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黒い赤  作者: 三太郎
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黒い赤

「ポケットに手をつっ込んで、歩くんじゃねぇよ。」


下川課長の声で、僕は足を止めた。

いつ聞いても嫌な声だ…

僕にとっては、生理的に受け付けない声なんだろう。


「すみません、考え事をしていたもんで…」

そう答えると、いつものように、下川課長の毒舌をおびた小言が始まった。


「お前、何年ここにいるんだよ。お前がそんなんで、下がどう育つんだ。呆れるというか情けないわ…俺が現場にいた頃はよお……」


もっともだと言う表情をしながら聞く。

これが結構難しいのだが、慣れと経験から、僕は課長の小言をすり抜ける技術に長けていた。


「シッカリしてもらわんと困るよ!」



最後にいつものセリフを言うと、下川課長は100キロもあろうと思われる巨体を揺らしながら、事務所へと帰って行った。




僕(保坂弥太郎)が、都内板橋区にある金属工場に、勤め出して、もう10年になる。

金属業界では、1位2位を争う大工場だ。

その工場の、圧延部のリーダーが僕である。上から下から、毎日のように問題や改善命令を出され、板挟み状態の、一番割に合わない地位である。

先ほど、(工場内では、ポケットに手を入れて歩かない)と言う、決まりを忘れ、下川課長に叱責を受けたのも、本当に考え事をしていたからだ。

悩みの種は、同じ部署の若い男、佐久間 ツヨシだ。ツヨシが3日も連続で会社を休んでいることが、ラインの生産能力を著しく下げ、結果、僕の責任能力を下げているのだ。


(あのバカ…一体何やってるんだ…)



呟きとは裏腹に、僕はツヨシが好きだった。バカッぷりが、あまりに自分の若い頃と似ているからだろうか…

給料を一週間でパチンコに使ったり、キャバクラ通いで借金を作ったり…本当のダメ男…


だからツヨシには、しっかりと仕事を覚えてもらい、一人前の男になってほしいと願ってた。


僕のように……は、言い過ぎだが…



とにかく、ツヨシに電話を掛ける事だ。

状況を把握しないと、先へは進まない。

実際、電話に出るか出ないかは分からないが、僕はツヨシに電話を掛けた。


呼び出し音が鳴る。

…出る気配がなさそうだ。

十数回の呼び出し音を聞いて、諦めかけた時、電話口にツヨシが出た。

声を聞いただけで、ツヨシがどれだけ弱っているかわかった。

いつもの溌剌とした声ではない。

弱々しく、今にも死んでしまいそうな声だった。

僕は、できる限り明るい声で話た。


「おーツヨシ!どうした?風邪か?連絡くらいしろよー」


ツヨシから返事は帰ってこない…

電話口から、グス…ウェ…と嗚咽だけが聞こえてくるのだった。

僕は自分の経験上、頭に浮かんだのは一つだった。

ズバリ失恋!

これしかないだろう。それとなくツヨシに聞く、


「なぁ、女か?まあなあ、今はつらいだろうが無断で仕事を休んじゃよ…一回、酒でも飲んでゆっくり話するべ。」



ツヨシは泣き出した。僕は、自分の予感が的中したものだとばかりおもったのだが、それは全くの検討外れだった…


ツヨシは、泣きながら途切れ途切れに話出した。



「もう…俺ダメっす…終わった…終わった…終わった…俺…多分エイズだ…エイズなんだ…あああ終わった…」


エイズ?HIVウィルスの事か?

僕は、ツヨシの言っている事が、よく理解できぬまま、とにかくただ事ではないと判断し、話を聞く為、今日の仕事が終わったら、ツヨシの家を訪ねる事を約束した。


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