4.大賢者、ボクシングをする
対人での戦いができないか考えていると、近所のボクシングジムで、体験入門を常に募集していたことを思い出した。
そうだ、これに参加して強化魔法の効果を確認してみよう。
まだ午後3時ぐらいだったので、早速ボクシングジムへ行ってみる。
そこは”清水ボクシングジム”という名前で、自転車で10分ほどの場所にある。日本チャンピオン候補も所属する大きなジムだった。
今までは自分には全く無縁の場所だと思っていたが、まさかここに来る日が来るとは。
ちょっと緊張したが、ドアを開けて中を覗き込む。
平日の昼間だが、中には5,6人いてシャドウボクシングしたり、サンドバックを叩いたりしている。
記憶の戻る前の俺ならビビッてすぐに逃げ出してしまっただろうな。
しかし、前世でAランクの魔獣と戦うという修羅場を潜り抜けてきた記憶がよみがえった今は特に怖くもなんともない。
Aランクの魔獣と比べれば、魔力の使えない人間は赤子のような存在だ。
ドアを開けて中に入ると、初老のいかつい顔をしたおじさんが声をかけてきた。
「ぼうず、なんか用か?」
「あ、えっと、体験入門って貼り紙を見てきました」
「おぉ! うちは体験入門大歓迎だ! 俺は会長の清水豊っていうんだ、こっちに来て必要事項を記入してくれ」
「よろしくお願いします。僕は山の手町の井本 史郎、中学三年です」
渡された体験入門の用紙に必要事項を書き込んでいく。
「坊主、体験入門は1日5千円で、未成年だと親の承諾がいるんだが、もらえってこれるか?」
「えっと、費用は大丈夫です。両親は居ないんで保護者の祖母の承諾は後でもらってきます」
「承諾は後か……、まあいいだろう。早速やってみるか?」
会長の表情からは、
『こりゃボクサーの体型じゃないな。たぶんいじめられないように体を鍛えようって子かな? まあお金になるしちょっと鍛えてやるか』
と思っているのが見え見えだな。
「おーい加藤、ちょっと案内してやってくれ」
と一人の選手に声をかけ、更衣室に案内させる。
俺は更衣室で持ってきたトレーナーに着替えて指示を待つ。
どうやら先ほど案内してくれた加藤選手が面倒を見てくれるみたいだ。
「俺はB級ライセンスの加藤正人、リング名はシャーク正人だ。よろしく」
「中学3年の井本です。よろしくお願いします」
「よーし、ではまず質問だが、ボクシングや格闘技の経験は?」
「無いです」
「スポーツは何をやってきた?」
「全然スポーツやってないです」
「マジか? まあいいや。とりあえず体験入門のメニューに従ってやるぞ。準備運動の後は縄跳びを3分×3回だ。インターバルは1分な」
準備運動の後、シャーク正人の指示で縄跳びを3分連続1分休憩を3回こなす。
縄跳びはかなりのスピードを要求されたが、身体強化魔法の効果で息切れすることもなくこなす。
まあ、前世では戦の時には敵と数時間にわたって戦い続けたこともあるから楽勝だな。
もちろん史郎の本当の体力では1分も持たないだろうが、身体強化魔法を発動すれば、数分の運動など何の問題もない。
「おまえ本当にスポーツ何もやってなかったのか? まあいい、次は基本的なパンチを教えるぞ」
シャーク正人からジャブやストレートなどのパンチの基礎を教えてもらい、シャドーボクシングのやり方も教えてもらう。
更に防御についても一通り教えてもらう。
「よし、では鏡に向かってシャドーボクシングを3ラウンド分開始だ」
俺は教えてもらった通りシャドーボクシングをスタートする。
「もっと体を前後左右に移動させて! 体を揺らしながら! ほら、ジャブ、ジャブ、もっと早く!」
シャーク正人が細かく指示してくるので、それに応えて体を動かす。
身体強化魔法の効果で、パンチのスピードや体の動きは半端ない。
やりすぎも良くないので、ほどほどに抑えてシャドウボクシングを行ったが、3ラウンド終わっても汗ひとつかいていない俺を見て、
「おいおい、お前絶対何かスポーツやってるだろ!!」
と言ってきた。
「いえ、本当に特にはやってないんです」
まあ、嘘ではない。身体強化が無ければひ弱な中学3年生だ。
「まあいい、次はサンドバックを叩いてみてくれ」
シャーク正人からサンドバックの叩き方の注意点を教えてもらう。
「注意しないと手首を痛めるからな。よし、ではサンドバックを3ラウンド分、スタート!」
グローブをつけてもらい、最初は身体強化無しで叩いてみる。
イテテっ。拳は痛いし、スピードは乗っていないし、全然いい音がしないわ。
次に身体強化を25%。
おっ! 拳は痛くないし、なんか音もいい感じになったな。
さらに身体強化50%。
音がさらにいい感じになってきて、サンドバックが揺れ始めたぞ。
身体強化100%
サンドバックがパンチのたびに大きく揺らいだ。
音もストレートではドスン、ジャブではパンパンと気持ちよくいい音が鳴るな。
楽しい。
3ラウンド分が終わったところで気が付くと、周りが静かだ。
ジム内を見回してみると、周りにいる人が全員こちらを注目している。
シャーク正人がようやく口を開いた
「お前スゲーな! パンチのタイミングとかめちゃくちゃだが、パワーとスピードがすげえわ!」
俺は内心『あちゃー、ちょっと調子に乗りすぎたか? 目立たないようにしなくちゃな』とちょっと焦った。
「いえいえ、正人さんの教え方がいいからですよ」
「よし、次はスパーリングな。 まあ、手加減するし、痛くしないからやってみるか?」
おぉっ! これこそ望んでいた実践っぽい経験が詰めるトレーニングだ。
「やりますやります。手加減しなくていいですよ!」
「おいおい、B級のパンチを素人がもろに受けると下手すると大けがするぜ! 本来は入門1日目でスパーリングはやらないんだけどお前いいパンチしてるし、まあ、とにかくやってみるか」
シャーク正人選手からスパーリングの注意点などを伝授してもらい、スパーリングを開始する。
「1ラウンド2分を3ラウンドだ。最初はとりあえず好きに打ち込んできな」
シャーク正人の言葉に甘え、ゴングの音と共にさっそくパンチを繰り出す。
身体強化25%
パンチを繰り出すが、ほとんど避けられて当たらない、当たったかと思うとブロックで防がれる。
「お、なかなかいい筋しているぞ。その調子だ」
なるほど、Lv.1の身体強化25%はこんなもんか。
よし次は身体強化50%だ。
スピードが一挙に上がり、パンチが当たりだした。
とはいっても全部ブロックされてしいダメージを与えてはいない。
「なっなんだ! お前本当に未経験者か?」
よーし次は100%だ。
さらにスピードが上がり、相手のブロックが間に合わずヒットし始める。
ブロックされてもブロックの上からのパンチでもダメージを与えているようだ。
カーン。ここでゴングが鳴る。
ふむふむ、Lv.1とはいえ100%ならプロのボクサー相手でもそこそこ行けそうだな。
次はダメージ耐力を知りたいな。
「シャーク正人さん、今度はそちらから打ってきてもらえませんか? 防御がどのぐらいできるか試したいんで」
「おう、いいぜ。 ちょっと本気で行くから、ヤバいと思ったらダウンしろよ」
本気大歓迎です。
カーン。第二ラウンドスタート
いきなりシャーク正人がジャブを打ち込んでくる。
ノックダウンさせられちゃ叶わないので、最初から身体強化100%だ。
教えてもらった通りグローブで顔面を防御するが、シャーク正人は防御の上からガンガン打ち込んでくる。
通常なら、ガードの上からでもこれだけ打ち込まれればダメージも受けるはずだが、身体強化100%の史郎にはそれほどダメージはない。
いくらジャブを打ち込んでもほとんどダメージを受けたように見えない俺を見て、シャーク正人はストレートを打ち始めた。
ジャブとは比べ物にならない強いパンチが俺を襲う。
しかし、それでもパンチをブロックし、ダメージも少ない。
俺の腹ががら空きなのを見て、シャーク正人は腹にストレートを叩きこんできた。
パーン、っといい音がジムに響く。ボディーに渾身のストレートが叩き込まれたのだ。
うぉ! びっくりした。スゲー衝撃。 さすがにB級ボクサーだな、身体強化100%でもかなりヤバかった。
っていうか、腹の防御って教えてもらってないじゃん。それなのに腹にパンチを打ち込んでくるって反則だぜ。
ノーガードの腹へのパンチは身体強化していても結構ダメージがあるな。あと2,3発あびるとやばいかも……。
そう思った瞬間、視界が一瞬明るくなり、史郎は身体強化のLvが1から2へと上がったことに気が付いた。
会長がリングサイドで、
「おいこら! 正人! 相手は素人だぞ、本気のパンチ出すな!」
と叫んでいた。
身体強化Lv.2となり、さらに身体強化100%なので急に体が軽くなったように感じる。
シャーク正人のパンチがスローモーションのように見え、ガード無しに簡単に避けられるようになった。
急にパンチが当たらなくなったので、シャーク正人は焦ってパンチが大振りになってきた。
よし、さっきちょっと教えてもらったカウンターってのをやってみよう。
シャーク正人の右ストレートを紙一重でよけながら、ストレートパンチをシャーク正人の顔面に放つ。
パチーン、と大きな音を立てて、史郎のパンチがシャーク正人の顔面に炸裂。
身体強化Lv2のパンチをもろに、しかもカウンターでもらったシャーク正人はたまらずダウンした。
あ、しまった! 俺はボクシング素人の設定だったわ! 調子に乗りすぎた。
シャーク正人は10カウントで立ち上がれず、スパーリングは終了となった。
ジム内はシーンとなり、全員がこちらを注目していた。
「今日はありがとうございました。時間なので帰ります」
と言ってシャワーも浴びず着替えて帰ろうとしたら、会長が土下座せんばかりに頭を下げてきた。
「たのむ。契約金は弾むから是非我がジムに所属してくれ」
必死になって引き留める会長をなんとか言いくるめ、史郎は家に戻ったのであった。
家に戻り、一息入れてから改めてステータスを見てみる。
名前:イモト シロウ(転生者)
性別:男
年齢:14
魔力:200/250
魔法:
・空間魔法:Lv2
・予知魔法:Lv1
・探知魔法:Lv1
・回復魔法:Lv1
・強化魔法:Lv2
・土魔法 :Lv2
・水魔法 :Lv1
・従魔魔法:Lv-
ふむ、強化魔法がLv2になっているな。
この調子でレベル上げを頑張っていこう。
主人公は身体強化魔法でプロボクサーより強くなってますね。
これからの魔法が楽しみです。
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