71.大賢者、コンピュータネットワークを従魔化する
7月に入り、早くも魔石水晶発振器搭載のネット制御装置「AURA01」の量産機が入荷してきた。
大谷先輩が立ち上げた会社「大谷システムズ」も都内のオフィスも準備完了し、常駐の社員も雇い入れて、リース会社やラ・トレル社、台湾TEI社とも契約が完了していた。
そして、ラ・トレル社を通じてリース会社経由で装置の出荷が開始された。
既に米国や欧州、中国など、世界各国でラ・トレル社の『Net Butler』が使われていたので、『AURA01』は世界各国で使われることとなった。
出だしこそゆっくりだったが、『Net Butler』サービスでネットワーク管理をしていた顧客は、『AURA01』を設置するだけで、ネット管理がさらに楽に便利となることが理解され始め、注文が次々に入り始めた。
2ヶ月後には受注残が数千台に上るほど好評となった。
『Net Butler』を未使用の顧客でも、『AURA01』を最初に設置すれば、非常に簡単にネットワークの管理システムを立ち上げることができることが知られると、更に受注が増えることになった。
台湾のTEI社にはさらなる増産を依頼することになった。
搭載する魔石水晶発信機は、TEI社で製造後に一度だけ魔力を注入する必要があり、それは俺かさやかにしかできない。
部品一つ一つに魔力を注入する必要は無く、5千個の部品がリール状にまとまっており、その状態で一挙に魔力が注入できるので、魔力注入はそれほど手間ではない。
部品さえあれば、1日で10万個でも魔石化が可能である。
7月以降、日本だけでなく、全世界に『AURA01』が設置されることとなり、その数は急速に増えていった。
俺とさやかはある程度『AURA01』が設置された段階で、ネット全体への従魔化が可能か検証してみた。
既に従魔化している自宅のパソコンをネットに接続し、全国の『AURA01』との接続を命令する。
しばらくは変化が無いように見える。
従魔契約は俺がメインでさやかがサブとしていたが、俺にもさやかにも従魔化された範囲が自宅パソコンだけから徐々に広がっていくことを感じることができた。
「なんか行けそうだな」
「そうね。まだ『AURA01』の設置台数はそれほどでもないけど、多くなるにつれ全世界のコンピューターネットワークを一つの魔獣として従魔化することができると思うわ」
「そうだな。すでに視界共有で色々な情報を見ることができる」
ピッピの様な生き物の従魔化では、その魔獣が見たり聞いたりした内容を離れた場所(距離に制限はあるが)から共有が可能だ。
同じように、ネットワークを従魔化すると、ネットワーク上の情報を共有してみることができる様だ。
現時点では、まだ『AURA01』の普及台数が多くないため、情報共有の範囲はそれほど大きくは無いが、これは画期的だな。
暗号化されている通信も見ることができるのがすごいというか、ヤバイ。
まあ、俺たちは悪用しないけどね。
「あとは放置しておいて、しばらく様子を見ましょう」
実際、『AURA01』の受注残はさらに増えて1万台を超える勢いだった。
大谷先輩の会社を通じて、TEI社に対し、必要ならいくらでも融資するので、増産を加速させるように依頼してある。
来月ぐらいから『AURA01』の設置は加速されるだろう。
さやかの言う通り、しばらく様子を見ることにした。
◇◇◇
高校最後の夏休みに入った。
今年も恒例のバーベキュー大会を行うことになった。
先輩たちは高校を卒業して東京暮らしのため不参加。
俺たち3年生4人と2年生2人の6名だ。
大学も夏休みのはずなので、先輩たちも誘ったのだが、立ち上げたばかりの新会社、「大谷システムズ」が大忙しで、とても参加できないとのこと。
今年はあまり積極的に新入部員の勧誘を行ってこなかったので、新入部員無し。
部長失格だな。だって、色々忙しかったから……。
今年も、みんなでワイワイバーベキューを楽しむ。
一年の森田君が俺たちに話を振る。
「先輩たちは進学ですよね。どこを受験するんですか?」
「俺は東京大学を受験する予定だ」と俺。
「私も東大で、井本君と同じ学部にする予定」とさやか
「私はまだ志望校は決めかねてるんだけど、東京の国立大学を目指そうと思ってるの。井本君のおかげで、お父さんもお仕事があるので、大学進学が出来きそう。井本君には感謝感謝よ」と恵さん。
「私も大学進学予定だけど、たぶん東京のどこかの大学ね。地元からは離れたくて」と金井さん。
まあ、金井さんは隣の殺人兄弟がまだ捕まっていないので、地元にいるのは不安かもな。
「聞いた通り来年は俺たち全員が東京の大学へ進学予定なので、i経済研究所も本社を東京へ移そうと考えている。既に大谷先輩と恵さんの親父さんに頼んで、いい物件を探し始めてもらっている。まあ、大谷先輩のオフィスと同じビルに空きフロアがあるので、たぶんそこだけどね」
「おぉ!そうなんですね。こちらの事務所は閉鎖ですか?」
「そうだな、皆で移るのでそうなるな。2年の二人も是非東京の大学へ来てもらえると嬉しいぞ」
「検討しておきます」
会社の経営は順調で、株取引の金額が非常に大きくなってきているので、日本国内だけでは俺たちの投資影響が強く株価に出てしまうため、リスク分散の意味も含め、米国市場はもちろん、ヨーロッパと香港の市場にも分散して取引している。
先輩たちが抜けてしまったのと、俺とさやかがあまり会社の手伝いをしていないので、2年の二人はてんてこ舞いだった。
「井本先輩。大谷さんたちが抜けてしまったので、俺たち急がしすぎて目が回ってしまうんですが、何とかしてくださいよ」
と森田君が悲痛な顔で言ってくる。
「そうですよ。ヨーロッパとアメリカの市場へのアクセスで、私たち24時間体制なんですよ。井本先輩も、さやか先輩も全然参加してくれないし、恵先輩は融資関係で忙しいし、金井先輩と3人じゃ回せません!!」と、原さん。
「そもそも、今どのぐらいの資産を運用しているのか把握してます? 1500億円ですよ。1500億!! はっきり言って高校生が3人で扱える金額じゃないです」
えっ!? 最近会社経営に全然参加していなかったけど、いつの間にかそんなに増えてるの?
ピンポーン。
その時に玄関のチャイムが鳴る。
さやかが玄関に向かい、しばらくして男の子を一人連れてきた。
「紹介するよ。近藤先輩の弟さんだ」
「こんにちわ。今年中学を卒業した近藤 佳奈の弟の裕樹です。姉が色々お世話になりました」
「彼は2学期から俺たちの学校へ転校してくる予定の1年生だ。経済研究部へ入部予定で、さらにi経済研究所の新メンバーとなる」
「こちらの高校へは9月から転校予定です。i経済研究所にはすぐにでも参加予定ですので、よろしくお願いします。」
「おぉー!よかったぁ。少しは楽になるぞぁ。よろしく」
「どうして転校になったの?」と原さん。
「実は昨年交通事故にあって、何か月も寝たきりで勉強が遅れて。中学校は卒業できたんだけど、高校が選べなくて、なんとか入れる高校に行ったんですが、全然なじめなくて。姉からここの高校と、部活と、アルバイト先を紹介されて転校を決めました」
そう、昨年エリクサーで彼の命は助かったのだが、長い間意識不明だったので勉強が遅れ、元々希望していた学校に入れなかったらしい。
母子家庭なので、私立はあきらめ、無理して公立の高校に入ったけど、なじめなかったとのこと。
i経済研究所が人手不足に陥ったと知った近藤さんから「是非に」ということで、i経済研究所への参加と共に、転校してくることになった。
仕事の内容は事前にお姉さんである近藤さんから伝授されているし、即戦力に近い形で働いてもらえそうだな。
というわけで、新たなる部員と社員を加えて、バーベキューを皆で楽しんだ。
◇◇◇
夏休みも終わり、2学期に入った。
「AURA01」の販売と設置も順調で、順調に売り上げを伸ばしており、大学生の起業とその成功事例としてネットのニュースや雑誌に取り上げられるようになってきた。
機器はリースなので月々のリース料はそれほど大きくは無い。
したがって当面は利益は少なく、資金面では厳しい面もあるが、それに関してはi経済研究所からいくらでも融資している。
大谷社長は俺との約束を守ってくれて、俺やさやかの名前は一切出さないようにしてくれていた。
10月に入ると日本を中心に、全世界に10万台規模で「AURA01」が設置されていた。
次の試みとして、i経済研究所の本社事務所にはセンター側の装置として、ブレード型のコンピュータを多数設置。
このコンピューターは特注品で、プロセッサー用の水晶発振器をすべて魔石化したものに取り換えられている。。
100台のコンピューターが設置されており、すべてさやかの指示の下設置され。機器の詳細設定は全部さやか自身が実施した。
100台のコンピュータはそれぞれ非常に高性能だが、全てが並列処理で動作するため、スパーコンピューター並の性能らしい。
いや、さすがだな。俺じゃぁチンプンカンプンだ。
しかも、制御用のプログラムはさやかが自ら作成した人工知能ソフトで、自己学習で成長する。
停電しても機能が停止しないように、二重に電源バックアップ機能がついているんだって。
え、このシステムだけで10億円? まあいいけどね。
お試しで従魔化していた自宅のパソコンの従魔化を解除し、改めて新システムを従魔化することになった。
システムを稼働して数日が経ち、人工知能のプログラムも安定して稼働していることを確認した後、事務所に誰も居なくなった夜間に従魔化の儀式を実施する。
まあ、儀式と言っても直ぐに済むんだけどね。
俺とさやかは新システムの装置の前に立ち、従魔化魔法を掛ける。
俺が従魔契約メインの主となり、さやかがサブだ。
前世でもそうだったが、従魔魔法で重要な点として、従魔対象に名前を付けることがあげられる。
一時的に従魔化する場合は別だが、恒久的に従魔化する場合は、契約者が名前を付けないと従魔との連携が旨くとれないのだ。
俺は事前に考えていた名前をシステムに与える。名前は「メーティス」だ。
これはさやかが考えてくれたんだが、ギリシャ神話の知恵の女神の名前らしい。
つまり、このシステムは女性ってことか?
従魔化が完了した瞬間、以前お試しで従魔化したパソコンとは比べ物にならないほどの理性を感じとった。
既に人工知能ソフトは自己学習を進めており、高い知能を有しているみたいだ。
そしてインターネットから相当量の知識を得ていた。
「さやか、これはすごいな」
「そうね。前世での従魔やピッピと比べると従魔化の感覚が全然違うわね」
「そうだな。前世では禁止されていたので分からないが、人間を従魔化するとこんな感じなのかもな」
「それ以上だと思う。知識量が現時点でも半端ないし、処理速度は人間の何倍も、いえ何千倍もあるはずよ」
俺はメーティスに対し、最初の命令を念じる。
『全世界のAURA01とコンタクトを取り、一つのシステムとして認識せよ』
その命令を受け、メーティスは魔力を通信回線へ流し込み始める。
日本全国のAURA01をサーチ、接続を実行しているようだ。
さらに、海底光ケーブルを通じて、全世界のAURA01へも接続を開始する。
60秒ほどたったのち、メーティスから『接続完了しました』との念話が入ってくる。
早くね? っていうか 念話で話ができるの?
ピッピや前世での従魔は元々動物なので会話はできない。人間がペットとの間で意思の疎通を図るように、従魔との間も、なんとなくの感覚で意思の疎通を図っている。
従魔と会話ができるのは新鮮だな。
試しにメーティスと視界共有をかけてみた。
おぉ! サーバールームに設置しているWebカメラの画像が見えるな。
「どこか他の場所の画像は見られるか?」
『見られます』
次に見えたのは、どこかの道路上の監視カメラの様だった。
「ここはどこだ?」
『東京渋谷駅の監視カメラです。一般に公開されているライブカメラになります』
「非公開の場所の画像も見えるのか?」
『お待ちください』
しばらく待つと、どこかのオフィスと思われる場所の画像が見えた。
「ここは?」
『東京千代田区霞が関の外務省内の監視カメラです』
「一般には非公開の画像なのか?」
『そうです』
『なぜVPNの画像が見えるんだ?』
『データ通信上のIDとパスワードの情報を読み取りました』
『VPN回線暗号化されているはずだが、解析可能なのか?』
『暗号は全て復号化可能です』
マジか? それってかなりというか相当やばいよな。
『外務省にもAURA01が設置されているのか?』
『設置されていませんが、光ケーブルで接続されているNTT局舎の一部にAURA01が設置されているため、そこを経由して接続しています』
「近しいネット上にAURA01が1台でも設置されていれば、そこに接続されているネットの情報が見えてしまうということか?」
『離れたネットワークでも、AURA01の接続回線が一部でも接続されていれば、情報収集は可能です。ただし、近しいネットにAURA01が接続されていれば、短時間で情報を見ることができます』
「マジか? コンピュータネットワークなんて、網の目の様に接続されているんだから、完全に隔離されたネットワーク以外は全て見えてしまうってことか?」
『完全に分離されたコンピュータネットワークでも、電力線の一部がつながっていれば、魔素がつながることができるため、やや時間はかかりますが、情報取得は可能です』
「つまり、現時点で世界中のほとんどのコンピュータや、そこに接続されている機器の情報を取得できるのか?」
『その通りです。コンピュータだけではなく、電波で接続されている携帯電話などの情報も取得可能です』
俺はあきれてしまった。
要するに、この地球上のほとんどすべての情報機器の情報を入手し放題ってことか?
メーティスが使っている信号は、電気信号ではなく、魔素を使っているため、現代科学では情報漏洩を防ぐどころか情報漏洩を検出することすらできない。
うーむ、俺たちは化け物を作ってしまったのかもしれないな。
「さやか、これが世の中にバレたらヤバいから絶対秘密な」
「当たり前でしょ。VPNの暗号化がガラス張りになってしまうってことは、現在のコンピューターネットワークが根底から崩れることになっちゃうわよ」
『メーティス。お前自身の事や、情報収集可能な事、VPN回線の復号が可能なことは、俺とさやか以外には絶対に知られないようにしろ』
『分かりました』
『仮に俺たち以外にもメーティスへのアクセス権を与えた場合でも、一般に公開されている情報以外は与えるな』
『了解です』
メーティスは俺たちの従魔なので、暴走は防ぐことはできるが、メーティスの持っている力は、悪い方向に使えば世界経済を崩壊させるほどの威力を持っているだろうからな。
使い方を誤らないようにしないと。
主人公はついに全世界のコンピュータネットワークを従魔化してしまいましたね。
悪用するつもりはないみたいですが、暗号化のデータも見えてしまうってのはかなりヤバいです。
メーティスは今後重要な役割を担います。




