7.大賢者、勉強をする
今日は21世紀の日本と世界の情勢をもっと知るために、図書館で本を読むことにした。
一応小中学校で日本と世界の歴史や地理を学んできたが、十分ではない。
市の図書館へ開館と同時に入館し、主に世界史を中心に本を読み漁る。
強化魔法で知力を強化して集中すると非常に高速に本が読める。
傍から見たら本のページをパラパラとただめくっているようにしか見えないだろう。
高速で読み漁っていても、本の情報はどんどん脳に記憶されていく。
午前中は世界史 → 日本史 → 世界地理 → 日本地理の順番で本を読み漁る。
そこから得た情報を総合して、前世の世界と比べてみると以下のことが理解できた。
・この世界では魔法を使える動物も人間も居ない。
・前世世界と同様、この世界も戦が溢れている。
・こちら世界の武器は前世での魔法攻撃を大きく凌駕する。
・中世のヨーロッパでの魔女狩りや、いくつかの事例を鑑みると、
過去にもこの世界に転生者がいた可能性がある。
・この世界では魔法を使えることが分かると迫害される可能性が高い。
以上の考察から、魔法が使えることは絶対秘密とすることを新たに決めた。
前世での最盛期の自分なら、武器や魔法攻撃は魔力でほぼすべて防ぐことができていた。
たが、この世界の武器による攻撃を単純に魔力だけで防ぐことは難しいことも分かった。
少なくとも強化魔法Lv2では拳銃の銃弾を跳ね返すことすらできないだろう。
一般の人での最高レベルのLv5までいけば、拳銃の銃弾位は跳ね返せると思うが、対戦車ライフルクラスの威力の銃弾などははね返すことはできないだろうな。
まあ、普通に暮らしていれば二十一世紀の日本では拳銃で撃たれるってめったにないけどね。
昼になったので一旦家に戻り昼食を食べる。
一息入れてから午後も図書館に行こうとしたところで委員長の金井さんが訪ねて来た。
「井本君こんにちは。 ちゃんとご飯食べてる?」
そういいながら家に入ろうとする。
「か、金井さん、こんちは。僕出かけるところなんだけど」
「あら、そうなの? どこへお出かけ」
委員長はクルリとしたかわいい目で見つめながら質問してきた。
「これから図書館で調べものさ」
「そうなの? じゃあ私もご一緒していい?」
「えっ?い、いいけど……」
「よしじゃぁ決定」
というわけで、二人で図書館まで行くことになった。
うーん、やっぱり委員長は苦手だなぁ。
というより、前世では女性と付き合ったことなどなかったので、女性の扱いは全く分からない。
図書館での本読みは、身体強化魔法を使って瞬時に読み込むため相当高速での読書となる。
人には見られたくないので一緒に行きたくなかったが、彼女の決意は固そうだ。
委員長はにこにこ嬉しそうに並んで歩いている。
俺は心の中でため息をつきながら図書館に向かうのだった。
午後からは科学技術の本を中心に選んでいく。
化学、物理学、天文学、生物学、病理医学などをかたっぱしに棚から抜き取って机に持ってくる。
委員長は目を丸くして
「そんなに読めるわけないじゃない」
と言ってきたが軽く無視。
早速強化魔法を発動し、本をかたっぱしから読んでいく。
高速でページを繰り出していくので、読むというより情報を脳にスキャンしていく感じだ。
委員長は目を丸くして
「何やってんの? ふざけてるの? それとも速読術?」
しかし集中して情報を取り込んでいるので委員長の言葉は再度無視。
2時間ほどで概ね全ジャンルの科学の情報を読み込むことができた。
その後脳内で情報を考察する。
前世世界では科学技術は全く発達していなかった。
地球でいう中世暗黒時代レベルであろう。
まあ、科学技術が発達しなくても各種魔法で便利に暮らしていけたのだから科学が発達しなかったのも無理はない。
しかし、前世の魔法にも致命的問題があった。
それは魔力に個人差が大きかったこと。
魔力が少ない者は生活するのにかなり苦労し、貧困生活を余儀なくされた。
更に魔力の強い者に弱い者が搾取される構図になりやすかった。
それに比べ、この世界では科学技術によって概ね平等に便利に生活できている。
(それでも貧富の差は大きいが)
どちらが幸せかと問われれば、間違いなく21世紀の地球だろう。
更に俺は魔力とは何か科学的に考えてみる。
地球上では魔力の元となる魔素が満ち溢れている。
今まで得た知識から、魔素とはダークマターの一つではないかと仮定する。
俺は魔素を感じ、それを魔力として使うことができるが、21世紀の地球の科学技術ではこれを検出することすらできない。
魔法とは魔素を変換し、我々世界を構成する素粒子やエネルギーに変換させることで成り立つのではないか?
だとすると、科学の知識を応用して魔力を使えば、魔法の可能性が大きく広がるのでは?
色々考えこんでいると前の席に座っている委員長が不思議そうにこう言った。
「井本君どうしたの? すごい勢いで本のページを捲ったかと思うとずっと考え込んで」
委員長の存在をすっかり忘れていた俺は急に話しかけられて少しビクッとなった。
「あ、いや、読んだ本の情報を頭の中で整理してました」
「ふーん、まあいいや。ねえもうすぐ閉館の時間だよ」
「あ、そうだね、じゃあそろそろ帰りますか?」
二人で並んで帰途につくが、俺は先ほどひらめいた魔力と科学について考え続けていた。
魔力をダークマターと仮定するなら、水魔法で水を出すことができるのはダークマターである魔素を実態の有る素粒子に変換できるからではないか?
だとすれば、水(水素と酸素の化合物)だけではなく、もっと別の物質も生み出せるのではないか?
そう思うとさっそく試してみたくなり、近くの公園に入っていった。
委員長は、
「ちょっと、どこいくの?」
と言っていたが、耳に入らず、俺は木陰のベンチに座ると魔法を使ってみた。
まずは勝手知ったる水魔法で水を作り出す。
委員長が急に出現した水にびっくりする。
しまった、魔法を見せちゃった。まあいいか?
「あ、急にごめん。最近手品に凝ってて、ちょっと試してみたんだ」
「なんだ、そうだったの。急に水が出てきたのでびっくりした」
なんとかごまかせたかな?
水=水素と酸素が出せたんだから、物理の知識を応用して、もう少し原子量の大きな物質、原子番号13のアルミニウムを出してみよう。
水を出すときに使った魔力の流れを思い出し、原子量13のアルミニウムの原子構造を意識しながら魔力を使ってみる。
直径3cmほどの球体のアルミニウムを想像して魔力を流すと目の前に銀色の金属光沢の球体が現れ、ぽとりと地面に落ちる。
「すごい! 今度は金属ボールがでた。手品すごいね」
委員長はすっかり手品と信じているようで素直に驚いている。
よし、次は金を出してみよう。金が出せるならお金に困ることはないからな。
原子量197の金の構造を頭に描きながら魔力を使ってみる。
次の瞬間、俺は意識を失った。
ふと気が付くと、委員長が泣きながら俺をのぞき込んでいた。
「あれ? 俺はどうしたんだ?」
「手品を披露している最中に急に倒れちゃったのよ。大丈夫なの?」
あー、これは魔力切れだな。前世では子供のころ何度か同じ経験があったが、その後は注意していたので魔力切れで気を失うことは無かった。
「ごめんごめん、たぶん熱中症だ。少し休めば大丈夫」
とっさに熱中症ってことにした。
地球環境だと魔素が溢れているので、魔力切れを起こしても急速に魔力は回復される。
もう大丈夫だろう。
それにしても、初めて使う魔法は気を付けないといけないな。
アルミニュウムを生成するときは特に問題は無かったが、金を生成するときはごっそりと魔力を奪われた。
これは生成する物質の原子量が大きいと莫大な魔力が必要になることを示唆している。
しばらく考え込んでいると委員長が心配そうに俺を見ていた。
「もう大丈夫だから、家に帰ろう」
委員長が「送っていく」とうるさかったので、一緒に自宅まで戻る。
「じゃあ、水分をとっておとなしくしているから、今日はありがとう」
といって委員長を追い返し、家に入る。
魔力が完全に回復してから、再度「錬成魔法」(俺はこの魔法にこの名前を付けた)を試してみる。
色々試してみると、やはり原子量が大きくなるほどに錬成に魔力が必要だと分かった。
おおよそ原子量の2乗に比例して魔力が必要だった。
しかも鉄より大きな元素を生成すると急激に魔力が必要になり、原子量の4乗に比例するみたいだな。
原子量27のアルミニウムに比べ原子量197の金は原子量で7.3倍で、その3乗の魔力は1167倍になる。
そりゃいきなりあんなにでかい(直径5cm)の金のボールを錬成したら魔力が欠乏するわけだわ。
科学と魔法を組み合わせた新しい魔法の可能性は見いだせたが、安易に試すことは危険だと悟った。
これからは注意して進めていこう。
身体強化を知力に向けると勉強がはかどるようです。受験生にはうらやましいですね。
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