継承をもとめられて
「そろそろ儂も歳だ。賢二、会社を継げ」
「父さん、未だ老け込む歳じゃないだろ」
父、賢雄は祖父から継いだ土木工事を請け負う会社〖敷島組〗の二代目だ。地元密着の中小企業という奴で、圏内の工事現場を覗けば高頻度で作業風景を目にすることができる。いわゆる昔ながらのガテン系で、ガサツでデリカシーのないオッサン達が煙草をふかしながら会社を出入りしていたのを覚えてる。
「老け込んでから跡継ぎを考えたって遅いんだよ。こういうのは余裕を持って準備していくものだ」
続けたくても、会社の担い手不足が大きく問題となっている昨今。まだ自分が動けるうちは、次代への継承など考えにも及ばない経営者も多いはず。だがそれだけでは駄目だと父は言う。
「経営者はな、継いだ瞬間から如何に後継者へつなぐかを考えておくものだ」
つまり初めから父は俺を跡継ぎにする腹積もりでいたのだ。
それにな…… と含みを持たす。
「いい加減梲が上がらないお前を何とかしてくれと、華澄ちゃんからも頼まれているんだ。健気なもんだな、別れた男の心配迄してくれんだから」
何も言い返せない。やっぱり華澄の入れ知恵だったか。彼女も東京近郊に住んでいて、事ある事に俺を呼び出しては愚痴や雑談を交わしていた。妹と情報交換をしているとは聞いていたけど、父とまで繋がっていたのか。
「母さんもSNSで交換してるわよ」
母が嬉しそうにチャット画面を見せてくる。俺は呆気にとられていた。おいおい…… もはや扱いが元カノというより元嫁じゃん。プライバシー? 何それ? 新しいスキル技?
そして風向きは俺への批判へと移る。
「私、華澄ちゃんはお兄ちゃんと一緒になるって信じてたんだよ」
「そうだぞ。うちの職人を顎で使える姉ちゃんなんてなかなかいねぇ」
「どうしてあんな気立ての良い子を逃がしちゃうのかしら、この子は」
あー、五月蝿い! 五月蝿い!
「もう過ぎたことだ! あいつも幸せそうだし、もういいだろ」
そう…… 華澄も俺と別れた後、しばらくして有名な商社の御曹司と結婚した。華澄から何故だか御曹司を紹介された時は、頭の中は???(はてな)ばかりが浮かんでいて、何と応えて良いのか分からず大変だった。
(まさか「食べ残しですまんね」なんて言えるわけもないし、言ったら終わる)
間違いなく外道認定されるし、人として駄目だろ。それに相手の彼も人の良さそうな奴だったし、所々に見せる華澄への気遣いも誠実だった。幸せそうにしている二人を見て、思わずこぼれた「良かったじゃん」という言葉は、紛れも無く本心から出たものだった。
「だいたい俺にだって都合ってモノか有るんだ。向こうの会社で仕事だって持ってる訳だし──」
俺だって歯を食いしばって頑張ってるんだ。知りもしないで勝手なことを言わないで貰いたい。その言葉を続けようとした俺に、六花の容赦ない糾弾がぶつけられた。
「決められた仕事だけこなして、あとはパソコンの画面を眺めてるだけが仕事だって言うの」
「…………あん?」
「大した営業成績も残してないのに、定時までカフェで時間を潰すのが都合だって言うの?」
「なっ!?」
(なんでお前がそれを…… )
思わず羞恥心で顔から火が出そうだった。怠惰な生活を改もせず、ぬるま湯に浸る自分を勝手に社会の負け組だ、犠牲者だと背負って格好つけていた。
自分でも分かってはいた…… 変わらなくてはと…… だけど時間は少しづつ…… そう少しづつそんな気力さえも奪っていった。そんな姿を見透かされたのだ……
「六花っ! お前に何が分かるって言うんだよ!」
「……わからない」
「はぁ?」
「解らないよ! 全然解らないって言ってんの!」