81.大賢者、近藤先輩を助ける
近藤先輩の視点:
大学生活も2年目を迎え、大谷システムズでの仕事と二足のわらじだが、生活は充実していた。
大谷システムズの仕事は概ね在宅でできるし、大学の講義の合間にカフェテリアでパソコンを使っても仕事の処理ができるし、それでいながら給料は非常にいいし、言うことなしね。
大学の授業料や家賃、光熱費も全て自分で払っても生活できるし、そもそも自分の株投資も順調で保有資産はうなぎ登りだ。
ホント、井本君には感謝しかないわね。
住んでいるマンションは、セキュリティーも高く、学生にしては比較的家賃は高いかもしれない。
でも、駅から近いし、築年数は少し古いがきれいなので気にいっている。
ただ、ちょっと高いので住民に学生さんがほとんどいないのが寂しいわね。
今日は講義は無いので、大谷システムズの仕事を在宅で処理していた。
朝の会議も終わったし、今日は家で仕事半分でのんびりしようっと。
ピンポーン
あれ? 誰かしら? 玄関のインターホン直接?
普通はエントランスからの呼び出しのはずなのに、管理会社か大家さん?
一応警戒して、ドアチェーンを掛けたままドアを開ける。
するとドアの隙間に足を入れられ、ドアを閉まらなくした状態で工具でドアチェーンをカットされた。
何が起きているのか分からないまま戸惑っているとドアを開けて見知らぬ男がナイフを片手に押し入ってきた。
「おとなしくしろ!」
男はそう言うとナイフを突きつけてきた。
まさか玄関のセキュリティーを超えて、更にドアチェーンまで切られるとは想像もしていなかったのでパニックで固まってしまった。
それを良いことに、男は私を押し倒そうとしてきた。
そこでようやく我に返り、悲鳴を上げながら、手当たり次第に物を暴漢に向かって投げつかる。
「この女、何しやがる。おとなしくしろ」
男に腕をつかまれ、恐怖のあまり空いている手で男をめちゃくちゃに殴りつける。
その直後、お腹に鋭い痛みを感じ、急に力が無いらなくなった。
お腹を見ると、ナイフが深々と突き刺さっているのが見えた。
「おっお前が抵抗するからだぞ。お前が悪いんだからな」
男は慌ててナイフを引き抜くと、ドアから出て行った。
警察と消防に電話しなくっちゃ。
そう思い、携帯電話を探すが、めまいがして倒れこむ。
見れば、お腹から出た大量の血が噴き出て、床に血だまりを作っている。
今日は出かける予定もなかったし、誰も訪ねてくる予定もない。
このまま意識を失ったら助からない。
必死になって携帯電話を探すが、力尽きて動けなくなる。
倒れたまま、必死に刺されたお腹を押さえて痛みと血を止めようと試みる。
『血よ止まって』『痛みよ無くなって』
心なしか出血と痛みが少なくなった様な気がする。
しかし、そのまま意識を失ってしまった。
◇◇◇
どのぐらい時間がたっただろう。
気が付くと床に倒れていた。
周囲は私の血がいっぱいだった。
何とか立ち上がれたので、携帯電話を見つけ出して救急車を呼ぶ。
更に警察にも電話する。
しばらくして救急隊員が部屋に入ってきた。
「大丈夫ですか? 意識はありますか? 何がありました?」
「いきなり知らない男が部屋に入ってきて、ナイフでお腹を刺されました」
「分かりました。今から病院へ搬送します」
担架に乗せられ、運ばれていく最中にまた意識を失った。
◇◇◇
主人公視点:
その日、家で予知魔法の鍛錬をしていると、さやかが突然顔を上げて、なにやら意識を集中し始めた。
「どうした?何かあったか?」
「うん、近藤先輩の持っている魔石ネックレスからいつもと違う何かを感じるの」
「どういうことだ?」
「近藤先輩に、何か命に係わる出来事が発生しているみたい」
そんなことが探知できるのか?
さやかが近藤先輩の携帯電話に掛けたみたいだが、誰も出ない。
「メーティス、近藤先輩の携帯電話にアクセスして、カメラの画像を取れるか?」
『お待ちください……成功しましたが、携帯電話のカメラには天井しか映っていません。音声も特に入ってきません』
「とにかく近藤先輩のマンションに行ってみよう」
俺とさやかはタクシーを捕まえ、近藤先輩のマンションに飛ばしてもらう。
信号待ちや渋滞もあり、これじゃあ身体強化して走った方が早かったなと後悔する。
しかし、超人的な走りを見られるわけにもいかないし、近藤先輩のアパートの周囲に魔方陣も設置していない。
ようやく近藤先輩のマンションに到着したら、近藤先輩が救急車に担架で乗せられるところだった。
俺たちは駆け寄って近藤先輩に声を掛ける。
「先輩、大丈夫ですか?」
意識を失っているので返事が無い。
顔色は血の気が無く真っ青だ。
俺はそっと彼女の手に触れて、ヒール魔法を掛ける。
どうやら命の別状はなさそうだ。良かった。
救急隊員が俺に声を掛ける。
「お知合いですか?」
「あ、はい。僕の会社の従業員です」
本当は、大谷先輩の会社の社員だけど、一応我が社にも兼務で在籍している形だから嘘ではないな。
「それでは付き添いでご一緒していただけますか?」
「分かりました」
俺が救急車に乗り込む。
さやかは、
「私は近藤先輩のマンションから必要な物を持って後から行くわ」
とのことだったので、俺だけ付き添うことにした。
◇◇◇
さやか視点:
近藤先輩が救急車に乗り込むときに、井本君がヒール魔法を掛けていた。
しかし、その前に、彼女からヒール魔法の痕跡が感じられた。
魔石ネックレスは常時弱いヒール魔法を出しているが、それとは違う強いヒール魔法の痕跡だった。
私は近藤先輩が運ばれるときに手に触れて彼女に何が起こったのかを探知魔法で探ってみる。
なるほど、暴漢にナイフで刺されたのね。
致命傷だったのに、彼女は無意識に自分自身に対しヒール魔法を使っていたみたいね。
やはり魔石ペンダントを身に着けていると、ある程度魔法が使えるようになるみたいね。
マンション前で、私はメーティスと念話で話をする。
『近藤先輩のお母様に電話して』
メーティスが私の携帯を操作して、電話をかけ始める。
近藤先輩の母親とはすぐに連絡が付いたので、とりあえず救急車で運ばれたことを連絡する。
直ぐに新幹線で駆けつけるとの事。
警察も来ていたので、彼女の部屋に入って入院に必要な物を持って行きたい旨伝えたが、現場検証があるので当面は立ち入り禁止とのことで部屋から荷物を持ち出すのはあきらめた。
代わりに、必要と思われるものを色々購入し、彼女が搬送された病院へ向かう。
病院の場所は、井本君が念話で教えてくれた。
タクシーで病院へ移動しながら、大谷先輩とか、関係者に電話で状況を連絡しておく。
病院へ到着し、病室まで行くと近藤先輩は既に元気な様子だった。
警察の聴取も概ね終わり、犯人捜査を開始しているとの事。
近藤さんには、母親に連絡したこと、大谷さんはじめ、会社関係者にも連絡したことを伝えた。
「災難でしたね」
「本当に死んじゃうかと思ったわ。かなり深くナイフで刺されたんだけど、あんまり怪我の具合は酷くないみたいなのよね」
「そ、そうなんですね。大事にならなくてよかったです」
そこに看護師さんが入ってきたので、話を中断し、病室にいた井本君を病室外へ連れ出す。
「井本君、近藤先輩は無意識のうちにヒール魔法を使っていたみたいよ」
「ああ、俺も病室に居てそれを感じた。本人はまだ無自覚だけどね」
「どうするの?」
「とりあえず様子を見よう。暴走するようだったら魔石ペンダントをヒール魔法無しのものに交換すればいいし」
「そうね」
「それで、犯人についてなんだが、探知魔法で先輩の見た記憶を確認したんだ。先輩ははっきり顔を見てないんだよな。そろそろ面会時間も終わるし、現場に行ってみないか?」
「そうしましょう」
◇◇◇
主人公視線:
俺とさやかは病室に戻り、近藤先輩と話をする。
「何か必要なものがあればマンションから持ってきますよ」
「そんな、なんか申し訳ないわ」
「いいんですよ。あ、衣類とかは僕は手を触れず、さやかに探させますから」
「はい、私が責任を持って、井本君が変な場所を家探ししないように注意します」
「あはは、信用しているわよ。それじゃぁ申し訳ないけど、携帯電話とお財布を持って来てもらえないかしら? 衣類は母が来たら取ってきてもらうから」
「了解です」
俺とさやかはマンションのカギを近藤先輩から受け取ると、タクシーでマンションに向かう。
マンションに入ると、近藤先輩の部屋に向かう。そこで探知魔法で過去に何があったのかを探知する。
近藤先輩が襲われたと思われる時間で探知すると、犯人が部屋に押し入り、やがて慌てて出ていく様子が探知できた。
頼まれた荷物を探して持って行くのをさやかに任せ、俺は探知魔法で犯人の行方を追う。
どうやら犯人は玄関からではなく、通常は施錠されている管理会社用のドアから出たようだ。
なるほど、ここからだと監視カメラに映らないで部屋まで行けるんだな。
玄関から外に出て、更に犯人の痕跡を追いかける。
近くの駐車場に停めた車で移動したので、どうやって追いかけようかと悩んだが、車に不動産管理会社の会社名が書かれていたので、追跡はやめて、その会社の事務所に行くことにした。
タクシーで管理会社の事務所のビルに行くと、駐車場にさっき探知した車が止まっていた。
なるほどね。管理会社の社員だったら、管理用のドアから入りたい放題で、下手をすると住民の部屋番号まで分かるかもな。
許せないな。さて、どうしたものか……。
俺はタクシーで先輩のマンションに戻ると、ちょうどさやかが出てきたところだった。
うまい具合に聞き込みをしている刑事さんらしき人2名と話をしているところだった。
俺はさやかと念話で口裏を合わせるように連絡しながらさやか達に近づく。
「さやかさん、頼まれた物は見つかった?」
「うん、大丈夫」
すると横にいた刑事らしき人が話しかけてくる。
「君は、井本君かね? 私はここの所轄の刑事で中村といいます。君は近藤さんの知り合いみたいだが、なにか気が付いて点は無いかね?」
俺はさやかと念話で整合しておいた話をすることにした。
「実は、今日近藤さんの家に行こうとしていて、道に迷って最初はこのマンションの裏側の道路に行ってしまったんですが、その時に血の付いた刃物を持った男が車に乗り込むところを見ました。」
本当は探知魔法で見た光景だが、まあ、多少の嘘はいいよね。
続けて言う。
「その車が道路に出て来た時に、ぶつかりそうになったのでよく覚えてます。車には”渋谷マンション管理社”って書いてあって、ナンバーは〇△■×でした。」
「よく覚えてるね」
「マジで轢かれそうだったので、その会社に文句を言ってやろうと思って覚えてました」
刑事はその情報をメモすると、直ぐに所轄署に連絡を取っていた。
その他にも色々聞かれたが、男の特徴などを伝えておいた。
ここまで情報を出しておけば捕まるよね。
刑事の話では、同じような手口の犯行がここ数か月で何件も起きているとの事だった。
◇◇◇
数日後、近藤先輩のお見舞いにさやかと行くことにした。
病室に入ると、近藤先輩はとても元気そうだった。
「井本君、さやかさん、来てくれてありがとう。明日にも退院できるみたい」
「えっ? お腹を刺されて重傷だったんですよね? もう退院ですか?」
「それがね、医者もびっくりするぐらい傷の直りが早くて、傷がついた内臓を内視鏡手術で縫い合わせるようとしたら、もうほとんど治っていたんだって。やっぱり、毎日お腹に手を当てて治るようにお祈りしていたのが効果あったのかしらね」
俺とさやかは顔を見合わせた。
近藤先輩は無意識のうちにヒール魔法を使いこなせるようになってきているな。
セブ島のマリカの例もあるので、魔石ネックレスをつけた状態で、魔法の練習を行えば魔法が使えるようになるだろう。
しかし教えてもいないのにヒール魔法が使えるようになるとは想像しなかった。
この世界の人間は意外と魔法と相性があるのかもしれない。
「ま、まあ、病は気から、って言いますからね」
「井本君、怪我は病気じゃないわよ」
「あはは、そうかもですね」
「内視鏡手術の後もどんどん治って、今じゃ手術跡がほとんど分からないぐらいになっちゃったの。これも医者がびっくりしてたわね」
「きっと、近藤先輩は特異体質なんですよ」
「医者にもそう言われた」
まあ、近藤先輩が元気で良かった。
「あと、午前中に刑事さんが来て、犯人が逮捕されたって」
刑事さんからの情報によると、やはりマンション管理会社の社員の犯行で、マンションのメンテナンス時などに、好みの女性を見かけると、こっそり後をつけて部屋を割り出し、後日管理会社のカギを使ってマンションに忍び込み、犯行に及んでいたとの事。
管理会社なので、防犯カメラの位置も分かっており、カメラに映らない経路で侵入も可能だったらしい。
まあ、犯人が警察に捕まらなかったら、俺が個人的に犯人を拘束して、下手したら砂漠か南極に送り込んでいたから、犯人にとっても警察に捕まったのはラッキーだったかもな。
とりあえず本件は一件落着。
魔石ネックレスを身に着けていると、訓練を受けなくても魔法が使えるようになる可能性があるのは面白いですね。




