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88.大賢者、アバドンを発見する

宇宙望遠鏡IZUMO1とIZUMO2を1日30分借りられることになったので、メーティスに直接制御させてアバドンを発見することにした。


概ね座標が分かっているので、初日は候補の座標の周辺の撮影を行うだけに留める。

その後一週間にわたって観測を続けた結果、ついにアバドンの位置の特定に成功したとメーティスから報告があった。


『アバドンの特定に成功しました。これが画像になります』


パソコン画面に送られてきた天体写真には星が一面に輝いていた。


『この写真の中の赤い丸で示す星がアバドンです』


「おいおい、なんでこんなに星がいっぱいあるんだ?」


『アバドンは銀河の中心から太陽系にまっすぐ向かってきていますので、背景は天の川銀河の中心となり、多くの星が存在します』


「ふむ。現時点で判明した内容を教えてくれ」


『アバドンの明るさは19等星、地球との距離は推定4.7兆km、約0.5光年です。速度は秒速約3万km、質量は太陽の1.56倍、直径は約8Kmと推定されます』


「それで、中性子星なのか?」


『中性子星としては明るさが足りません。また、高温のはずなのに赤い色をしており、これは強大な重力による赤方偏移の影響と推定されます。現時点で理論上の星と言われているクオーク星の可能性が高いです』


「クオーク星の詳細は分かるか?」


『中性子星とブラックホールの中間的存在ともいわれていますが、詳細は不明です』


「質量や直径はどうしてわかるんだ?」


「一週間観測して、ごくわずかですが移動をしていました。背景の星の光の重力レンズ効果の変化で直径と質量を計算しました」


「距離と速度はどうしてわかった?」


『予知魔法の結果から推定できていましたが、今回の観測でIZUMO0と1の2台の宇宙望遠鏡による同時観測にて、視差による距離の推定ができました。さらに以前に撮影されたハッブル望遠鏡のこの領域の画像も入手できたので、それらを総合して推定しました』


「地球への最接近の正確な日付や、通過後の地球の軌道の計算は可能か?」


『データが不足しています。あと1ヵ月観測すれば正確に割り出せます』


「分かった、引き続き観測してくれ。そろそろ第三者にも警告を出したいのだが、現時点でレポートをまとめられるか?」


『可能です。観測データと計算式をまとめたレポートを作成します』


『よろしく頼む』


レポートは1時間もしないうちにメーティスが作成してくれたので、俺はそれを印刷して国立天文台の加藤さんに連絡を取った。


ちょうど翌日に大学に来るとのことで、「見せたいデータがある」と言って約束を取り付ける。

メーティスから資料の詳細について事前に色々レクチャーを受けておく。


翌日、約束の時間まで時間があったので大学の授業に参加する。

午後になり、約束の時間となったので加藤氏の研究室にさやかと向かう。


「加藤さん、お久しぶりです」


「井本君、久しぶりだね。今日は見せたいデータがあるとのことだが?」


「はい、実はIZUMO望遠鏡を1日30分だけですが、借りてまして、その観測結果で興味深い天体を見つけたので加藤さんに見てもらおうと思いまして」


「ああ、IZUMO望遠鏡を井本君が借りていることは聞いているよ。どんな天体を見つけたんだね?」


「これです」


俺は持ってきたレポートを手渡す。

レポートには題名として”太陽系近傍に位置する中性子星もしくはクオーク星の可能性”と書かれている。


加藤氏はタイトルを見て目を丸くし、ページを捲る。

次のページには発見された天体の概要が記されている。


 地球との距離:0.5光年

 等級:19等星

 移動速度:毎秒3万km

 質量:太陽の1.5倍

 直径:8km

 移動方向:太陽系方向

 

一応、予知魔法で見た映像から推定される数値ではなく、観測した結果から算出可能な数値だけを使ってレポートを作成している。これなら第三者による検証は可能なはず。


メーティスは詳しい計算根拠なども詳細にレポートに入れてくれている。


「たまたま見つけたんですが、距離的に太陽系に一番近い太陽系外の星ではないかと思います。だとしたら大発見ですよね?」


「たしかに大発見だが、距離や速度や方向は本当にこの通りなのかね?」


「間違いないかと思いますが、専門家の加藤さんに確認してもらおうと思いました」


「それにしてもよく見つけたね。天の川銀河の中のごく目立たない一つの星なのに」


レポートの天体写真の背景は天の川の星々が散りばめられ、対象の星は極目立たない星の一つに過ぎない。

メーティスでなければ見つけられなかったかもしれない。


「まあ、たまたまです。引き続き観測を続けるつもりです」


「うん、わかった。もし本当ならまさに大発見だ。最優先で確認してみるよ」


「よろしくお願いします。あ、この件の詳細データの方は電子メールでここに来る前に加藤さんに送っておきましたのでご確認ください」


俺たちは加藤氏の研究室を後にする。


『メーティス。加藤さんの動向を常にチェックしておいてくれ』


『了解しました』


◇◇◇


加藤氏視点:


井本君から”太陽系近傍に位置する中性子星もしくはクオーク星の可能性”というレポートをもらった。


太陽系近傍に中性子星? 荒唐無稽な内容だったので最初は半信半疑だった。


少しレポートを確認してみると、確かにその星は動いているように見え、その星の動きにつれて、背景の星の位置も微妙にズレていることがわかる。

一部星の光は円弧を描くように引き伸ばされている。

まさに重力レンズの特徴だ。


俄然興味が出てきて、その後のすべての予定をキャンセルして詳細に中身を確認してみた。

示されている星の移動に関しては小惑星のようにも見えるが、レポートにあるように背景の恒星の光の重力レンズ効果を見れば、大きな質量を有していることがわかる。

メールで送られてきた詳細データを元に、自分でも計算してみる。


徹夜で計算してみて井本君のレポートに間違いがないことが分かった。

メールで送られてきたレポートには英語版もあったので、そのレポートに自分の見解も追記して、米国とヨーロッパと研究者仲間に送付する。


ついでにチリの電波天文台の仲間にも送っておく。

さらに、チャットや電話を使って「最優先で確認してほしい」と依頼しておく。


それにしても井本君は不思議な子だな。

IZUOMO宇宙望遠鏡を個人で使うこともすごいが、観測を開始して1週間でピンポイントでこの天体を発見するなんて神がかっている。

まるで魔法使いだ。


少なくともこの暗さでは地上の望遠鏡では現時点で確認は困難だろう。

詳細の確認をするためには、宇宙望遠鏡を使わざるを得ないのだが、最初から概算の位置がわかって観測しているんじゃないかとも思ってしまう。


とりあえず、自分が関与しているIZUMO望遠鏡での観測の一部をキャンセルして、この天体の観測を優先することにした。


翌日、米国とヨーロッパの研究者から反応があった。

「計算結果を追認した。貰ったデータが正確なら、非常に危険な天体が太陽系近傍に位置しており、しかもこちらに向かっている可能性が高い。

これは危機的な状況かもしれない。直ちにハッブル望遠鏡とジェームスウェップ望遠鏡でも観測させる」


彼らの研究者仲間にも協力を依頼して、観測と、軌道計算に参加してもらうとのことだった。

星の名前については、井本君のレポートに仮称として”アバドン”と命名されていたので、情報を共有した仲間からはこの名称で呼ばれることとなった。


◇◇◇

一週間後。


自分の調べた観測結果は、井本君からもらったデータが正確であることを追認する形となった。

つまり、太陽系は未曽有の危機に直面している可能性がある。

現時点ではアバドンの軌道の詳細までは分かっていない。

しかし、太陽系方面に向かってきていることは確かなようだ。


米国の研究者は、NASAにも連絡を取り、ハッブル望遠鏡の優先使用許可を取り付けて観測を開始した。

また、ヨーロッパの研究者は連名で、ジェームス・ウェップ望遠鏡をアバドン観測に使わせてもらう交渉を政府と行い、優先的に使用できることになった。


NASAからの提案で、現在地球から80億Km近く離れた距離にある、冥王星探査機のニュー・ホライズンズに指令を送り、ニュー・ホライズンズの搭載している望遠鏡でもアバドンを観測させて、データを優先的に送信させた。


それらの情報をすべて使い、再度アバドンの正確な情報を確認した。

結果は、井本君のレポートにあったデータとほとんど一致したのである。


ニュー・ホライズンズのデータにより、アバドンの軌道予想はさらに詳細に計算できた。

それによると少なくとも海王星の軌道よりは内側まで太陽に接近すると判明した。


これらの情報は、私の所にもリアルタイムで届いており、特にここ数日は連日ビデオ会議で関係者と打ち合わせをしていた。

寝る間もなく徹夜状態が続いた。


学者の間での一致した意見として、軌道がはっきりとするまでは、世間に発表することは控えることになった。

海王星の軌道をかすめる程度の軌道であれば、太陽系への大きな影響はないとの判断からだった。

ただし、第一発見者の井本君にだけは情報は共有することにした。もちろん他言無用の約束を取り付けたうえでだが。

ついに大災厄の原因となるアバドンが発見され、人々の知ることとなりました。

NASAは、世界は、そして主人公はどのように行動するのでしょうか?

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