第4話 雨の夜
ナオクスヒメは中つ国に帰ってきても、しばらくの間、細殿の狭い自分の局で、ただ座り込んでいた。
今は何も考えられず、何も考えたくなかった。
気が付けば、クラノオハバリは消えて失せていた。
雨がしとしとと屋根をうがつ音が静かに響き始める。
ナオクスヒメは袿を羽織ると、部屋の外に出、沓を履いて庭に下りた。
仰向いて冷たい雨に顔をさらしていると、雨に混じって涙が頬を伝っていく。
雨の夜も悪くない……。
少なくとも涙を隠す必要がない。
しかし、同時に自分の中に隠していた思いが込み上げ、涙と共に吐き出さずにはいられなくなる。
淋しいという思いを――。
神などというものは、育てる育てられるという関係がない分、親子関係が希薄になるのは必然。
だが、人間の中でこれだけ長い時を過ごしてくると、自分の孤独さが身に染みて辛い。
イザナキの印を持つ者を探し、何百という男と肌を重ねてきた。
しかし、探していた者でない以上、二度目の逢瀬は必要なかった。
再び逢いたいと思う男もいなかった。
そんな空疎な関係の繰り返しが、逆に孤独感を一層増すのかもしれない。
ならば、誰かを愛せばいい。
そう思った瞬間、頭に浮かんだのは『あなたの支えになりたい』と言ってくれた一人の男の顔だった。
頼通を? 馬鹿馬鹿しい。
ナオクスヒメは涙を払って自嘲した。
人間の命はもろく、儚すぎる。
先に老いて、勝手に死んでいく。
愛しい人の死を見なければならないのは、置き去りにされるのは自分の方だ。
そんなものに想いをかけてどうするというのか。
そして、孤独の苦しみに耐えかねて、黄泉まで迎えに行くのか。
イザナキがイザナミを迎えに行ったように。
その末路にあるものが別れだということを、最初から知っていても。
そんな結末の見えている恋はしない。決して――。
不意に雨がやんだことに気付いて、ナオクスヒメは目を開いた。
そこに傘をさしかける頼通の姿を見つけた時、心が震えるのを痛いほど感じた。
「なにゆえ、このような時に限って……。汝は、ずるい」
一度は収まったはずの涙が再びあふれ、ナオクスヒメは顔を隠すようにその胸にすがり付いて泣いていた。
頼通は何も聞かず、ただ黙って抱き寄せ、髪を撫でてくれた。
ナオクスヒメは今、ほんの少しだけ人に甘えることを、支えてもらうことを、自分に許そうと思った。