86.大賢者、大谷先輩を救出する。
i経済研究所は絶好調だった。
そして大谷先輩の会社、大谷システムズも絶好調だった。
製品のAURA01は日本だけでなく、全世界で好評で売れに売れまくっている。
AURA01は魔石を使って動作しているため、世界のどのIT企業でもマネすることができない。
AURA01をネットワークの一部に設置するだけで、ネットワーク全体を管理し、不具合を指摘してくれて、交換が必要と判断された機器を指摘するなどのアドバイスまでしてくれる。
ある世界的ITメーカーでは、AURA01を入手し性能調査をした。
すると想像以上の性能だということが判明したが、なぜこれほどまでの高性能が出せるのかが全く分からなかった。
AURA01装置を分解してみても、ごく平凡な部品が組み合わされて装置が実現されているいるだけだった。
そのITメーカでは、AURA01を徹底的に分解して確認してみたが、高性能な理由は全く解析できなかった。
使用している部品はごく普通の電子部品ばかりで、通信データ(パケット)をモニターして確認しても、特に目立った通信データは無い。なぜここまで高性能なのかがどうしてもわからなかったのである。
水晶発振器のみが特別仕様の特注品だとは分かったが、電子技術者としては、ごく平凡な部品である水晶発振器が高性能を生む出すキーパーツであるとは思いもしなかった。
ましてや魔力を有しているなどとは全く想像すらしなかったのである。
こうして、ライバルメーカーは同様な製品を作り出すことができず、全世界で大谷システムズの一人勝ちの状況が続いていた。
大谷社長は自ら全世界を駆け巡り、AURA01の営業活動を続けていた。
既に主な先進国やアジアの国々には売り込みが完了しており、次のターゲットは中東地域だった。
大谷先輩が”中東にセールスに行ってくる”と言ってきたので、俺としてはちょっと心配になった。
そこで、こういう時の為に準備していた、念話魔方陣を組み込んだ魔石防犯ベルを渡しておいた。
「あっちは治安が悪いですからね。何かあったらこの装置のスイッチを押してください。緊急通報が自動的に発信されます」
大きさは小さめのライターぐらいしかないが、大谷先輩は、”便利な物がこの世にあるんだな”程度に考えたのか、受け取ってバックに入れていた。
◇◇◇
大谷先輩の視点:
中東の主な各国でのセールスを終え、この日はI国にセールに来ていた。
現地のガイドを雇い、日本から同行している山野君と共に行動する。
現地法人の立ち上げに立ち会いつつ、現地の電話会社やネット会社に精力的に営業を実施していた。
この日も営業活動を終え、ホテルに戻ってきて一息ついていた。
現地のガイドが、”今日はホテルの外に食事に行きましょう”と提案してきた。
たまには現地の料理を食べてみるのも悪くないかもな。そう思い、ガイドの案内で外に食べに行くことにした。
同行していた部下の山野君は、”外は怖いので私はホテルに居ます”、とのこと。
俺とガイドの二人で外に食べに行く。
ホテル前からタクシーで移動していると、街の中心街を外れてどんどん郊外に走っていく気がした。
外の明かりが殆どなくなってきたので、さすがに何かおかしいと感じた俺は車をホテルに戻すようにガイドに強く要望した。
しかしガイドは懐から拳銃を取り出すとこちらに銃口を向けて来た。
タクシードライバーに目を向けると、ルームミラー越しに目が合ったが、こちらを見てにやりと笑いやがった。
しまった、嵌められた。
俺は気が付かれないようにゆっくりとポケットに手を入れ、井本からもらった緊急通報装置のスイッチを押す。
頼む、緊急通報装置よ、正常に働いてくれ。
やがてどこかの屋敷前でタクシーが停まり、俺は屋敷前で待機していた覆面をした男どもにタクシーから引きずり出され、頭を強く殴られて意識を失った。
◇◇◇
主人公視点:
大谷先輩が中東にセールスに出かけて1週間ほど経った頃、メーティスから連絡が入る。
『大谷氏の緊急通報装置のスイッチが押されました』
俺が大谷先輩に渡しておいて緊急通報装置か?
あれはまだ試作装置だったが、念話の魔方陣を描きこんだ魔石が内蔵されており、スイッチを押されるとメーティスに念話で通知が行くようになっている。
メーティスは既に全世界のコンピューターネットワークに接続されており、ネットワーク環境、もしくは携帯電話の基地局のある場所であれば、緊急通報装置は世界どこでも通報が可能な優れものだ。
『大谷先輩に何かあったのか。場所はどこだ?』
『大谷氏に何が起きたのかは不明です。場所はI国首都の郊外です。おおよその場所は把握できます。彼の携帯電話は電源が切られているようです』
『確か大谷先輩は部下の山根氏と一緒だったな。彼に連絡してくれ』
『了解しました』
俺の携帯電話がメーティスによって操作され、大谷システムズの山根氏の携帯電話へ発信される。
数コールの内に山根氏が電話にでる。
「はい、山根です」
「i経済研究所の井本です。大谷社長は今どこですか?」
「外に食事に行ったまま帰ってこないんですよ。そろそろ3時間になるんですが、携帯に電話しても出ないんです」
「拉致された可能性がありますね。大谷システムズの方には緊急事態を連絡していただけますか?」
「分かりました。日本大使館にも連絡しておきます」
『メーティス。ホテルから大谷先輩が出ていくところの監視カメラの映像は入手できるか?』
『お待ちください。……完了しました』
メーティスから送られてきた動画には、タクシーに乗り込もうとする大谷先輩と、現地のガイドらしい人物が映っていた。
『このガイドらしい人物の画像をCIAのデータベースと照合できるか?』
『お待ちください……完了しました。95%の確率でこの人物となります』
メーティスから送られてきた資料には、この男がI国のテロリストであり、主に外国人の誘拐ビジネスを行っているとの記述がある。
やはり拉致されたか。しかし営利目的ならばすぐには命を奪われることはないだろう。
それでも命の保証は確実ではないし、救出に行くべきだな。
しかしどうやって行くか?
I国には行ったことが無いので、転移魔法陣は無い。
一番近い転移魔法陣はアルジェリアだ。かなり遠いな。
しかもアルジェリアに転移してからI国まで移動しようとしたら、入出国のスタンプに矛盾が生じてしまう。
正攻法で移動するしかないか。
『メーティス。東京からI国まで、一番短い時間で行けるフライトで予約してくれ』
『了解しました。……今から2時間後のフライトで、チケットを予約しました。所要時間は20時間です』
けっこう掛かるな。だが仕方が無いか。
『よし、それを予約確定してくれ。I国の日本大使館か、大谷システムズのI国支店に犯人から連絡が入る可能性が高い。常時通信をモニターして、犯人の位置を突き止めてくれ』
『了解しました』
俺は直ぐにタクシーで成田空港へ向かう。
フライトはギリギリで間に合い、サウジアラビア経由のフライトに搭乗した。
さやかには移動途中に事情を説明しておく。
◇◇◇
20時間後。
I国首都に到着した。
移動中にいくつかメーティスから情報がが入ってきた。
一つは日本大使館に拉致犯人から大谷先輩の身代金1000万ドルの要求が来たこと。
もう一つはメーティスが身代金請求の通信を傍受し、敵の本拠地が特定できたこと。
同時に大谷先輩に渡していた緊急通報装置からも、位置の特定が出来たこと。
これらの情報から大谷先輩の救出計画を立ててみる。
この様な拉致の場合、日本政府の動きは素早くはないだろう。
身代金が支払われる前に救出する時間はありそうだな。
空港に到着したので、レンタカーを借りて、メーティスの指示に従って拉致犯人のアジトへ移動する。
アジトから1km手前で車を停め、ストレージからピッピに出てきてもらう。
「ピッピ、今回もまた頼むぞ」
アジトに向けピッピに偵察に行ってもらい、視界共有する。
アジトではAK-47ライフルを肩につるした男が門の所と屋上で見張っていた。
ピッピを経由して探知魔法を使って探ってみると、敵の数は6人だと判明する。
さらに、アジト内の一番奥に、魔石ネックレスと緊急通報装置の反応を検知した。
大谷先輩がここに居るのか調べるため、ピッピを空いている窓から屋内に侵入させる。
魔石ネックレスから出る魔力を頼りに、屋内を探索し、一番奥の部屋で、椅子に縛り付けられている大谷先輩を発見できた。
疲弊しているが、怪我は無く無事なようだ。
『メーティス。日本大使館と日本政府に動きは無いか?』
『日本大使館から外務省に連絡は行ったようです。外務省からI国政府に問い合わせを掛けている段階で、まだ犯人に接触してはいません』
よし、善は急げだ。突入する。
俺は車から降りて、目出し帽を被る。
身体強化魔法を掛けてアジトまでの1Kmを一挙に走る。
門の所に居た男を電撃魔法で気絶させると、ゲートを思いっきり蹴り破る。
身体強化を最大限の状態でゲートの分厚い板を蹴り破ったので、ゲートはものすごい勢いで内側に吹き飛び、門の内側に居た男にぶつかった。
ぶつけられた男はそのまま気絶してしまった。
俺は気絶させた見張りを門の内側に蹴って移動させる。
身体強化の状態で蹴ったので、男は5m程空中を舞って、門の向こうの建物近くまで転がった。
念のため、ゲートにぶつかって気絶していた男にも電撃を喰らわせておく。
屋上に居た男が俺の襲撃に気が付き、慌てて持っていた銃をこちらに向けるが、俺は地面に落ちていた拳ほどの石を拾うと、男が銃を発射する前に石を男めがけて投げつける。
身体強化状態で投げつけられた石は、正確に男の頭を直撃し、ボコンという音と共に男が気絶して倒れこむ。
これで残りは3人。
建物のドアの前で探知魔法を使って様子を伺う。
どうやら建物内で銃を構えて俺を待ち構えているようだ。
大谷先輩が心配なのでピッピを使って様子を伺う。
男が一人、大谷先輩をどこかへ運び出そうとしていた。
ピッピを経由して電撃魔法を男にお見舞いする。
あ、しまった。男が大谷先輩を引きずろうとしていたので、電撃魔法が大谷先輩にもダメージを与えてしまったみたい。
誘拐犯の男と同時に大谷先輩も気絶してしまった。
大谷先輩、ごめんね。
残りは二人。
ドアの向こうで待ち構えているが分かっているのにわざわざ正面から向かうことはないよな。
俺は建物の裏手に回り、空いていた窓から音をたてずに侵入する。
こっそり残った2人の男の背後から忍び寄り、電撃魔法で気絶させる。
あっという間に制圧出来たな。
大谷先輩は気絶しちゃったけど、怪我は無かったみたいだし、良かった。
俺は誘拐犯6人を1階へ集め、探知魔法で全員の記憶を探る。
全員が複数の誘拐に関与しており、テロ行為も含め、それぞれが複数の人間を殺害していたことが判明した。
全員有罪だな。
誘拐犯の1名の顔に見覚えがあった。
あ、こいつは大谷先輩を拉致のターゲットとしたガイドだな。
一網打尽にできてよかった。
俺は奴らの持ち物を全て没収して、奴らの周囲に転移魔法用の魔石を円形に並べ、転移魔法を発動。
奴らを南極に送り込んでやった。
サハラ砂漠に送っても良かったんだが、砂漠の民だともしかすると生き残っちゃうかもだしな。
建物内を家探しして、先輩の荷物を回収。
誘拐犯の車を奪って、俺の車が停めてある空き地まで先輩を乗せて移動する。
先輩はまだ気絶していたので、先輩の携帯電話を使って、山野君にメッセージを送っておく。
『テロリストは仲間割れしたので、隙を見て逃げて来た。今は空き地で待機中。救援求む』
同時に地図アプリで現在地の場所の示したスクリーンショットも送っておく。
『メーティス。様子はどうだ?』
『山野氏がメッセージを受け取り、日本大使館に連絡したようです。日本大使館からI国警察に連絡が行き、現在最寄りの警察署から警官がこちらに向かっているようです』
俺は自分のレンタカーに乗り、その場から少し離れたところに移動し、様子を伺う。
しばらくして地元警察が何台もの警察車両で現れた。
大谷先輩の乗った車は直ぐに発見され、警察車両と共にやってきた救急車に乗って運ばれていった。
よし、ミッション終了。
こうして大谷先輩を襲ったテロリストは壊滅した。
大谷先輩の供述から、大谷先輩を取り逃がしたテロリストはアジトを放棄して逃げ出したと判断されたようだ。
逃げた先はブリザードが荒れ狂う南極だけどね。
大谷先輩を軽々救い出しましたね。
第一部はここまでで、次章から第二部になります。




