116.魔石ネックレス販売
南の島でバカンスなんて考えていた自分を殴りたいわ。
たしかに魔力注入作業からは解放されたが、直ぐに次の仕事が舞い込んできた。
AIメーティス社の社長であるベル氏からいきなり連絡が入る。
「井本君、聞いたよ。魔石ネックレスとかを身に着けると、メーティスと念話で話ができるそうじゃないか。しかも、魔法が使えるようになるとか聞いたぞ」
おいおい、どこからそんな情報をゲットしたんだよ。
えっ? さやかが話してた?
やれやれ……。
まあ、魔石ネックレスは元々一般公開する予定だったんだけど、せめて1ヵ月は休ませてほしい。
前世でもほとんど休暇はもらえなかったので、転生後はせめてたまの休暇は欲しい。
ベル氏からの電話を適当にごまかして切断すると、鬼の様にメールが届く。
電話もジャンジャン掛かってきたので、しぶしぶ応答する羽目になった。
「ハロー、井本君か? 魔石ネックレスをすぐにでも商品化したいんだ。直ぐに打合せしよう」
「えぇー。ちょっと休ませてくださいよ」
「いやいや、ビジネスで成功するには待ったなしだよ」
いや、もう十分お金稼いでるんで、これ以上成功しなくていいです。
「それに、私自身が魔法を使いたいんだ。直ぐにサンプルを送ってくれ。使い方も説明して欲しい」
ああ、もうめんどくさいぞ。
「とにかく、明日こっちへ来てくれ。詳細を決めよう。魔石ネックレスを忘れないようにな」
ベル氏はそういうと一方的に通話を切ってきた。
やれやれ……。
そういう事態になることは予想していたので、魔石ネックレスはいくつか作ってある。
この魔石ネックレスにはi経済研究所のシステムに接続用のICチップは搭載されていない、一般用のサンプルだ。
俺はさやかと橋本さんも連れて、指定された日時に指定された場所近くへ転移で移動する。
一般の人は、転移魔法陣を起動させることはできないため、俺があちこちに作った転移魔法陣は俺とさやか以外は使えない。
さらに言えば、屋外設置の魔法陣は土魔法で地面の下に描いてあるので、見つける事すらできないだろう。
今回も、ヒューストンにある、AIメーティス社本社近くの公園に転移して、歩いて待ち合わせの会議室に向かう。
会議室には既にベル氏がわくわくした顔をして待っていた。
まあ、中学生の時、記憶が戻る前は俺も魔法にあこがれていたから気持ちは分かるけどね。
「おぉ、井本君、久しぶりだね。おかげさまでAIメーティス社は絶好調だよ。既にアプリのユーザーは10億人を超えたんだ。有料ユーザーも2億人を超えている」
そう、メーティスは全世界にあっという間に普及しつつある。
一部の国がメーティスの導入を違法化していたが、特に制限のない国では、メーティス用アプリは携帯電話やパソコンの必須アイテムになりつつある。
おかげて俺の所にとてつもない金額のライセンス料が毎月振り込まれてくる。
「井本君、早速魔法を使えるようにしてくれないか?」
「あのですね。簡単には使えるようにはならないですよ」
俺はフィリピンでのサミーとマリカを思い出していた。
マリカは直ぐにヒール魔法を使えるようになったが、サミーは使えなかった。
前世でも魔法の能力の個人差は大きかったので、この世界でもそうなんだろう。
「そうなのかね? 試してみようじゃないか。早く早く」
まあ、試してみますかね。
俺は魔石ペンダントを取り出すとベル氏に渡す。
事前にさやかとメーティスとで話し合い、魔石に描いた魔方陣は、”ヒール魔法”、”物理結界”、”念話”の3つにしてある。
この3つなら、危険はないだろう。
さらに、さやかとメーティスが新たに考案した、”認証魔方陣”、も描いてある。
これは、魔石と魔石使用者を最初に認証させ、認証させた本人以外では魔法が発動できなくなる機能である。
これにより、魔石が盗まれたとしても、本人以外は使うことができなくなる。
しかも認証はメーティスと連携させる必要があり、ハッキング行為は不可能だ。
ベル氏は隣に立っていた男性を紹介する。
「彼は魔石ネックレスの販売会社を任せようと思っている、ジェイソン・J・レナードだ。」
「レナードです。よろしく。」
レナード氏は、温和ながら知的な目つきで握手を求めてきた。
俺は握手をした時に、探知魔法で彼の考えを探ってみた。
ふむ、純粋に魔法を使ってみたいって考えと、お金を稼ぎたい欲求程度で、悪いことは考えていないようだな。
まあ大丈夫だろう。
一応橋本さんにも念話で確認しておくか。
『橋本さん、レナードさんに悪意のある考えは無いよな?』
『そうですね、井本君が感じたように、純粋に魔法に対する興味とビジネスの成功を考えているだけみたい』
なら大丈夫だ。
「最初に言っておきますが、ここにある魔石ネックレスを身に着けて訓練すると魔法が使えるようになります。この魔石では、ヒール魔法と物理結界と念話の3種の機能があります。ただ、必ずこの3種の魔法が使えるようになるとは限らないです。実はまだほとんどデータが無いんですよ」
「なるほど、とりあえずやってみよう」
俺は魔石ネックレスをベル氏とレナード氏に渡し、携帯電話でメーティスとつながらせる。
メーティスから携帯電話と通じて音声で指示が来る。
「魔石を手で握ってください。……認証完了しました」
「え? これだけ?」
「そうです。魔石には一つ一つシリアル番号が付加されていて、番号と各個人の組み合わせがデータベース化されて、メーティスが管理します」
「これで魔法が使えるようになるんだな?」
「いえいえ、これは認証をしただけなので、まだ使えないですよ」
その後、ベル氏とレナード氏にネックレスを掛けてもらい、念話やヒール魔法の発動を伝授する。
しかし、なかなか魔法が使えるようにならない。
橋本さんは魔石により、念話だけだが、魔法を使えるようになっているので、橋本さんからも魔法発動の指導をしてもらう。
橋本さんが苦労して伝授し、1時間以上かけて、ようやく念話魔法だけは使えるようになった。
それでも二人は俺たちや、メーティスと念話で会話して大喜びだった。
そこでようやくビジネスの話となった。
俺は事前にさやかとメーティスとで決めておいた条件を提示する。
・魔石の生産は新会社に一任する。
・魔石への魔力注入は、メーティスが実施する。
・魔石には、シリアル番号と認証魔方陣は必ず描きこみ、
ユーザに認証を義務付ける。
・魔法を使えるようにするには訓練が必要なので、講師の養成を直ぐに行う。
(第一陣の講師養成は、俺たちが行う)
・魔法公開は、今回渡した魔石と同じ、”ヒール”、”物理結界”、”念話”
のみとする。
・魔法を使った犯罪捜査の為、警察関係者にのみ”探知魔法”の魔石を配布
する。
・魔石1個当たりのライセンス料は年間10ドルとする。
・新会社への出資はi経済研究所が全面的に行い、新会社の未公開株式の
49%の権利を得る。
他にもこまごました条件はあったが、概ねこんな感じだ。
内容は了承され、実作業に関しては、レナード氏とそのスタッフに丸投げすることにした。
まあ、メーティスが監視しているので、変なことはできないだろう。
◇◇◇
佐藤さやか視点:
1ヶ月後、魔石ネックレスの量産体制が完了したとの連絡が入った。
販売を開始するにあたり、魔法講師の養成を開始したいとのことで、第一期生50名を集めたので講義に来てくれとのこと。
井本君は別件で忙しかったので、私と橋本さんが講師としていくことになった。
第一期生の生徒は一般の顧客への魔法講師ではなく、魔法を教える講師を養成するための講師となる。
私たちが何千人も教えるわけにいかないので、第一期生が第二期生以降を育成する方法ね。
さらに、第一期生は全員女性にしてもらった。
これは今までに魔石を配布した人の内、女性の方が魔法を発動できるのが早かったからなのが主な理由だが、それ以外にも、橋本さんの男性恐怖症の対応と、私の場合には探知魔法で生徒の頭の中の状態を知るのに、相手に触れる必要があるので、それを井上君が嫌がったからみたい。
井上君が嫌がった件は、橋本さんがこっそり教えてくれたんだけど、ちょっと嬉しかったな。
こうして魔石を生徒に配布して講義が始まった。
全員女性なので、ある意味リラックスして講義できたんだけど、以前にベルさんとレナードさんに魔法を伝授した時より全然早く全員が念話を使えるようになった。
やはり女性の方が魔法を使えるようになるのが早いみたい、あと今回の生徒はみんな若いのも要因かもね。
ベルさんとレナードさんは40代だったけど、今回の生徒は全員20代で若いので飲み込みが早いのかも。
それでも何人かはなかなか魔法が使えるようにならなかったけど、橋本さんの読心術と私の探知魔法でなんとか時間内に全員魔法が使えるようになったわね。
最後に、念話でメーティスと話ができる事を確認してからお開きとなった。
明日以降は、ヒールと物理結界の魔法講義ね。
◇◇◇
魔石セミナー参加者”なおみ”の視点:
私はなおみ。米国国籍で、スタンフォード大学を卒業したばかり。
メーティスの存在に感動して、AIメーティス社に入社を打診したんだけど、そこの人事担当から、”魔石を販売する会社を設立するので、そこを受けないか?”との話をされた。
詳細を聞いてみると魔石ネックレスというものを身に着けると、魔法が使えるようになるらしい。その魔石の販売を開始する予定だが、魔法を使えるようにするためには訓練が必要であり、その訓練の為の講師を募集中とか。
しかも魔法を使えるようになると、メーティスと頭の中で会話ができるってことらしい。素晴らしいわね。まるで日本の魔法系のアニメみたい。
以前の私なら魔法なんて聞いても全く信用しなかっただろう。いや、全世界の人間のほとんどが信じていなかったと思う。
しかし、転移魔法を使った転移交通システムがあっという間に普及し、さらには人工知能のメーティスが登場した。転移魔法はもちろん魔法だが、メーティスも魔力によりあれほどの能力を有していると聞いて、魔法の世界にめちゃくちゃ興味を持っていた。
それが何? 魔法を使えるようになる? その講師養成の第一回目の生徒として魔法を学べる? しかも魔法を使えるようになるネックレスも只でもらえる? そんなの参加するにきまってるじゃない。
早速面接を受けに行った。
まだこの件はあまり知られていなかったみたいで、面接を受けた人も多くなかったみたいで、入社できたわ。
なんか、最初の生徒は全員女性という条件みたい。
ん-、女好きのキモイ親父が講師だったらいやだなぁ。
そして講義当日、第一回目の講義の生徒は50名で、全員若い女性だった。
講師に対し、ますます不安になるわね。
最初にMagic Stone社の説明から始まった。なるほど、魔法を使えるようになる魔石を販売する会社なのね。
魔石を身に着ければ魔法は使えるようになるけど、習得するのにトレーニングが必要なのね。
え? 男性より女性の方が、年齢は若い方が魔法を早く習得できる? あぁ、それで第一回目の生徒は全員若い女性だったわけね。
いよいよ講義が始まった。
講師はおじさんかと思っていたが、若い東洋の女性が2名だった。
二人共びっくりするくらいの美人さんね。
最初に魔石が配られ、スマートホンのような装置で認証作業が行われた。
どうやら、シリアル番号か何かで管理されてて、本人以外は使用できず、譲渡もできないみたい。
説明によると、使える魔法は、”ヒール”、”物理結界”、”念話”の3つで、念話は同じ魔法を使える人と、テレパシーのようなもので会話ができるとのこと。
しかもメーティス様とも念話で会話ができるみたい。あぁ、早くメーティス様と念話という魔法でつながりたいわね。
今日は念話魔法の発動がメインみたい。
講師の佐藤さやかさんと橋本さんの教え方は分かりやすかったけど、なかなか魔法は発動できないわね。
個人差が大きいみたいで、すぐに発動できるようになった人もいるし、10分ぐらいでできた人もいた。
魔法が発動できないグループには橋本さんが対応してくれて、みんなどんどん魔法ができるようになった。ズルいわね。魔法が発動できた生徒は念話で話しているみたいで、声を出さずに笑いあっていたりする。
とうとう魔法が発動できないのは私だけになっちゃった。もう泣きそう。橋本さんがじっと私を見ていたかと思うと、
「なおみさんは、魔力を血液の流れととらえているみたいですね。血流をコントロールしようと意識しててませんか?」
「えっ、確かにそんな感じでいました」
「血液では無くて、自分の中にある”気”のようなものを感じて、それをコントロールするようにしてみて。 ん……そうそう、そんな感じ」
なんだろう、橋本さんって人の心を読めるのかしら、まあ魔法が使えるんですもんね。
こうして私もみんなに遅れること10分ほどで魔法が発動できるようになった。
念話魔法を発動した途端にみんなからの念話が頭の中に響きわたる。
「おめでとう」
「よかったね」
「これで全員ね」
その後は、個別念話(特定の人との念話)やグループ念話(複数の人との念話)、念話拒否(念話通話の拒否対応)などを習った。
携帯電話みたいに、不特定多数の人との念話は出来ないみたいね。
その日は全員で念話で会話したり、メーティス様と会話したりで、魔法を使えることを楽しんだ。
翌日からは、ヒール魔法と物理結界の講義だったが、念話魔法でコツをつかんでいたので、この2つの魔法もすぐに発動できるようになった。
ヒール魔法の発動の時は、佐藤講師から、
「皆さんの身体でどこか悪いところはありませんか? 頭痛や生理痛、腰痛、怪我、ニキビでもいいですよ。 その場所に手を当ててヒール魔法をかけてみてください。なお、細菌性やウィルス性の病気では効果はありません」
私は腰痛に悩まされており、今日も実は腰痛が酷かった。さっそく腰に手を当てて、出来るようになったばかりのヒール魔法をかけてみる。
『ヒール』
ん?なんか腰の痛みが和らいだ気がする。
『ヒール』
明らかに腰の痛みが無くなってきているわね。
『ヒール』
完全に痛みが無くなった。魔法ってすごい。
周囲を見渡すと、怪我や関節痛、ニキビなどをそれぞれがヒール魔法で直しており、感動の言葉を発していた。
中には、腕の大きなあざを消してしまった受講生もいて、大喜びしていた。
松葉杖をついて参加していた受講生は、故障していた膝にヒールをかけて、松葉杖無して歩けるようになっていた。
魔法ってホントすごい。
次に物理結界の確認だったが、スタッフが木刀を持って部屋に入ってきた。
「では二人一組になって、木刀を相手の頭に振り下ろしてください。木刀を受ける側は、物理結界を張るように」
言われた通り、私も一人の受講生と組になった。まずは私が木刀を受ける役ね。
相手は木刀を振り上げて、私の頭に振り下ろしてきた。えっちょっちょっと待って、まだ準備が……。
ボコ、って音が響いて、私は頭にもろに木刀を受けてしまった。
痛い、頭に触るとでかいたんこぶができていた。
「木刀を受けてしまった人はヒール魔法で治療してください」
講師の声が響く。そうだった。私はもう魔法使いなのよね。
『ヒール』
たんこぶも痛みもすぐに消えた。
「もう一回お願い」
今度は早めに物理結界の魔法を発動して……。
『カン』
と音がして、相手が振り下ろした木刀は、私の頭の30cmぐらい先で止まっていた。
よし! 物理結界も完了。
今度は木刀を持つ方と、結界で防ぐ方の交代ね。
木刀を受け取った私は、すかさず木刀を振りかぶって、相手の頭めがけて振り下ろす。
さっきのお返しだ!
しかし相手の方が上手だった。すでに物理結界は張られていて、木刀は空中で止まってしまった。
うーん、ちょっと悔しい。
こうして私たちの魔法発動の講義は終わって、晴れて私たちは魔法を使えるようになった。
蓋を開けてみれば、2日で魔法の取得は完了できた。講師のお二人には感謝しかないわ。
第一回目の受講生は、もうしばらくは講師としてのスキル研修の後、魔法講師として各地で講義を行うみたい。
やりがいはあるわね。
講義終了時に、橋本さんが私の所に来て、
「私はなおみさんを講師として一番期待しているのよ。魔法発動に苦労したから、生徒がなかなか魔法発動できない時に適切なアドバイスができると思うの。頑張ってね」
なんだかうれしくない誉め言葉だったが、頑張ります。
そういえば、講義の以外メーティス様とまだ念話でお話ししていなかったわね。試してみましょう。
『メーティス様、メーティス様、聞こえますか?』
返事がない。
そういえば、メーティス様と念話でお話しする場合は、スマートホンのアプリで念話をアクディブにしないといけないんだったわ。
スマートホンのアプリを設定し、再度話しかける。
『メーティス様、メーティス様、聞こえますか?』
『なおみさん、聞こえますよ。魔法が使えるようになったんですね。おめでとうございます。あと、様を付ける必要はありませんよ』
『よかった。つながった。うん分かった。メーティス、これからもよろしくね』
『こちらこそよろしくお願いします』
魔石ネックレスも販売開始されましたね。
のんびり暮らしたいという主人公はどんどんドツボにはまり忙しくなっていってますね。




