第2話 降嫁の先
宣耀殿の南廂では、燈台の炎が赤々と部屋を照らし出している中、后宮の末の姫、禔子が琴をかき鳴らしていた。
琴の腕前は見事なものだったが、円らな瞳を伏せがちに座る姿は、まだあどけなかった。
后宮はその脇で澄み渡った音にじっと耳を傾けていたが、ついため息を洩らした。
「お母様、どうなさったの?」
よほど大きなため息だったのか、禔子は驚いたように目を丸くして、琴から顔を上げた。
「いえね、あなたに降嫁のお話があるのだけれど、いかがなものかと思いましてね」
「降嫁……。わたくし、どなたかと結婚するの?」
「ええ。主上があなたのことをとても心配なさっているの」
禔子はうれしそうに笑って、指にはめていた爪を一つ一つ外していく。
「主上がそう仰せなら、わたくしは構わないわ。ここから早く抜け出したかったの。ここは堅苦しくて、あまり好きではないわ」
「そう……」
后宮は帝に『意向を聞いてみる』と言ったものの、禔子の返事は予想がついていた。
それでも、予想が外れることを願っていたのだが。
確かに今の時代、女一人で生きていくのは難しい。
たとえ一品の位を受けたとしても、後見がなければ財産を管理する者もなく、騙し取られてしまうのが目に見えている。
二十年も前に亡くなった父親に恨み言を言っても始まらないが、禔子の将来を考えた時には、後見をする祖父はやはりなくてはならない人だった。
「それで、お相手はどなたですの?」
「左大将殿なの」
「あら、あの方には確か北の方がいらっしゃったはずでは? わたくし、側室になるの?」
「そのようなことがあるはずないでしょう。あちらの方が側室になるのですよ」
「そう、おかわいそうね。北の方のいらっしゃらない方のほうがよいと思いますけれど。いませんの、そういう方」
「仕方ないでしょう。あなたが降嫁するのにふさわしい官位を持つ方は皆、正室がいらっしゃるのだから」
禔子は小さく唸って俯いていたが、やがて顔を上げた。
「あちらがよろしいとおっしゃるのなら、わたくしは構いません。それに、左大将様といえば、誠実な方だと女房たちに評判の方でしょう? 噂はよく耳にしていますし、異存はありません」
「本当にそれでよろしいの? 主上に申し上げてきてしまいますよ」
禔子はうれしそうに笑って、はっきりと頷いた。