これって秘密特訓の流れだよな
慌てて集合場所の宴会場に向かったが、後の祭りだった。今でも脳裏に焼き付いている…… 宴会場の前まで来た時の緊張感。襖の向こう側から漏れ聞こえる講師の声。
襖を開けた時の沈黙と、他の社員達の白けた視線。遅刻したことへの謝罪に対し、講師からかけられた遅刻を咎める声が重くのしかかった。
当然ながら他のグループの希望はとうに取られていて、あとは明日からの連絡事項を残すのみとなっていた。
「お前達の課題は最後まで残った客室のリフォームだ。条件は厳しくなるが文句はないだろう?」
「「「「「はい……」」」」」
宴会場を後にして、俺達は男子チームの部屋に集まった。もはや恥ずかしいだの体裁だの言ってる余裕は無かった。まるでお通夜のムードだ。
「やっちまった……」
「これは…… 詰んだか」
「私が、私が悪いのですぅ」
「玲奈のせいじゃないわ」
「そうね。皆んなの責任よ」
時計が見える位置に座っていた上原さんが責任を感じていた。すぐさまそれを経堂さんが否定する。結芽原さんの言う通り上原さんの責任ではない。かと言って、時計の電池が切れていたことに気づかなかった旅館側を責めるのも違うだろう。
腕時計やスマホといった確認する手段を持ち合わせていたのに、時間を気にかけていなかった自分達が悪いのだ。
「済んだことは仕方がないって。それよりこれからについて話し合おう」
「そうだな、竜道寺の言うとおりだ」
「でも私と玲奈は、建築関係の知識は無いわよ」
「俺は大学で土木関係をかじっているが、それだけだな」
「私の前職はキャリアコンサルタントだし…… 竜道寺くんも」
「ちょっ!? 結芽原さん?」
突然の結芽原(華藤)さんの振りはノーマークだった。お前がバラしてどうすんだよ! でも待て、ちょっと狼狽えてしまったけどまだ傷は浅い。同じ職種だったって話だけで…… ああ、結芽原さんウインクしてる。あとは話を合わせてくれるんだな。
職種が被っただけで、俺達は何も関係がないと答えてくれれば――
「私達、前の会社の同僚で…… 付き合ってたの♡」
「「きゃあああ!?」」
驚き色めき立つ上原さんと経堂さん。
「なん、だとっ!」
戦慄の表情をしていた盛山。なんか怪しいとは思ってたんだと納得顔。
「ストーップ! ハァハァハァ…… さらりと嘘つくんじゃねぇ!」
「あら、本当のことじゃない。同僚なのも」
「《《同僚》》だけな! 付き合ってなんかいないだろ!」
それから少しだけ俺と結芽原さんの話をした。とは言っても二人共身の上を偽っているとは話せないので偽名はそのままに、前職の【株式会社CAREER MOVER】時代のことを掻い摘んで話した。
「ふえぇぇ〜 竜道寺さんが課長さん……」
「道理で落ち着き払ってやがると思ったぜ」
「そっか。偶然隣の席が空いてたわけでも、たまたま竜道寺さんと、一緒のグループになったわけでもなかったのね」
なんとか納得してもらえたと思う。全てを明かせないのは本当に心苦しいけれど、いつの日か明かせる日がくるだろう。
でもどうして結芽原さんはリスクを承知で明かしたのだろう。おかれている立場は十分理解してる筈なのに。
「なぜこんな話をしたのかって? それは勿論必要だからよ」
「何に必要なんだ?」
「課題に決まってるじゃない。竜道寺くん、私達の置かれてる状況は?」
「えぇっ? 置かれてる立場ねぇ…… 残り四日で客室のリフォームをしなくてはならない。ヘルプのベテラン社員は三人来てくれて、さっき手渡された図面を元に協力して施工する。資材や工具は外の仮設テントに用意されてる物を自由に使ってよい。あとは………… なんだ?」
皆んなにも助けを求める。
「細工の精度が評価に大きく響くとか言ってたな」
「資材のロスもチェックされるそうです」
「作業工程の流れも見ているそうよ。それ相応の知識も要求されるみたいだけど、今から勉強している時間なんて無いわ」
これだけ聞くと絶望的だな。本職の大工でも施工管理者でもない俺達が、ベテラン社員に指示なんてだせない。知識も腕も経験も、圧倒的に足りてない。
「概ね正解よ」
改めて絶望的な状況を突きつけられているのに、結芽原さんは落ち着き払っていた。何か策でもあるのだろうか?
「だからね、これから秘密特訓します。けってーい!」
「やっぱり」
これって秘密特訓の流れだよな。