120.少しのんびりしたい
アバドンを発見し、それを排除するまでの数年間は目が回るほどの忙しさだった。
さやかにも、色々苦労を掛けてしまった。
アバドンの排除後、ようやくのんびりできると思っていたんだが……、なんなんだ今の状態は?
前世の経験から、政府関係の依頼や業務はとことんお断りした。しかしながら、民間企業関連の業務が次から次へ増え、全然休めない。
出来るだけ、恵の父親やお姉さん、大谷先輩に仕事を振っているんだが、彼らもいっぱいいっぱいで業務が溢れていた。
おかしい、本来なら南のリゾート島で別荘を長期貸し切りにして、さやかと二人でのんびり過ごすはずだったのに、二人とも寝る間もなく仕事している感じだ。
もっとも、さやかは魔方陣を開発したり、魔石を使った制御装置の改良をしたりが楽しいみたいで、嬉々として仕事に励んでいる。
いやいやいや、俺は前世で100年生きて、この世界でも25年生きていて、125年も忙しい毎日だったんだから、そろそろ休ませてほしい。
メーティスがいなかったらとっくに破綻していた。
今日も朝からビデオ会議に駆り出された。
え? 魔石ネックレスの警察用を開発してくれ? 物理結界の強化と、予知魔法を組み合わせた自動物理結界防御システムを売り込みたい?
分かりました、検討します。
それが終わるとすぐに次の会議に駆り出される。
え? 米国国防総省から、ストレージに兵器や弾薬を格納することを許可して欲しい? 戦車や軍用機や軍艦に、もっと大量の砲弾や兵器を搭載したい?
いえいえ、そんなことをしたら軍事バランスが大きく崩れるでしょ? ダメダメ。
更にビデオ電話が入る。え? 日本の首相官邸?
ヘスティアー計画で使った予知魔法を開放して欲しい? 地震予知につながるから大勢の人の命が助かる? ごもっともですが、今その余力が無くて。 え? 内閣総理大臣の命令? 俺は公務員じゃないっちゅーの!
『メーティス。今日のこれからの予定はどうなっているんだ?』
『夜の22時まで会議で埋まっています』
『全部キャンセル! 確かフィリピンのセブ島のリゾートホテル内にストレージがあったな? そのホテルに今日一泊を、いや2泊予約してくれ。さやかも分も一緒だ。明日の会議の予定も全部キャンセルだ!』
『了解しました』
『さやか、聞こえるか? 今から南の島に行くぞ』
『えー、ちょっと待ってよ。今日は新しい魔方陣が完成したから試してみたいの、また今度にしてくれない?』
『なんだよ! 冷たいな。おーい、橋本さん。聞こえる? 聞こえてるよね?』
『は、はい。聞こえます』
『さやかとの会話聞こえていたよね? さやかの代わりってわけじゃないけど、一緒に南の島でのんびりしない?』
『えっ? えっ? 私となんかとで良いんですか?』
『一人じゃさみしいだろ。一緒に南の島でのんびりしよう。もちろん費用は会社持ちだぞ』
『は、はい。もちろんOKです。 あ、でも今日と明日は、i経済研究所の融資関係で、出席しなくちゃいけないんですが?』
『そんなのキャンセルキャンセル。恵さんとお姉さんと親父さんで十分だ。メーティス、橋本さんの会議予定は今日明日はキャンセルね』
『了解しました』
『じゃ、橋本さん。大急ぎで支度して、1時間後に俺の部屋に集合ね』
『わ、分かりました』
『メーティス。予約は取れたか?』
『スイートルームしか空いていませんでした。こちらを2泊予約しました』
『よくやった。ありがとう』
1時間後、橋本さんがやってきた。部屋が隣なのでらくちんだね。
彼女は白のワンピース姿て、麦わら帽子をかぶっており、かわいらしかった。
ん? 橋本さんってこんなにかわいかったっけ? いつもはビジネススーツで髪を束ねた橋本さんしか見てないからな。私服で髪をおろすとめちゃくちゃかわいいんだな。
「あの、井本さん、全部聞こえてるんですが……」
彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
あー、そうだった。彼女は読心術の持ち主だったな。
「まあ、本当の事だしいいんじゃない? 服も似合っているし、本当にかわいいよ」
「あ、ありがとうございます」
「南の島だ。水着は準備した?」
「あの、水着持ってないんです」
「あ、大丈夫大丈夫。確かホテル内の売店で水着売っていたよ」
「あ、あの、ホテルは同じお部屋なんでしょうか?」
「ん? スイートルームしか空いてなかったので、同じ部屋だぞ。でも大丈夫。スイートルームなので、部屋はいくつかあるはずだ」
橋本さんは一瞬残念そうな表情をしたが、直ぐに笑顔になった。
「旅行ってほとんど言った事が無いので楽しみです」
『メーティス。セブのシャングリ*ホテルの転移魔方陣はまだ生きているな?』
『使用可能です』
よし、では出発するか?
俺たちは転移魔法陣が描いてある部屋に移動し、フィリピンセブ島のシャングリ*ホテルの庭の一角にこっそり設置した転移魔方陣まで転移する。
タワーマンションの最上階から、海抜ゼロメートルのリゾート地に転移したので、耳はつーんとなったが、波の音が聞こえ、潮の香。周囲を見渡すとヤシの木がいっぱい。
いいね。南の島だ。
早速ホテルにチェックインして、部屋に案内される。さすがにスイートルームだけあって豪華だ。部屋も3つもある。
荷物をストレージから取り出して部屋に置いてからランチを食べに行くことにした。
ホテル内のレストランでランチを食べる。
橋本さんは初めてのリゾートホテルで、ちょっと緊張しているみたいだ。
その後、ホテル内の売店で、橋本さん用の水着を購入する。
橋本さんは1時間ほど迷っていたが、無難なワンピースの水着を選んだ。
俺は先にプールサイドに行き、サンベッドを確保して、くつろぐ。
しばらくして着替えてきた橋本さんが、やってきた。
おぉ! 質素なワンピースな水着だが、スタイルがいいのでとっても似合うな。
「いいんじゃない? 似合うよ」
そう言うと橋本さんはまた真っ赤になっていた。
◇◇◇
橋本さん視点:
井本さんと一緒に仕事するようになって6年。すごく充実した6年だったわ。
特にアバドンを排除したヘスティアー計画に深くかかわれたことはすごく良かった。
最近は魔石ネックレスが急速に普及して、念話での会話が普通になってしまったので、私の読心能力が目立たなくなったのも大きな変化ね。
ヘスティアー計画終了後もi経済研究所での仕事は継続していて忙しいけど、役に立っているという実感があるし、何より給料がすごいことになってる。
でもあんまり使い道がないんだけどね。
私の読心能力のせいで、男性との恋は成り立たないので、デートや男性への贈り物にお金を使うこともないし。
今日もi経済研究所での融資関連の会議があるので、これから出社しなくちゃ。転移魔法陣が普及したおかげで、通勤ラッシュが殆どなくなったのは良いわね。
通勤ラッシュの電車に乗ると、身体が密着した男性からの卑猥な考えが流れこんでくるのですごく嫌。しかも時々痴漢に会うし。
出社しよう思っていたら、井本さんとさやかさんの念話での会話が聞こえてきた。というか、二人の心が伝わってきた。どうやらあまりに忙しいことに嫌気がさした井本さんが、今日明日は仕事を全部ほっぽり出して南の島へ遊びに行きたいみたいね。
あ、さやかさん断っちゃった。南の島でのんびりできるのをむげに断るなんて、さやかさんも仕事人間ね。
そう思っていたら突然井本さんから念話が入ってきた。
『おーい、橋本さん。聞こえる? 聞こえてるよね?』
いきなり念話で話が振られて慌ててしまった。
『は、はい。聞こえます』
『さやかとの会話聞こえていたよね? さやかの代わりってわけじゃないけど、一緒に南の島でのんびりしない?』
読心能力で、二人の会話を聞いていたことがバレていたみたいで、慌ててしまった。
でも誘ってもらえてうれしい。
『えっ? えっ? 私となんかとで良いんですか?』
『一人じゃさみしいだろ。一緒に南の島でのんびりしよう。もちろん費用は会社持ちだぞ』
井本さんと二人で南の島? なんか舞い上がりたい気分なんだけど。
『は、はい。もちろんOKです。 あ、でも今日と明日は、i経済研究所の融資関係で、出席しなくちゃいけないんですが』
『そんなのキャンセルキャンセル。恵さんとお姉さんと親父さんで十分だ。メーティス、橋本さんの会議予定は今日明日はキャンセルしておいてね』
『了解しました』
こうしていきなり海外旅行に行くことになったんだけど、1時間で支度しろって? 近くの温泉に行くんじゃないんだから。
海外旅行ってもう少し事前に計画とかするよね? とにかく大慌てで支度した。
あ、水着が無い。あ、日焼け止めも無い。サンダル有ったかしら?
バタバタしながら支度し、なんとか荷物をまとめて準備した。
『あ、ホテル内に転移魔法陣があるから、忘れ物したらすぐに取りに戻れるから心配するな』
もう! 先に言ってよ。
とにかく、一応準備が終わったので、転移魔法でセブ島へ移動。
そういえば井本君と知り合うまでは、海外旅行なんていったことなかったな。っていうか旅行自体行ったことはほとんどなかった。井本君と知り合って後は海外に行くことは多くなったけど、全部仕事だったので、純粋にバカンスでの海外は初めてね。楽しみ。
転移魔法であっという間にホテルに到着。
周囲を見渡すと、きれいに整備されたホテル内の中庭で、カラフルな花が咲き乱れ、ヤシの木がいっぱい。うん、南の島っぽい。チェックンして部屋に入ると、えっ? これがスイートルーム?
めちゃくちゃ豪華な部屋で、ちょっと圧倒されちゃった。そういえば仕事で海外に行っても、寝るときは日本へ転移魔法で帰ってたので、ホテルに泊まるのってほとんどなかったわね。
お腹がすいたので、ホテル内のレストランでランチを取ることになった。井本さんが選んだのはイタリアンね。雰囲気も味もさすがに一流ホテルって感じ。
その後、水着を買うことになったんだけど、水着なんて小中学校の体育でつかったスクール水着しか着たこと無いんだけど……。
こういう困ったときはメーティスね。
『メーティス、このショップ内で、私に似合う水着ってどれかしら?』
『橋本さんの性格からすると、ビキニではなくワンピースがいいですね。同年代の女性の好みと、男性が興味を持ちやすい水着をデータから導き出しますと……、こちらを推奨します』
メーティスがお勧めの水着の画像と、それが展示されている場所を示してくれた。うん、落ち着いた感じでいいわね。それにするわね。
買ってすぐに更衣室で着替えてみる。似合うかしら?
さっそく井本さんに見てもらうと、
『おぉ! 質素なワンピースな水着だが、スタイルがいいのでとっても似合うな』
という心の声とともに、リアルな音声で
「いいんじゃない? 似合うよ」
と言われ、真っ赤になってしまった。スタイルいいかしら?
井本さんの心の声で、まったく下心がないのが分かるので、安心とともに、ちょっと寂しい感じがあるわね。
あ、日焼け止め塗らなきゃ、って思っていたら、井本さんが魔石ネックレスを取り出して渡してくれた。
え?耐光効果がある魔石ネックレス? ああ、耐光魔法陣が描かれているのね? 紫外線とX線とガンマー線を100%防いでくれるって?
あの、紫外線はともかく、X線とガンマー線は南の島にはないと思うけど。
その後、プールに入ったり、プライベートビーチで波に戯れたり、プールサイドでトロピカルジュースを楽しみながらまったり過ごしたり、リフレッシュできたわ。
お金持ちって、いつもこんな感じで人生を楽しんでいるのね。いいなぁ。
あ、でも私もi経済研究所から結構な給与とボーナスもらっていたっけ? あと、ヘスティアー計画の本部からも報奨金が出ていたはず。私って一体いくら資産があるのかしら?
『ねえ、メーティス、私の保有する資産っていくらあるか分かる?』
『現預金が約2億3千万円で、それとは別に保有株が約11億円5千万円あります』
『は? なんでそんなにあるの?』
『i経済研究所の給与と賞与併せて年収2000万円はありますし、それを5年間ほとんど使わないままでした。さらにヘスティアー計画に所属していたため、そこからの給与と成功時の報酬が非常に大きかったです』
『えっと、株は何で持ってるの?』
『i経済研究所に所属したときに、株取引の口座は自動的に作られますし、会社としても株の運用を推奨しています。橋本様はお忙しかったようなので、井本様からの指示で、給与・賞与の30%を自動的に株投資に回し、私が運用を実施しておりました』
そんなに年収があったなんて、しかもヘスティアー計画から報酬があったなんて、ましてや株の運用をしていたなんて、全然知らなかったわ。
『つまり、私ってお金持ちなの?』
『お金持ちの基準があいまいですが、日本でいえば上位1%以内の富裕層となります』
うーん、全然実感がないわね。
ここ数年は、i経済研究所に就職したときに作ったクレジットカードだけで生活していたし、使用金額や銀行残高なんて気にしてなかったし、使いすぎたらよくないって思ってて、買い物もそんなにしなかったし。
生活している場所は、i経済研究所が全額負担の社宅だし、会社が派遣してくれるホームヘルパーが掃除や洗濯してくれるし、食事まで作ってくれるのでお金を使う機会がほとんどなかったし。
うーん、何にお金使おうかしら?
◇◇◇
主人公視点:
プールとプライベートビーチでのんびりして、ディナーはホテルのレストランで取る。
のんびりできていいね。もう世界を救う必要もないんだから、こんな感じののんびり時間をいっぱい作っていこう。
そういえば、セブ島といえば以前魔石ネックレスをあげた、サミーとマリカの兄妹はどうしているんだろう?
時々メールで連絡を取り合っていたが、アバドン関連で忙しくなって最近では連絡も途切れていたなぁ。
そう思い、久しぶりにメールを打ってみる。
『サミー、ひさしぶり。最近どうしてる?』
返信はすぐに返ってきた。
『おぉ!兄貴。久しぶり。連絡が来なかったのでさみしかったぞ。俺たちは元気だぞ』
メールを打つのもめんどくさいので、メールに書いてあった携帯電話の番号にかけてみる。
そうか、自分の携帯電話も持てるようになったんだな。
「元気そうだな。俺は今セブに来てるんだが、会いに行ってもいいか?」
「おぉ、ぜひ来てくれよ。例の日本食レストランにいるよ」
「おう、分かった」
俺はホテルからタクシーで待ち合わせの日本食レストランに向かう。
あれから7年以上経つな。全然フォローしてなかったからな。どうしてるだろう。
レストランの前でサミーとマリカが待っているはずだが。ん? どこだ?
「おー、兄貴、久しぶり」
なんだかイケメンなにいちゃんが声をかけてきた。
えっ? サミーか? ほとんど大人じゃねえか? よく考えたら今は17歳か。そりゃ大きくなるわな。
ってことは隣に行く女性がマリカか? えらくきれいになったな。
「井本のお兄ちゃん、お久しぶりです」
マリカは笑顔で挨拶してくる。
二人とも着ている服もきれいで、生活は悪くなさそうだな。
「マリカ久しぶりだな。元気してるか? 仕事はどうだ?」
「うん、元気だよ。今は高校生なんだ。仕事も順調だよ」
「仕事はまだマッサージをやっているのか?」
「うん、実はちょっと前に、魔石ネックレスが一般に出回って、法律で素人がヒール魔法で費用請求できなくなっちゃったでしょ? お役人が調べに来て、私が持っているのも魔石ネックレスで、私が実行しているのはヒール魔法だって言われて、私は当然医者とか治療師の免許がないから、仕事が続けられなくなりそうだったんだけど、ずいぶん前から治療をしていたのと、メーティスが市長にコメントしてくれたので特例でお仕事が続けられてるの」
「そうなんだ。それはよかった」
しまった。魔石ネックレスを一般販売したとき、マリカのことをすっかり忘れていた。メーティスの機転に感謝だな。
「市長から特別許可が下りてから、人気が爆発してめちゃくちゃ忙しくなっちゃったの。でもその分稼ぐことができるら生活はまあまあなの。井本のお兄ちゃんには感謝しきれないわ」
「まあ、いいってことよ。マリカが頑張ったんだからその結果だと思うぞ。サミーは今何やってんだ?」
「おぉ、俺は高校を卒業して、もうすぐ大学に入るんだ。難関大学に受かったんだぜ。今の仕事はマリカの手伝い程度だけど、大学を卒業したらバリバリ働くぜ」
「そうか。二人とも立派になってうれしいぜ」
そこに日本食レストランのオーナーの小川さんも店から出てきた。
「おっ、井本君だっけ? 久しぶりだね。マリカにはここセブの日本人が世話になっているんだ。なにせ引退した年寄りも多いだろ? 色々持病持ちが多くてね。マリカの治療が役に立っているんだ。魔石ネックレスが一般化するまで、まさか魔法だとは思ってなかったけどね」
「まあ、そういうことです。あまり広めないでくださいね」
「うん、不思議なんだが、これだけ魔法を利用したサービスが広がっているのに、井本君の名前がほどんど表に出てきてないよな? なにか秘密があるのか?」
「さぁ? たまたまじゃないんですかね? でもまあ、内緒にしておいてくださいね」
実際にはメーティスがネット情報を操作しているのが主な理由なんだけどね。もちろん、関係者には口止めしているけどね。
世間の人々は、アバドンを排除したり、魔法を広めたりした立役者がいるとは思っているだろうが、その人の名前や顔はあまり知らないはずだ。
俺はのんびり暮らしたいのであって、目立ちたくないしね。
こうして、たった2泊だったが、セブ島での休暇は大変満足できた。
サミーたちにも会えたし、橋本さんは素敵だったし、仕事はメーティスがブロックしてくれていたので、追いかけてこなかったし、のんびりできた。
あぁ、帰りたくないなぁ……。
たった3日ですが、主人公は休暇を満喫したみたいですね。
休暇の後の仕事って……嫌ですよね。




