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92.故郷訪問

アバドンを転移魔法で跳躍させる手段はまだ完全に確定できていない。

というより、転移結界の位置の誤差15cmってのは絶望的に難しい。

引き続き検討はしてくが、失敗した時の為の避難に関しての検討も重要だ。


『メーティス。仮に大規模なシェルターを建設するとして、人類が生き残れる可能性はどのぐらいある?』


『大規模な地下都市を建設できれば数年から数十年は1万人規模で生き残れると予想されます』


『数十年先以降の生き残りは困難なのか?』


『かなり難しいと思われます。特に植物がほとんど絶滅するので、地球の炭酸ガス濃度が上昇していき、激しい温暖化が起きると予想されます』


やはり避難先としては異世界が一番有望だな。


とりあえず、異世界間への移動を試してみよう。

俺は懐中電灯とか、向こうで直ぐに換金できそうなハイポーションの瓶とか色々準備する。

向こうの世界でも特に違和感の無い服装と靴に着替えてさやかに声を掛ける。


「向こうの世界に一度戻ってみる。初めての試みだが、ドローンの転移が可能だったからたぶん大丈夫だろう。ここで待機していてくれ。」


「分かったわ。気をつけて」


以前向こうの世界でドローンを使って準備した異世界転移魔方陣はまだ大丈夫だよな?

移動の前に状況確認だな。まずは従魔化したドローンの再起動だ。現在休止中だが、まだバッテリーは残っているかな?

マンションの部屋に以前描いておいた異世界転移魔方陣の中に入り、ドローンと連絡を取ってみる。


うん、起動は出来たな。視界共有してみたが、相変わらず真っ暗だ。

ライトをつけて周囲を見回すが、前回確認後と特に変化はない。

魔法陣も無事なようだ。


「では行ってくる」

魔力を込めて異世界転移魔方陣を起動させる。

次の瞬間、俺は暗闇の中にいた。


持っていたライトを点けて周囲を確認する。

ああ、懐かしいな。屋敷の地下室は18年前のままだ。

かなり黴臭い


さやかに念話で話しかけてみる。


「さやか、聞こえるか?」


「ええ、聞こえるわ。異世界間でも念話ってできるのね」


「うん、しかし異世界転移魔方陣の近くで、しかも魔力をつかって異世界転移魔法陣を活性化した状態でないと念話はできないと思う。

今から移動するから話は出来なくなうと思うが心配しないでくれ。1時間以内に戻る」


俺はドアの前に立ち、探知魔法でドアの向こうを確認する。

うん、誰もいないな。


ゆっくりドアを開けると、地上に上がる階段が現れた。

階段を上がると秘匿用結界で守られたドアにたどり着く。

前世で俺が設定した結界だ。

これを張っておくと魔法を掛けた本人以外はドアを認識できなくなる。

未だに稼働しているとは、我ながらすごいと思う。


ドアの向こうに人の気配が無いことを確認してそっとドアを開ける。

ドアの先は俺が住んでいた屋敷の通路につながっていたはずなのだが、空が見える。

どうやら屋敷は火事に合い、燃え尽きてしまったようだな。

屋敷跡の廃墟で、あちこちに炭化した柱などが残っていた。


屋根は全部落ちていて、壁だけが残っている。

きれいに手入れしていた庭は、雑草が生い茂っていて荒れ果てていた。


この屋敷はちょっと郊外にあるが、歩いて15分程度でアビラの街に出られたはずだ、ちょっと行ってみよう。


雑草で覆われたかつての小道をたどり、街道に出る。

そこからハイレンの街に向かって歩き出す。

おぉ!馬車が向こうからやってくる。

21世紀の日本では馬車なんて見なかったからな、懐かしい。


転移魔方陣を使えば、馬車など要らないのだが、空間魔法を使える人は非常に少なく、また魔力が直ぐに枯渇してしまうので、転移魔方陣を使うには費用が非常に掛かるのだ。

したがって、普通の商人や平民は馬車や徒歩で移動することが多い。


しばらく歩くとアビラの街に出た。ここは王都の手前の小規模な町だ。

懐かしいな、全然変わっていない。

21世紀の日本と比べるとみずぼらしいが、王都に近いので人も多く、活気に満ちている。

街の様子は18年前とあまり変わっていないようだが、なんか貧しくなっている気がするな。

俺を粛清したあの我儘な王の政治ではダメなんだろうな。


買取屋を見つけたので、ハイポーションを売ることにした。

店に入ると年配のおばちゃんが店番をしていた。


「おや、お兄さん、見かけない顔だね」


「あぁ、旅の者だ。ハイポーションを2瓶持っているんだが、買ってくれないか?」


「ほう、本物ならもちろん買い取るよ。普通のポーションならあるが、ハイポーションはこのところ入荷してなくてね。ちょっと鑑定させてもらうよ」


この手の商売人にとっては探知魔法の中の鑑定魔法は必須だ。

おばさんは手に取って瓶をさっと眺めると、


「うん、本物だね。しかも最高品質だ。1本10万ギニーでどうだね」


「あぁ、それでいいよ」


俺はお金をもらうとおばさんに色々聞くことにした。


「俺は旅して周辺国を回っているんだが、ここユレム国は最近どうなんだね?」


「どうもこうもないよ。あんたもうわさは聞いていると思うけど、18年前に大賢者様が行方不明になってから、新国王様の政がひどいもんでね。みんなどんどん貧乏になってるんだよ」


「大賢者様は国王より力が強かったから、政治にも睨みを利かせてくれて、私たちの暮らしも良かったんだけどねぇ……。 おっといけない、こんなこと言った事がバレたらつかまっちまうよ。今のは聞かなかったことにしてくれよ」


やれやれ、たったこれだけの会話で、この18年のユレム国の状態が分かってしまうな。


「もう一つ教えてくれないか? 18年前大賢者様はどうなっちゃったんだ?」


「もう勘弁しておくれよ、こっちも忙しいんだよ」


「もちろんただでとは言わないよ。これをあげるよ」


俺は懐からオイルライターを取り出すと、蓋を開けて目の前で火をつけた。


「あらら、なんだいこれは? 火魔法の一種かい?」


「ライターって言って、魔法を使わずにいつでも火がつけられる道具さ。ランプ用のオイルをここから入れれば何回でも使えるよ」


おばさんは大喜びして色々教えてくれた。


この世界では魔法が使えるので、ライターの様な簡単な道具すらなかなか発明されていない。

しかし、魔法で火を出せる人は人口の30%程度なので、火魔法を使えない人は結構苦労しているのだ。

おばさんに教えてもらったところによると、大賢者は引退宣言して、南の国へ旅に出たことになっているらしい。

やれやれ……。


次に俺は市場に移動し、さやかへのお土産を購入することにした。


おぉ!懐かしい食べ物がいっぱいだな。

あれは、ユレム名物のユレム団子だ、ユレム饅頭もあるな。

果物もあるな、ユレムオレンジとユレムリンゴを買っていこう。


ささっと買い物をすまして、そそくさと市場を後にしようとしたところ、古物商の店先にオリハルコンの短剣が置かれているのが目につく。


真ん中で真っ二つに折れているが、あの色合いはオリハルコンで間違いない。

本来は高額なオリハルコンの短剣だが、真っ二つに割れているので安価に売られていた。


オリハルコンは非常に硬いだけでなく、魔法を跳ね返す能力があるので、魔法攻撃に強いという特徴があり高額だ。

地球には存在しない素材なので、買って持って行くことにした。

使い道は無いが、お土産だ。


街を後にして屋敷跡に戻る。

地下室のドアを開けて、掩蔽魔法をかけなおしてから地下に降りる。


地下に降りるとさやかと念話がつながった。


「さやか、今から戻る。お土産もあるぞ」


「おかえりなさい」


異世界転移魔法陣がちょっとかすれているので、強固な形に書き直しておく。


魔法陣の中に入り、転移魔法を起動する。

戻れるかちょっと心配だったが、特に問題なく戻ることができた。


「さやか、ただいま」


「おかえりなさい。向こうの世界はどうだった?」


「うん、俺の屋敷は放火されたのか、焼け落ちていたよ。アビラの街まで行ってみたが、18年前より貧困が広がっているみたいだな」


「そう、まああの王様じゃ仕方がない気がするわ」


「はい、お土産」


「あぁ! ユレム団子とユレム饅頭ね。懐かしいわ。あと、ユレムオレンジとユレムリンゴも好きだったのよ」


「素朴な味だが、こちらの世界では食べられないしな。懐かしいよな」


「橋本さんにもおすそ分けしておくわね」


「あぁ、とにかく異世界間の移動は特に問題なさそうだ。最終手段として確保しておこうと思う」


その後、隣の部屋の橋本さんを呼んで、お土産を渡すとともに、土産話を聞かせてあげた。

彼女は読心術があるから、向こうの世界で見た風景を頭に思い描くだけで風景を共有できるので便利だな。


「素敵なところですね。いつか行ってみたいです」


「そうだな、大災厄が防げなければ否応なしで行くことになりそうだけど、その前にいつか観光で行くのもいいな」


避難場所として、異世界を確保可能なことが分かった。

80億もの人が移動できるわけじゃないので、あんまり現実的ではないが。

ついに前世の世界に転移が出来るようになりましたね。

避難場所として使うことになるのでしょうか?

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