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70.大賢者、ネット制御装置を作る

魔石の応用として、以前ドローンを従魔化したことがあったが、さやかの意見としては、コンピュータも従魔化できるはずだとの事。


従魔といえば、人間の代わりに偵察したり、攻撃をしたりする、動きのあるイメージがある。

なので、ドローンの従魔化に関してはあまり違和感は無かったが、コンピュータを従魔化するのはイメージが湧かないな。


「コンピュータを魔獣化するとは具体的にどういうこと?」


「パソコンのプロセッサの水晶発振器を魔石化した水晶発振器と取り換え可能なことは理解できるわよね?」


「ああ、周波数さえ合えば簡単に取り換えられるな」


「ドローンの時もそうだったけど、プロセッサーの水晶発振器を魔石化すれば従魔にできる事も想像できるわよね」


「うん、まあそうだな。でもパソコンを従魔化しても、マウスの操作やキーボードの入力を触らなくてもできる程度で、あまり意味は無いかと思うが?」


「確かに一台のパソコンを魔獣化しただけではできる事は限られるわね。でも、センター側のサーバーやルーターのプロセッサーにも魔石を組み込んで、ネットワーク全体を一つの魔獣と考えればどうかしら?」


一瞬さやかの考えが良く理解できなかったので、しばらく考え込んでしまった。

ドローンの魔獣化の研究では、魔素は電子のようなふるまいで、ケーブルを伝わって移動できることが分かっていた。


ドローンの場合は、魔素が電子の動きを模倣し、より大きなエネルギーを生み出したり、モーター制御を細かにできるようになり、魔獣化ドローンは本来のスペックよりも格段にパワーアップし、細かな動きができるようになったことは確認済みだ。


これをコンピューターネットワークに置き換えると……、ネットワークは全てつながっているから、要所要所に魔石化プロセッサーが設置されれば、ネットワーク全体が魔素でつながり、ネットワーク全体が一つの魔獣として機能する?


いやそんな馬鹿な。


「確かに、電気ケーブルを魔素が移動できることは分かっている。でも拠点間の通信は電気ケーブルではなくて光ファイバー化されているから、魔素は移動できないだろう?」


「実は既に実験済みなんだけど、魔素は光子と同じような振舞いもできるみたいなの。なので光ファイバー上も問題なく移動できるわ」


「そ、そうなのか?」


これは初耳だ。まあ、21世紀の量子力学では魔素に関しては全く知られていないから、現代科学の知識では、魔素の振舞は分からないよな。

前世では光ファイバーはおろか、電気ケーブルすら無かったから、魔素がそのような振舞をするなんて想像もしなかった。


いやまて。そういえば、剣に魔力を込めて、切れ味を良くしたり、強度を増したりは良く実施されていた。これって、魔素は金属を通り抜けることができるってことだったのかもな。


「しかも、光ファイバーや通信ケーブルでつながれていなくても、電力線を通して魔素は移動できるのよ」


「え?そうなの? 各電力会社って電力を融通しあうため、日本全国の電力線はつながっているはずだから、電力線につながれているコンピューター内蔵の装置は全て制御下における可能性があるってこと?」


「そこまでうまくいくか分からないし、各拠点に魔石化したプロセッサーが無いと、うまくいかないと思う。要所要所に魔石を置いて、中継させるイメージね」


「なるほど、その説明は分かりやすいな。例えばここに魔獣化したパソコンを設置しても、世界の裏側のネットワークまで魔素を移動させるのは困難だってことだね」


「そうそう、なるべく多くの拠点に魔石化したプロセッサーを有した装置を設置すれば、全世界のネットワークを一つの生き物として、魔獣化できると思う」


凄い発想だな。さやかの頭の構造はどうなっているんだろう。

でも面白そうだな。


「しかし、全世界の各拠点にそんな装置を置くなんて、どうやるんだ?」


まさかこっそりデーターセンターや、プロバイダーのサーバー拠点に忍び込むわけにも行かないだろう。

でもコンピューターネットワーク全体の従魔化は凄く魅力的だな。是非やってみたい。


◇◇◇


少し思案したが、やはりラ・トレル社と連携することにした。

ラ・トレル社の『Net Butler』は、既にコンピューター網の制御に無くてはならないものとして、日本のみならず、世界的に利用されている。

米国や中国のネット機器の会社も、ラ・トレル社との連携で『Net Butler』の利用を推進し始めていた。


これを利用してみよう。

さやかとも相談し、小型の制御専用の装置を設計開発し、安価で提供することにしてみることにした。


『Net Butler』機能は、ネットワーク上のサーバーのソフトとして存在するが、100%の機能を動作させるためにはかなりの高額なサーバーを必要としていた。


俺とさやかの考案した装置は、お弁当箱程度の大きさで、消費電力も少ないが、センター側のサーバー装置に設置すれば、『Net Butler』の機能が100%動作するだけでなく、ほとんど自動でネットワークの保守ができる。

しかも、サーバー側の負荷も掛からないので、サーバーの高性能化も不要になる。


設計と量産は魔石水晶を作ってくれた台湾の会社にやってもらおう。

あそこは装置の製造委託もやていたはずだ。

早速台湾のTEI社にメールで打診してみると、大いに乗り気だった。


詳細資料をさやかと共に作成し、ラ・トレル社の社長にプレゼンしてみたが、『Net Butler』の販売がより簡単になる、ということで、大いに乗り気だった。


費用はi経済研究所が全面負担、開発はこちらで全部実施する形だ。

ラ・トレル社としても、費用と開発人員の負荷無しで、売り上げがさらに増加しそうなのだから乗り気が出るのも当然だろう。


しかし、台湾のTEI社に設計と製造を依頼するとしても、それを検査と出荷、メンテナンスをする必要がある。

ラ・トレル社にはその余力は無い(資金面ではなく、人員面で余裕が無い)ので、この装置の販売は別会社を設立して任せるのがいいかもしれない。


そうだ、大谷先輩は、新会社の設立がかねてからの夢だったはず。

大谷先輩に丸投げしてみよう。

早速彼に新会社設立に関して大谷先輩に打診してみる。

案の定、彼は大喜びで了承した。

資金面ではi経済研究所が全面的に提供するってことにした。


既にさやかが装置の基本設計を終わらせており、早速TEI社へ試作機の設計と製造を依頼した。

さらにさやかは、この装置を『AURAオーラ』と命名し、そのソフトウェアを猛烈な勢いで開発していった。

元々さやかは『Net Butler』のソフトを理解しているので、それと連携し、さらに魔石を有効に利用できるようなAIソフトも組み込んだ形で、1ヵ月も立たずに完成させた。


TEI社へは特急料金も支払ったので、2ヵ月も立たないうちに試作機は完成し、日本へ送られてきた。もちろん内部の水晶発振器は魔石水晶発振器だ。


そしてさやかの設計したソフトウェアをインストールして動作確認を実施。

装置単体での動作は良さそうだったので、システム評価はラ・トレル社に依頼した。


結果は上々で、今までは『Net Butler』を使うためには、最初だけでもシステムエンジニアが顧客のシステムに設置をするために行く必要があったのが、『オーラ』装置を使えば、客先のシステムの接続するだけで、後は全自動で『Net Butler』が使用可能となり、ネットの管理ができてしまう。

しかも、客先のサーバーを高性能な物に変更する必要もない。


その効果を見たラ・トレル社の社長は、「AURA装置を早く量産化して欲しい」と矢の様な催促をしてきた。

ここまでお膳立てしておけば、後は大谷先輩にお任せしておこう。

大谷先輩も、大学進学早々、夢であった会社設立が現実化して大喜びだし、寝る間も惜しんで頑張ってくれる気がする。


完成した装置を「AURA01」と命名し、大谷先輩の新会社は名前を「大谷システムズ」として、量産に向け突っ走ることにした。


◇◇◇

大谷先輩視点:


無事第一志望の東京の大学へ入学できた。

これもマジで井本のおかげだな。

i経済研究所の給料はほとんど個人の株投資に割り振ったし、その個人の株投資は、i経済研究所の大国主AIの予想のおこぼれに与って、目標の十倍以上の資金が貯められた。

本来なら、大学進学後も資金を貯めて、3年生ぐらいで会社設立の予定だったが、直ぐにでも会社設立が出来そうだ。

まだビジネスのアイディアがまとまっていないが、慌てること無くじっくり計画を練ることにした。


引っ越しや、大学のオリエンテーションなどで、バタバタしていた4月、5月も過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻したとき、井本社長から、


「会社設立してくれないか?」


と声を掛けられた。


なんでも、画期的なコンピュータネットワーク用の管理装置を開発したとかで、それの製造販売とメンテナンスをしてくれる会社を設立して欲しいとの事。

しかも、会社設立に必要な資金は全てi経済研究所が融資してくれるとの事。


渡りに船とはこのことだな。

しかも、岩崎さんや近藤さんも新会社に移動してもらっても良いとの事。

とりあえず新製品を理解しないことには始まらないので、5月下旬に、ラ・トレル社のラボで、新装置「AURA01」デモが行われた。


ラ・トレル社の事業は、融資の関連から元々携わっていたので、新装置のメリットが良く理解できた。


顧客としてはラ・トレル社と契約を結び、AURA01装置をネットワークの基幹装置のどこでもいいので接続するだけ。

後は、AURA01装置のAIと『Net Butler』が自動的にネットワーク環境を整えてくれ、必要な機材が足りない場合はネットワーク管理者に向けメールでアドバイスまでしてくれる。

システムエンジニアの大量失業が目に浮かぶようだな。


量産化した装置は、ラ・トレル社が自分の顧客を中心に売り込んでくれるので、宣伝活動も不要だし、成功が約束されている会社設立になりそうだ。


その後、井本社長と詳細を詰め、以下のことが決まった。


 ・新会社名は「大谷システムズ」とし、俺が創業者となる。


 ・会社設立資金は、大谷が51%、i経済研究所が49%拠出する。


 ・本社は東京とし、東京に事務所を構える。


 ・装置は販売という形ではなく、リース形式とする。

  リースの詳細対応については色々大変なので、既存のリース会社に丸投げする。


 ・リース費用は月額千円とし、リース会社が500円、新会社が500円の

  取り分とする。


 ・装置はAI機能を搭載しているので、メンテナンスは不要だが、

  故障時は新品交換とする。その辺りの対応はリース会社に丸投げする。


まあ、ここまでは理解できる。

一番不思議だったのは以下の条件だ。


 装置製造は台湾のTEI社だが、TEI社が製造する水晶発振器という部品を一度日本へ輸入し、i経済研究所で一度引き取ったのち、再度TEI社に戻してから、それを使って装置を製造すること。


どうしてこんなめんどくさいことをするのか?

ネットで発振器について調べてみても、なんの変哲もない部品で、特に品質上問題があるようなものでもなさそうだ。


発信器部品の流れとしては以下になる。


 TEI社 → 大谷システムズ → i経済研究所 → 大谷システムズ → TEI社


大谷システムズは部品の輸入と再輸出をするだけだが、i経済研究所でなにをするのかが分からない。

井本社長は「品質チェック」と言っているが、水晶発振器なんてわざわざ個別に品質チェックするようなものでもないだろう。


とは言っても、それが条件だし、大した手間でもないので問題はないだろう。

俺と岩崎さんと近藤さんとで協力し、会社設立に向け準備を開始した。

ついに夢がかなうぜ。

主人公はコンピュータネットワーク全体を従魔化(要するに自分の支配下に置く)という計画を立てました。

はたしてどうなるんでしょうか?

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