予想されるため、専門的知識を有する人とその家族を優先させたいことはもちろん、メンタル的に弱い人は排除すべきとの意見が出ています」


「しかしそれは人権的にどうなんだ?」


「そこが問題です。しかし地球的規模の大災厄であり、人権問題は一時的に抑制せざるを得ないかと思います。社会的混乱をどう収集させるかも課題です」


その他細かな報告がなされた後、最後にリーダーのホーン氏から発言がある。


「実は、アバドンそのものを排除する計画が検討されています」


その瞬間、会場はざわついた。


そんな声が上がる中ホーン氏は言葉を続ける。


「この方法は現在の科学技術を超えた技術であり、現時点ではまだ詳細は公開できないが、ロケットを使い太陽から50億Km以上離れた地点でアバドンを補足し、太陽系内に入り込まないようにする形となる」


会場は大騒ぎとなる。


「そんなことができるわけはないだろ」


「寝言を言うな」


「そんな方法があるならぜひ知りたい」


ホーン氏は会場の騒ぎを鎮まるようにジェスチャーをする。


「このために特別チームが結成されている。次回会合では詳細を説明できると思う」


こうして第三回目のアバドン対策会議は終了した。


アバドンを転移魔法で跳躍させる計画は、ヘスティアー計画と名付けられた。

ギリシャ神話の炉の女神の名前で、アバドンが赤く光っているため、火に見えることからこの名前となった。


そのヘスティア―計画だが、相変わらず位置決めの問題が解決できていなかった。

太陽系を挟んだ2つの転移結界の位置決めの厳密な座標はとても計算できる物では無かったし、そもそも何もない宇宙空間で0.1メートル単位での位置決めなど現在の技術では不可能である。

課題解決を求められてチームに引き入れられた天文学者やロケット工学の専門家も頭を抱えていた。


そしてもう一つの課題は、アバドンを迎え撃つ転移結界の位置決めだ。

アバドンの直径は8Kmなのは観測結果からほぼ間違いないが、迎え撃つ結界大きさは10km。

中心線を±1km以内には収めたいが、光速の10分の1の速度で移動してくるアバドンを正確に捉えるのは非常に難しい。

少しでもずれると転移魔法は発動できない。


俺も知恵を絞っていたが、妙案は見つからなかった。


しかしその日、さやかがついに対策案を見つけ出してくれた。


「井本君、位置決め問題の対処法を考えたの」


「マジか?」


「ずっと疑問だったのが、例の呪いの人形の魔石に描かれていた魔方陣なの」


その呪いの人形の魔石に描かれていた魔法陣とは、


物理結界用/耐熱結界用/転移用/重力結界用/対光結界用/魔力吸収用/魔法陣自動発動用/予知魔法用/水魔法用


の8つだ。


「予知魔法用魔方陣と水魔法用魔方陣以外はすべてアバドンを迎え撃つのに必要な物ばかりよね。水魔法は金を生み出すのに使っているかと思うけど」


「そうだな、宇宙空間移動時の魔力の充填や、アバドンに近づいた時のシールドの為に必要な魔方陣だな」


「でもなぜ予知魔法の魔方陣があるの?」


「それは……、人形を壊そうとしたら物理結界を発動させて守るためじゃないのか?」


「違うのよ。あの人形の物理結界は強い衝撃時に自動的に発動するので、予知魔法は必要ないの」


「じゃあなぜ描かれているんだ?」


「それが不思議だったの。なんの意味もなく予知魔法の魔方陣が描かれているわけはないわ。何か意味があるはずと思って、ずっとその意味を考えていたんだけど、ようやく理解できたと思うの」


「ふむ、説明してくれないか?」


「予知魔法って、自分の身に危険が迫る時に予知できる魔法よね? そしてその危険を回避するためよね?」


「まあ、そうだな。危険察知以外も予知可能だが、自分の身の危険は非常に鋭くピンポイントで予知できるな」


「危険を予知した場合、本来は危険を避ける方向に行動するわよね?」


「まあそうだな」


「今回の計画では、転移結界の魔石に自身の危険を最大限になるように自身の位置を調整すればいいのよ」


「ん?よくわからないが?」


「アバドンの転送先の魔石について考えてみて。位置がずれていて転移魔法が作動しなかった場合は、アバドンが転移してこないから、魔石はそのまま残るわよね?


「そうだな」


「アバドンの転送が成功した場合、転移先の魔石はその瞬間消滅するわよね」


「なるほど。つまりは……」


「そう、”自身の消滅の危険予知が最大限になるように自身の位置調整”すればいいのよ。たとえば、予知魔法で”西の方向に危険有り”って察知したら普通は東に逃げるけど、危険が高まる西の方向に移動するように制御すればいいのよ」


「確かにその通りだ。発想の転換だな。さすがだ。つまりは太陽の位置とか、アバドンの位置とかを厳密に測定しなくても調整可能ってことだな」


「もちろん、事前にかなり正確に位置決めをしないといけないわ。予知魔法による位置の調整は、最終調整ね」


「よし、その方向で進めよう」


「同じように、アバドンを迎え撃つ側の調整にも使えるわよ。円周上に並んだ300個の魔石の消滅時間を予知魔法で予想し、各魔石の消滅時間が全く同じになるように位置を微調整すればアバドンをど真ん中に迎え撃つことが出来るはずよ」


「うん、確かに。さすがさやかだな」


『メーティス。今のアイディアはどう思う?』


『特に問題は無いです。プロジェクトの成功確率は飛躍的に上昇しました』


『ほう。元々何%で今は何%なんだ?』


『元々は0.000001%でしたが、今は10%です』


『まだそんなに低いのか?』


『ロケット発射、イオンロケット推進、魔石の宇宙空間での展開など、不確定要素が多いです。また、妨害工作などの懸念もあります』


『わかった。限りなく100%に近づけるように頑張ろう』


こうしてさやかのおかげ、いや呪いの人形の魔石を作った小林忠治のおかげ、だな、

そして、ヘスティアー計画は大きく前進したのだった。

さやかちゃんのおかげで、宇宙空間での位置決めの問題は解決しそうですね。

次章からはNASAも全面的に加わり、ヘスティアー計画が推進されていきます。


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