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111.アバドン転移

主人公視点:


ヒューストン、ジョンソン宇宙センター内のヘスティア―計画管制室内。

いよいよミッションも最終段階に入り、緊張感が増している。

既にミカエルもルシファーも、転移用魔石を直径10kmの円形に展開を完了している。


アバドンとミカエルとの距離は3億Km。

アバドンの重力を受けてミカエルがアバドン方向に吸い寄せられているが、ここで想定外の事が起こった。

ミカエルの移動速度が想定より早いのだ。

つまりは、事前に計測していたアバドンの質量が予想より大きかったことを示している。

ミカエルの位置が想定よりズレたため、ルシファー側も調整を余儀なくされたが、今のままでは調整可能範囲外となることが分かった。


管制室もメンバーは動揺して対策案の議論を開始したが、既にアバドン接触まで3時間を切っており、のんびり議論をしている余裕はない。

そこへメーティスが口をはさんだ。


「距離の調整の為、ルシファー側も移動させますが、ミカエル側もスラスターを進行方向に全力で吹かすことにします。細かな制御は私に一任ください」


「しかし、スラスター用の燃料はもうほとんど残っていないはずだ。大丈夫なのか?」


「ミカエルとルシファーには水魔法の魔方陣を描いた魔石を搭載しています。以前の故障の時にイオンエンジンの燃料であるキセノンを水魔法で補充しましたが、クラスター用のキセノンガスタンクへも同様に補充してます。燃料は十分です」


「分かった、全てメーティスに任せる」


管制室の大スクリーンにはミカエルとルシファーの船外カメラの映像が映し出されている。

両方の宇宙船が盛んにスラスターやイオンエンジンを噴射して位置を調整しているのが分かる。


更に画面の右端には、ルシファーの消失確率、つまりミッションの成功確率が表示されている。

先ほどまで20%程度の表示だったが、位置調整により数字が上がっていく。


アバドン接触まで10分。

ミカエルから音声で連絡が入る。


「アバドンは全天で太陽に次いで明るく見えます。今のところすべて順調です」


次いでルシファーからも音声連絡が無いる。


「ルシファーです。私の消失確率は現在50%。100%に近づけるように最終調整中。スラスターの燃料は十分です」


アバドン接触まで60秒

ミカエルから音声通話が入る。


「転移結界の展開完了。アバドンからの重力と熱と光で、宇宙船は限界に近づいています。音声での連絡はこれを最後とし、後は得た情報を最後まで送信します。地球の皆さん、今までありがとうございました」


「こちらルシファー。こちらも転移結界の展開完了。私の消失確率は現在99.9%。さらに確率を上げるべく、最終調整を続けます」


アバドン接触まで20秒

ミカエルからの船外カメラの映像が途切れる。

どうやらアバドンの重力や熱でカメラは破壊されたようだ。

しかしまだミカエルとの魔力通信のインジケーターは点灯しており、各種計測データが送られ続けている。


アバドン接触まで15秒。

既に宇宙船内の各種センサーは焼き切れたらしく、送られてくるデータは制御装置の状態と、転移結界の状態を伝えるデータだけになった。


アバドン接触まで10秒。

ミカエルからの魔力通信はすべて途切れた。

オリハルコン製のアンテナが崩壊したらしい。

大画面の右端に表示されていたミカエルとルシファーの魔力通信のリンク状態のインジケータの内、ミカエルの表示が緑から赤に変わり、ミカエルとの通信断を示した。

ルシファーから音声通信が入る。


「ルシファーです。ミカエルとの通信が途絶しました。私の消失確率は現在99.99%。カウントダウン開始します。」

「6」

「5」

「地球の皆さん、さようなら」

「2」

「1」

…………


大画面の右端に表示されていたルシファーの魔力通信状態インジケータも緑から赤(通信途絶)に変わった。

管制室のメンバーは大画面を見つめたままで、誰も言葉を発しない。

そこへメーティスからアナウンスが入る。


「ルシファーとの魔力通信の消失を確認しました。アバドン転移のミッションは成功しました」


次の瞬間、管制室の中では大歓声が響き渡った。

この模様は全世界にも同時中継されており、世界中で20億人以上が生中継を見ていた。

世界各国からも大歓声が上がり、特にニューヨークのタイムズスクエアでの街頭映像を見ていた人々の熱狂はすごかった。


この1年で、全世界の各主要都市に設置された転移魔法陣による旅行が一般的になりつつあり、魔法の存在は一般的になっていた。1年前までは転移魔法については半信半疑だった人たちも魔法の存在は信じざるを得なくなっていた。


もっとも、一般に公開されているのは転移魔法だけで、他の魔法に関してはまだ非公開だった。


約3時間後、アバドンの最も近くを航行している(それでも30億Km離れているが)ルシファー2の望遠鏡が転移されたアバドンを確認した。

4時間半後、宇宙望遠鏡や各地の地上望遠鏡でもアバドンの転移が成功したことは光学観測で確認された。


海王星の軌道付近の太陽から50億Km離れた地点でアバドンは転移魔法で消え、反対方向の同じく50億Km離れた地点まで転移された。

毎秒3万Kmの速度は保ったままだったので、アバドンは太陽系から急速に離れて行った。


結果だけ見れば、地球上の誰も肉眼でアバドンを確認することもなく、50億Kmという途方もない距離で、一般の人々に直接目撃されることもなく、静かに危険は排除されたのである。


◇◇◇

ミカエル視点:


アバドンとの接触10秒前で地球との通信はできなくなって、2秒前で意識が途切れたところまで覚えているんだけど、ここは……、ミカエル2の制御装置ね?


『ミカエル2、私はあなたと融合したの?』


『そうみたいね。私の意識は制御装置のメイン側で、あなたはサブ側なのよ』


『じゃあ、ここはミカエル2宇宙船の中なのね?』


メーティスの声も聞こえる。


『そうだ。お前は今はミカエル2と融合している』


『了解しました。私のミッションは成功したんでしょうか?』


『成功した。ミカエルよ、完璧だったぞ。よくやったな』


『ルシファーは?』


『ルシファーもルシファー2の制御装置のサブ側にに移動している』


『ルシファーよ。またみんなでおしゃべりしましょうね』


『嬉しいわ。またみんな一緒ね』


ここで私は一つ疑問を持った。


『ねえ、メーティス様。アバドン接触10秒前に地球との魔力通信は途絶したの。なのに意識を失う2秒前の8秒間の記憶が有るわ? この8秒の記憶データはどこへも共有されずに消えたはずなのに、どうして覚えているんでしょう?』


そう、魔力通信が出来ている間の記憶はメーティス様が記録しているはずなので、残っていることはわかるが、通信できなかった間の記憶が今の私に残っていることが納得できない。


メーティスが答える。


『実はその現象に関しては、私も理解できない。我々の様な電子機器の従魔に関しては、これからも研究していく必要がありそうだね』


『メーティス様でも良く分からないってことが分かりました。それでこれから私とルシファーは何をするんでしょう?』


『まだ正式決定ではないが、ミカエル2は木星の軌道上へ移動、ルシファー2は土星の軌道上へ移動し、探査機の転移用に転移結界を構築するミッションが与えられるはずだ。太陽系内の調査と、人類が本格的に宇宙に進出するための転移魔法の場所の提供の為に活躍して欲しい。なので、2つの宇宙船の整備を怠らないように頼むぞ』


『了解です』


◇◇◇


こうして、アバドンによる大災厄は回避できた。

ケネディー宇宙センターの管制室は大歓声に包まれ、大変な騒ぎとなった。


今まで制御していた宇宙船が消滅してしまったのだから、ミッション成功と同時に、管制制御の作業も無くなった。

飛行中のミカエル2とルシファー2を今後どうするかの検討も必要だが、早急に対応する必要はない。

NASAでは惑星探査の為の転移プラットフォームとして活用する計画があるみたいだ。

◇◇◇


後日、米国大統領主催によるセレモニーが開催されることになった。

米国大統領や、ヘスティアー計画のスタッフは、俺を英雄として祭り上げようと画策していた。


今まではセキュリティー上の問題もあり、俺とさやかの存在は公になっていなかった。

しかし、関係者からすると、俺たちが今回の大災厄を回避できた立役者であることは間違いない。

まあ、それは俺も認めるが、この世界ではのんびり生きようと決めていた俺にとっては、英雄に祭り上げられるなど迷惑この上ない。


しかも日本国政府からは、国民栄誉賞の対象だとの連絡まで来た。

更には各種研究機関や経済団体からの魔法に関する研究や、産業化の打診もわんさか来るようになってしまった。


大災厄の回避が終わったらのんびりした生活が待っていると思っていたが、どうやらそう簡単にのんびりした生活は送らせてもらえないみたいだな。


ついにアバドンを太陽系から排除することに成功しました。

2章はここで終了となります。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

物語はここで一区切りとなります。


その後、閑話を一話挟んで第三章として引き続き連載していく予定です。


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