103.双子の天使とメーティス
俺たちは大学3年となった。
大災厄まであと3年。
この1年の内にロケットを打ち上げ、2年かけて海王星軌道の外側まで魔石を運ばなければならない。
ロケットの準備は順調だ。
すでにアバドンを迎え撃つ魔石は準備できており、それらを円形上に展開する方法も確立できている。
完全に円形を保つための方法だが、さやかが解決してくれた。
魔石に重力結界用の魔方陣も描きこんで、お互いの重力結界を干渉させて魔石の位置の微調整を行う。
微調整の指示に関しては、制御装置により可能であり、完全に円形に展開可能だ。
制御装置は宇宙船のすべての制御をつかさどることとなり、そのプログラムもさやかによって完成済みだ。
魔石水晶発振器を組み込んだ制御装置なので、魔法に関する知識のあるさやかでないと100%の能力を引き出せるプログラムは作れない。
宇宙船本体の準備も進められている。
地球との通信は、通常の電波ももちろん有するが、魔力による通信がメインとなり、その為のオリハルコン製のパラボラアンテナが搭載されている。
新型イオンエンジンと、それに電力を供給するための原子力電池。
さらにはさやか考案の、魔石電池も予備電源として搭載された。
魔石電池とは、魔力を電撃魔法により電気に変換し、電源として使うもので、小型だが非常に高性能な電池だ。
さやかが考案して、試作電池をNASAの関係者に公開したところ、非常に驚かれた。
電池というより発電機であり、得られる電力はそれほど大きくは無いが、何もない空間からエネルギーを半永久的に得ることができることから、現在の物理学の基本となる、エネルギー保存の法則に完全に反している。
もっとも、光の速度を超える魔力通信や、同じく光の速度を超えて移動できる転移魔法など、とっくの昔に21世紀の物理学と量子力学は破綻しているんだが。
アバドン迎撃用宇宙船に関しては、双子の天使の名前が付けられており、迎え撃つ側がミカエル、放出側がルシファーと命名された。
宇宙船全体の制御と地球との通信を管理する制御装置は魔石が組み込まれており、AI化されている。かなりの部分は自動で制御される。
さらにはメーティスにより従魔化され、メーティスからのかなり細かな制御も可能だ。
一般的な惑星探査機の様に10年も20年も稼働を保証しなくてもいいので、高性能化に特化している。
絶対に失敗は許されないので、隕石の衝突に備え、予知魔法により自動的に物理結界を張ることができる様に魔石を配置してある。
さらにはさやかの提案で、水魔法の魔方陣を描きこんだ魔石も搭載されていた。
ところで魔力パラボラアンテナと新型イオンエンジンの確認の為に以前打ち上げられた試験用宇宙船だが、イオンエンジンの性能確認と共に、AI化・従魔化した制御装置や原子力電池も搭載されており、各装置の実力を検証されていた。
現在この宇宙船は、アバドンの方向に飛行しており、迎撃用の宇宙船より1年先行してアバドンに接近し、できる限り詳細に観測を行う予定だった。
しかし、この試作宇宙船は新型イオンエンジンを始め、制御装置、魔石バッテリーなどで各種トラブルが発生。
それぞれのトラブルは致命的な物では無かったが、本番機では失敗は許されないので徹底的に原因を究明し、対策されることになった。
その為、さやかはNASAの実験室に缶詰状態となってしまった。
ロケット発射まであと1年。
間に合うか?
◇◇◇
ヘスティア―計画が進むにつれ、問題が多くなってきた。
もっとも大きな問題は、宇宙船をメインに設計・製造しているNASAの職員が魔法について理解が及ばないことだ。
未だに信じていない職員もいる。
信じている職員でも魔法の詳細や特性についての理解が及ばない人が多い。
都度俺やさやかに質問メールが来るのだが、とても全部に返信できない。
その為プロジェクトの遅れやミスが頻発してきていた。
ついにヘスティア―計画の責任者のトンプソン氏から相談を受けることになった。
「井本君、もう少しメールでの問い合わせの返信を早くできないかな? またできるだけ打合せにも参加して欲しいんだが」
「いや、分かってはいるんですが、さやかは制御システムの開発で手一杯ですし、俺も余裕がないんですよ」
「このままでは遅延が多くくなるし、ミスも多発してしまう。何とかならないかな?」
俺はしばし考えて、かねてから思っていたことを口にする。
「現在一部上位幹部にしか許可していないメーティスとの接続を、関係者全員に全面的に許可しましょう。メーティスなら細かな質問にも即時回答できますし、何人でも同時にやりとりが可能です」
「そうなのか? 私はあまりメーティスとやり取りしていないんだが、頻繁にやり取りしている職員が誰もが”仕事の効率が上がった”と好評だしな。良いかもしれない」
「メーティスならヘスティア―計画の全般を細かなところまで把握していますから、魔法のこと以外にも、色々な作業に関してアドバイス可能ですよ」
「よし分かった。それで行こう。今日の午後職員を全員集めるからそこで公開しよう」
いつかはこうなると思っていたが、ついにメーティスが多くの人に公開する日が来たか。
メーティスには余計なことは言わないように指示しておく。
余計なこととは以下の事柄だ。
・プライベートネットワークを含むすべてのサーバーの情報が読める事。
・電力線さえ繋がっていれば、ネットに未接続ても情報取得できること。
・暗号化された情報でも、ほとんど読み取りが可能なこと。
・世界中を飛び交っているすべての音声通話とデータを取得可能なこと。
・ネット上の情報をコントロールできる事。
この辺りの情報は伏せておかないと色々面倒なことになりそうだからな。
◇◇◇
メーティス公開の日。
ヘスティア―計画の関係者がワシントンの本部大会議室に集まった。
その数100名以上。
さらにビデオ会議で遠隔地からの参加者も100名以上。
全員には事前に秘密保持契約書にサインをしてもらっていた。
特に米国では契約書は非常に効力があるからね。
その後はメーティス開発者のさやかから説明をしてもらうことにした。
専用アプリをスマートホンやパソコンにインストールすれば、音声やチャットでメーティスとやり取りができるようになること。
電子メールアドレスも、公開するので、メールでの問い合わせも可能なこと。
計算作業(例えば観測データから軌道計算をするなど)は全面的に任せても大丈夫なこと。
ヘスティア―計画の詳細に至るまですべての情報をメーティスが保有しているので、ヘスティア―計画に関する質問は確実に答えられること。
魔法に関する情報も詳細まで有していること。
更には、人間工学、心理学、などの情報も有しているので、カウンセリング的な相談も大丈夫なことも伝える。
さらに一番重要な内容を責任者のトンプソン氏から伝えてもらう。
「今後は魔法やその他の質問は全てメーティスにすること。メーティスで回答を得られなかった場合のみ、井本君や佐藤さんに質問すること。まあ、メーティスの回答は瞬時に得られるので、皆もその方がいいと思う」
会場に居た多くの職員は半信半疑だったが、それでも業務命令であるため、アプリを自分の携帯電話に入れ始めていた。
なお、多くの職員が同時にメーティスにアクセスすることが予想されたため、メーティス用のブレードコンピューターをNASAのマシンルームに100台設置してもらった。
◇◇◇
あるNASA職員の視点:
重要な会議とのことで出席してみたら、人工知能の紹介だと?
人工知能など過去何回も見たことがあるが、そのほとんどは使えない物だったな。
音声はまともに認識してくれないわ、回答はトンチンカンだわ、本当に使えるのか?
まあ、最近ある程度まともなAIが登場したらしいが。
上からの命令なのでしぶしぶ専用アプリを入れ、IDとパスワードを登録する。
あまり期待はしていなかったが、自分の担当する部分に関する質問を音声通話で聞いてみる。
「メーティス、宇宙船搭載の魔力通信用のアンテナに取りつける魔石だが、カバーで囲む必要はあるか? 放射能にさらされても大丈夫なのか?」
「裸で問題はありません。しかしパラボラアンテナの焦点部分に確実に固定する必要があります。放射能にさらされても常に結界が張られますので大丈夫です」
えっ? マジでAIなのか? 裏で人間のオペレータがいるんじゃないか?
そう思いたくなる位自然の会話だった。
「メーティス、君の音声は男性だが、君の性別は男なのか?」
「AIですので性別はありません。元々はギリシャ神話の女神の名前なので、そういう意味では女性かもしれません。デフォルトでは男性の声ですが、設定により女性の音声も可能です」
「じゃあ、音声は女性にしてくれ」
「これでどうでしょうか?」
おぉ! すごく素敵な透き通るような女性の声だな。
「すごいな。君の姿が見られないのが残念だよ」
「私の3Dのイメージ映像があります。音声通話をビデオ通話に切り替えていただければイメージ映像をお見せ出来ます」
私はすかさずビデオ通話に切り替える。
そこに映し出されたのは美しい20歳ぐらいの女性だった。
ゲームのアバターの様な映像と思っていたのだが、映し出された女性はどう見ても実在する女性の画像に見えた。
仕草も瞬きする様子もまるで実画像だ。
「すっすごいな。これが君の姿なのか?」
「インターネット上の美しいと言われるモデルさんや女優さんの姿から合成しています。設定により変更は可能です」
実在する美しい女性とビデオ通話をしているような錯覚に陥る。
「綺麗だね。趣味とか、好きな映画とかは何なの?」
思わず実在の女性と勘違いして、変な質問をしてしまった。
しかしメーティスは落ち着いた調子で返答してきた。
「AIなので趣味は無いです。各種映画は情報として確認しておりますが、AIですので好き嫌いはありません。興行成績順位はあげることができます」
まあそうだよな。
いやこんな余計な会話をしている暇はない。
俺は現在解決すべき内容をぶつけてみた。
「魔石のアンテナへの固定方法だが、今はこのような方法で考えているんだ」
俺は3DのCAD図面を提示する。
「取り付け方法は、多少遊びを設けてください。重力結界を使い、位置を移動させることができるので、地球の方向から多少ずれても最適の感度の位置に調整可能です。取り付け構造の案として、CADデータをお送りします」
直ぐに電子メールでCAD図面が送られてきた。
確認してみると完ぺきだった。
それから夜が更けるまでアンテナの構造に関してメーティスと相談しながら作業を続け、停滞していた作業が一挙に進んだのだった。
夜も更けたころ、
「ひと段落着きましたし、今日は遅いのでもう作業は終了して終わりにしましょう。先ほどピザを注文しておきましたので、そろそろ到着するはずです」
マジかよ。本当にAIなのか?
本当にピザも届いた。しかも私が好みのピザだ。メーティススゲーな。
その後、メーティスは私の無くてはならない相棒となり、作業は非常にスムーズに進むようになったのだった。
メーティスが多くの人に公開されましたね。
現実世界のAIもメーティスのようになっていくんでしょうか?




