85.大賢者、超能力者に活躍してもらう
それからの手続きはとんとん拍子に進んだ。
退職代行会社はきちんと仕事してくれて、橋本さんの退職は何も問題も無かった。
橋本さんに住んでもらうつもりのマンションの隣の部屋は買い手がつかず売れ残っていた物件だったので、すぐに購入できた。
マンションの部屋は社宅扱いにする予定なので、会社のお金で購入だ。
総務関係の鈴木望さんからは、価格があまりに高額なので、怒られてしまったが、節税対策にはいいんじゃない?
えっ? 贅沢すぎるので経費として認められるか微妙?
1週間後には橋本さんの引っ越しも終わり、正式にi経済研究所に入社した。
彼女は経済関係の知識は皆無なので、定例の役員会議には参加しない。
代わりに、投資希望の会社関係者と会うときは連れていくことにした。
俺の探知魔法では相手に触れないと相手の考えが読めないが、彼女なら相手の考えていることが離れた所から手に取るように分かる。
財務状況などはメーティスがネットから相手のパソコンに侵入して把握できるが、相手の胸の内までは確認できない。
今日は農業関係で農家の規格外品を安価に購入し、それを外食産業への販売を組織的に扱う事業を立ち上げる、との触れ込みで融資を希望している起業家との面談だ。
まだ事業としては小規模なので、メーティスの調査では何とも言えない。
ここは橋本さんの能力に期待だな。
起業家はプレゼン資料を表示しながら、如何に有望な市場なのか、農家も消費者もWINWINな事業なのかを得々と説明していく。
プレゼンだけを聞くと有望な投資先に見えるな。
『橋本さん、相手の本音は分かるか?』
『分かります。この事業計画には致命的な欠陥があり、それを隠しています』
『ほう、どのような欠陥なんだ?』
『農家は規格外品は極力出ないように工夫しており、仮に出ても自家消費に回しています。なので、規格外品を専門に購入しようとしても、数がそろわず全く儲かりません。彼はそれを知っていますが、うまくごまかしてますね』
『なるほど、ありがとう』
プレゼンが終わり、質疑の時間となった。
ちょっと意地悪な質問をしてやろう。
「農家は規格外品を極力出さないようにしていると思いますが、採算がとれるほど安定的に規格外品が集まるのでしょうか?」
「は、はい。十数軒の農家の仮契約をして事業準備していますが、現時点では十分採算が取れるレベルで購入できそうです」
『彼はうそを言っています。融資された金をほとんどネコババするつもりの様です。そしてその後は計画倒産するつもりの様です』
「分かりました。融資の可否については別途連絡します」
彼らが退出した後、会社の主なメンバーで打合せが行われる。
「規模は小さいが、目の付け所は悪くないし、融資しても良いのではないか?」
「今は規模も小さいので利益も出ていないようだが、彼らのプレゼンにもあるように規模を拡大したら採算が十分取れるのではないか?」
メンバーの意見は肯定的だ。
俺は橋本さんに念話で合図を出す。
それを受けて橋本さんが発言する。
「彼は信用できないと思います。表示されたデータは嘘とは言いませんが、多分に改ざんされている可能性が高いと考えます。質疑の時の口調や表情にそれが表れています」
「いや、君ね、橋本さんだっけ? 雰囲気でどうこう言われてもねぇ」
俺が助け舟を出す。
「彼女は占いスクエアで、占い師として大人気だったほど、人の表情やしぐさでその人の本性や嘘を見破ることができる特技を持っているんだ。私は彼女の言葉を重要視したい」
「なるほど。具体的にどの辺りに嘘があるとお考えですか?」
「私の見たところ、農家から十分量の規格外品を入手することは困難だと感じました」
「この会社の契約農家の名前は何件か把握しているので、だれか直接出向いて確認してもらえないか?」
「じゃあ私が行ってみますね」 と恵さんが行ってくれることになった。
契約農家の名前と住所はメーティスが入手してくれていたので、それを活用する形だ。
もちろん入手経路は秘密だけどね。
その日の内に、恵さんが契約農家に出向いて、規格外品の生産数などを聞き出してくれた。
夕方、再度会議を行い、恵さんがその旨発表する。
「……というわけで、橋本さんのご指摘の通り規格外品を安定的に十分な量を購入することは困難だと思われます」
「なるほど。人の嘘を見抜く能力はなかなか侮れないですね」
「というわけだ。今回の融資は見送る旨相手に伝えておいてくれ」
「了解しました」
こうして、橋本さんの能力は皆にも受け入れられ、その後は融資関係の面接には必ず橋本さんが参加することになった。
橋本さんの超能力の欠点は、ビデオ会議では距離が離れすぎているので相手の心を読み取ることができない点だ。
それに関しては、ビデオを通すと微妙な声の変化や表情が読み取れないので、嘘を見つけない、ということで説明した。
もっともな理由だし、皆納得したので融資の面接は基本は対面で行うことととなった。
橋本さんの仕事が融資の面接参加だけでは暇を持て余してしまうので、各種事務処理もこなしてもらおうと、色々勉強してもらうことにした。
さやかが、魔石ネックレスをもう一つ作り、それには知力強化の魔方陣を描きこんでおく。
色々物事を覚えるときに、知力強化魔法は非常に有効だ。
彼女は直ぐにその魔法を使えるようになり、乾いたスポンジが水を吸収するように各種知識をどんどん覚えていった。
全く話せなかった英語など、一週間で話せるようになった。
彼女は読心術があるので、英語教師とマンツーマンであれば、講師の心の声と言葉を同時に聞くことにより英語の吸収速度は上がるみたいだ。
これで海外の起業家との打ち合わせにも参加させられるな。
もっとも、海外企業との打ち合わせはビデオ会議の可能性が多いので、今後は現地に出向いての会議を増やそうと思う。
こうして、彼女が経営に参加してくれたことにより、少なくとも融資に関しては焦げ付く可能性は大幅に減ったのである。
他のメンバーも、彼女に一目置くようになった。
超能力者の橋本さん、早速活躍していますね。
これからも色々活躍してくれそうです。




