43.大賢者、ラ・トレル社に融資する
会議終了後、俺は早速父親の元片腕の営業第一人者だった人物、佐々木太郎氏に電話を掛けてみる。
「佐々木さん、お久しぶりです。井本史郎です。状況はいかがですか?」
「おぉ、史郎君。お久しぶり。相変わらず飼い殺し状態だよ。転職先をそろそろ見つけなくちゃならん」
「その転職先なんですが、良い会社があるんですよ。ご紹介したいんですがいかがでしょうか? ラ・トレル社って会社なんですが」
「ん?そこなら名前を聞いたことがあるぞ。新興企業で、俺の会社と同じようなサービスを提供しようとしている会社だよな? まだ本格的にサービスは開始していないみたいだが」
「それが、近々本格的にサービスを開始するらしくて、CEOが営業担当を探しているんですよ」
「おっ?そうなのか。もしそうなら興味はあるが、会社自体は大丈夫なのかね?」
「それに関しては僕が保証しますよ。連絡先をお教えしますので、『i経済研究所から紹介を受けた』って言えば即採用してもらえますよ」
「どういうこと?そのi経済研究所と史郎君の関係は?」
「i経済研究所は僕が立ち上げた会社なんですよ。僕が社長です」
「マジか? まあよくわからないけど転職したくて仕方がなかったんだ。連絡してみるよ」
「ラ・トレス社のシステムは非常に優秀で、父の会社、iシステムサービスのシステムより性能は格段に良いです。なので、是非今の会社の顧客を根こそぎ奪ってやってください」
「面白そうだな。親父さんが居なくて乗っ取られたこんな会社を見返してやるか」
なんか、佐々木氏のニヤリと笑った顔が目に浮かんだ気がした。
◇◇◇
後日、融資の詳細条件もまとまり、今月から3億3千万円づつを3回に分けてラ・トレル社に融資し、見返りに未発行株式をトータル49%を譲渡することで合意した。
佐々木さんも無事採用が決定し、給料が倍になったと喜んでいた。
さやかは融資条件がまとまる前からラ・トレル社で開発に参加することになり、東京の湾岸地区にあるオフィスに通うことになった。
奇しくも、俺が以前に転移魔法陣を設置した防災公園のすぐ近くがオフィスだったため、そこを利用することで通勤時間は5分だった。
『移動魔法で家から通ってます』なんて言えないので、ラ・トレル社の方々には近くのビジネスホテルに宿泊していると伝えてある。
さやかは通い始めて1日でラ・トレル社のシステム『Net Butler』の機能とソフトウェア構造を理解し、2日目でソースコード(ソフトウェアの記述)を片っ端から確認し、次々に仕様上の問題点とバグを洗い出していった。
概ね1週間で仕様上の課題とバグの修正は完了し、更なる機能追加を提案し、システムに追加機能を組み込んでいった。
◇◇◇
ラ・トレル社 CEOの視点:
私がラ・トレル社を立上げてもうすぐ1年になる。コンピューターネットワークシステムの構築とメンテナンスの効率を劇的に向上することができるシステム『Net Butler』はまもなく完成するはずだが、ここにきて銀行から受けた融資が底をつき始めた。
いくつかのベンチャーキャピタルに融資の申し入れをしたのだが、『Net Butler』の効果を理解してもらえることが難しく、なかなか融資受け入れに結び付かなかった。
仕方なく、ネット検索で出て来た怪しげな会社にまで融資を打診する事態にまで陥ってしまった。
怪しげなベンチャーキャピタルからの返事はすぐに来るのだが、融資金額が少ないわりに我が社にとって不利な条件ばかりで、とても融資を頼めるものではなかった。
そんな、怪しげなベンチャーキャピトルの一つの、i経済研究所という会社からも返信が来たが、融資の条件に問題は無く、融資額も10億とのことで一応連絡を取ってみることにした。
電話とメール、ビデオ会議でのやり取りで条件を詰めていき、こちらの条件は概ね了承してくれたが向こうからの条件として、プログラマーを無償で1名派遣したいとの事。
社内で反対意見もでたが、現時点では開発と評価で猫の手も借りたいほどの人手不足であり、しかも無償とのことで、却ってありがたい条件かもしれない。
そこで私は秘密保持契約の締結を条件に人の派遣の条件を飲んだ。
ビデオ会議での打合せで最終合意としたが、i経済研究所のCEOは非常に若く見え、まるで未成年のようだった。
年齢を聞くのも失礼だし、気にしないようにしたが話の内容は非常にしっかりしており、会議は問題なく終了した。
その後も融資はとんとん拍子に進み、何とか開発資金と販売資金の目途はつきそうだ。
会議終了の翌日には、融資の条件である派遣のプログラマーがやってきた。
履歴書を見てびっくりした。16才? 現役の高校生? よっぽど追い返そうかとも思ったが、融資の条件として呑んでしまっていたため仕方なくオフィスに案内した。
彼女は16才ということで、見た目もまるっきり女子高生だし、非常に美しい顔立ちをしていたが、とてもプログラマーといった雰囲気は感じられなかった。
秘密保持契約書も締結済みだし、不安はあったが、契約は契約なので、各種資料のアクセス権を与えて席も用意した。
必要なファイルの場所だけ教えて、あとはめんどくさいし、技術者も忙しいので放置しておいた。
しばらくしてから彼女の様子を見に行くと、ものすごい勢いで仕様書を画面上でスクロールさせてそれを眺めていた。彼女はふざけているのか?
その日はシステム仕様書や各種会議の議事録をチェックしていたようだったが、満足したのか定時で帰っていった。
その翌日も9時にオフィスに来て、今日はソースコードのありかを聞き出し、前日と同じように、ものすごい勢いでソースコードを画面上でスクロールさせて眺めている。何の意味があるんだ? なんかの宗教か?
その後、しばらくNet Butlerに実際にアクセスして動作を確認していたが、その日も彼女は定時で帰っていった。
翌日も9時にオフィスに現れ、今日は会社のパソコンを借りて、報告書のような物を一心不乱に書き上げていた。午後になり、それらを書き終えたらしく、私の席に来て話をしてきた。
「急で申し訳ないですが、すぐに開発者全員と打ち合わせをしたいので、会議を開催してもらえないでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ、みんな忙しいんだ。急に全員って言われても」
「Net Butlerシステムの仕様書とソースコードを確認しましたが、致命的な欠点がいくつも見つかりました。このままでは市場に出せませんし、修正にも時間がかかります。私の方で欠点とその修正方法をまとめましたので、すぐに修正をお願いしたいです」
「おいおい、寝言は寝てから言ってくれ。たった2日で、しかもNet Butlerにアクセスしたのはたったの2時間程度で、何が分かるんだね?」
「i経済研究所のCEOからは、私への全面的な協力が融資の条件となっていたはずです。時間はとらせませんから、全員への説明会議をすぐにお願いします」
融資の条件をチラつかされては仕方がない。スケジュールを調べると、ちょうど今から開発者全員が集まる定例会議がある。仕方がない、この時間をこいつの説明の時間に当てるか。
私は舌打ちしたくなるような気分だったが、しぶしぶ彼女の要望を聞くことにした。
会議室に開発者全員と、佐藤さんと私が参加し、佐藤さんがプレゼンテーションを開始した。
最初は半信半疑で聞いていた開発者は、自分たちが直面している不具合をすべて指摘され、その解決方法まで提示され、驚愕していた。
更には、まだ開発者も見つけていない不具合まで多数指摘され、その不具合の発生条件と修正方法まで事細かに説明された。
この子はいったい何なんだ? この業界トップクラスの開発者が10人そろってもなかなか解決できていない不具合の解決方法をたった2日で見つけ出した? しかもソースコードを見て、システムに2時間程度アクセスしただけで?
彼女は引き続き、基本仕様の問題を列挙して、仕様の変更案とその為の修正箇所まで提示してくれた。
私は技術者の反応を見て確信した。彼女は正しい。彼女の言うとおりにすれば一挙に開発が進むと。
俺は開発者全員に檄を飛ばした。
「聞いたかお前たち。彼女の資料は全て全員にメールするようにしてもらうから、直ちに自分の担当する箇所の指摘点の修正を開始しろ。 システム評価担当は現時点での不具合の発生の確認と、開発者が修正を完了したら、システム評価でそれをすべて確認しろ」
佐藤さんは引き続き淡々とした口調で話をつづけた。
「社長、ありがとうございます。私の方は仕様に関してさらなる機能追加のアイディアがございます。明日以降はそのアイディアの基本仕様の取りまとめと、機能追加のためのコーディング(ソフトの記述)を実施したいと思いますので、その許可をお願いします」
「分かった、許可します。ここにいる開発者全員は徹夜覚悟ですぐに修正と確認作業に掛かれ!」
集まっていた開発者は真っ青な顔をして、慌てて会議室から出て言った。
「では私は、社内全員に今日の資料をメールします」
そう言って佐藤さんは自分のパソコンを操作して資料を全員に送ってくれた。
ありがたい。システムの不具合解消まで最低でも半年はかかるかと思ったが、この調子なら1,2週間でシステムは安定しそうだな。
最初の彼女への印象など180度ひっくり返ってしまい、まるで女神様でも降臨した気分となってしまった。
◇◇◇
その翌日、ライバル会社のiシステムサービスの社員から私宛に電話が入った。
その人物は佐々木太郎と名乗り、i経済研究所の井本CEOの紹介とのことで、営業として入社希望とのこと。
んっ?iシステムサービスの佐々木太郎氏? 私はその氏名を聞いて驚いた。
非常に優秀な営業マンで、元の社長が亡くなって、新社長になってから冷遇されていたと聞いていた。
スカウトしようかと考えていたが、連絡するにも接点がなく、スカウト専門のエージェントにでも依頼しようかと考えていた矢先だった。
井本氏は何者で、どのようなコネで彼と知り合ったんだろう。
まあそんなことはどうでもよい。予想以上に早まりそうなNet Butlerの販売開始に伴い、優秀な営業の担当者は喉から手が出るほど欲しかった。
私はすぐにでもこちらに転職してほしい旨伝え、具体的な面接日時を決めたのだった。
◇◇◇
その後、Net Butlerの修正と再確認作業は驚くほどのスピードで完了した。
さらに佐藤さんが提案してきた追加機能は非常に有効でNet Butlerの性能向上、操作性向上、メンテナンスの容易性向上が見込まれるため、仕様追加提案のプレゼンテーション後、参加者の満場一致でシステムへの組み込みが決定された。
技術主任に新機能に必要な開発費用を計算させると、おおよそ9000万円とのことだ。元々覚悟していたNet Butlerの評価とバグ修正の費用が佐藤さんの協力で、大幅に圧縮できたので費用面は何とかなりそうだ。
しかし佐藤さんは、
「新機能に関しては私一人で開発可能です。開発まで1週間お待ちいただけますか? その後のシステムへの組み込みと、動作確認はラ・トレル社にお任せします」
と、さも当然のように言ってきた。
えっ? これだけの機能を一人で一週間で開発? そんな馬鹿な。しかし、ここ数日に見せられた彼女の驚異的な能力なら可能なのか?
彼女はさらに続ける。
「その開発に関わる費用は一切請求いたしません。その代わり特許に関しては私およびi経済研究所に所属するものとします」
私はしばらく考えてその件に関しては了承した。実際考案者は彼女なんだし、ここで拒否して他社に持っていかれたら面倒だ。
その後、彼女は本当に1週間でソフトのソースコードと詳細仕様書を提出してきた。わが社の開発陣は、そのソフトの仕様の理解と、Net Butlerシステムへの組み込み作業に忙殺されることになる。
そして予定より4ヵ月も早く10月にはNet Butlerの最終確認が終わり、製品化にこぎつけた。
本来ならそれから展示会での紹介や新聞発表や客先への商談となるのだが、i経済研究所の口利きで我が社に入社してきた敏腕営業の佐々木氏が先行して開発途中のシステムを使って客先説明を行い、次々に顧客をゲットしてきた。
多くは彼の出身会社、iシステムサービスの顧客であった。
iシステムサービスは、経営者が変わってからの顧客対応が酷くなり、不具合解決能力の低下と相まって顧客から愛想が尽き始められていたらしい。
本来なら佐々木氏が顧客対応でつなぎとめを行うはずが、旧経営者の仲間と判断された彼は閑職に追いやられていたのだから、顧客が離れるのは仕方がない。
そんな折、iシステムサービスのシステムより数段性能が上で使い勝手が良さそうなNet Butlerに顧客が飛びついたとのことだ。
佐々木氏は、
「今回の営業は非常に楽でしたし、何より顧客が大喜びでした。営業冥利に尽きますよ」
と言って笑っていた。
そしてその後、Net Butlerは飛ぶように売れるのだった。
主人公の相棒のさやかは、天才ですね。
主人公の会社はさらなる発展を続けていきます。




