俺の名は(責任者出てこい!)
「うおっ、気の強え女だな」
隣に座る盛山が呟いた。その点については全く同感だ。良い悪いに関係なく彼女は敵を作るだろうし、恐らく今迄もそうしてきたのだろう。
そして隣に寄り添う上原さんは、そんな経堂さんの本質を分かっているのかもしれない。
その後自己紹介はつつがなく進み、隣に座る盛山まで回ってきた。あ〜 この一人づつ迫ってくる感じがたまらなく緊張するんだよなぁ。学生時代から苦手で、俺もよく噛んだものだ。上原さんの気持ちがよく分かる。しかも今の俺は、世を忍ぶ仮の姿。実はそこに重大な瑕疵が有るのだ。俺は腹を括らなくてはならない。
「盛山俊彦、二十六歳独身、施工管理職希望です。体力には自信があります、以上!」
ぐぬぬぬっ…… 盛山らしい清々しい良い挨拶だった。横から物凄くできる奴のオーラが眩しすぎる。前の方の席に座る女の子達がキャッキャウフフと盛り上がっている。影ってね、光源が強ければ強いほどクッキリハッキリ出るんだよ。そんな思いが頭をよぎった。
盛山が着席しほんの一瞬の静寂が訪れる。「はい、次の人」と言われてもいないのに、場の空気から無言の圧力が伝わってくる。
俺の番か。いいだろう、公開処刑の時間だ。
ええいままよ! と起立をすると何人かと目が合い、上原さんと経堂さんもこっちを見ていた。
「竜道寺…………」
「どうした?」
そこから先が声にならなかった。なぜなら未だに俺は納得していなかったからだ。ギリギリまで芳川に変更を求めていたのだが、ついに通ることはなかった。
「わ、我輩は竜道寺である。名前はまだ無い」
どっと笑いが起きた。隣の盛山も戦慄の表情をしている。”ここで受けを取りにくるなんて、なんちゅう胆の座った奴だ”なんて思っているのだろう。ちょっとした抵抗から頭をよぎった苦し紛れの策だったが、この雰囲気ならいけるのではないか? 苗字だってインパク値のある竜道寺だ。このまま有耶無耶にして苗字呼びを定着させればイける。
なんて思っていたのだけれど。
「え〜 竜道寺です。前職は人材派遣関係の仕事でした。仕事は与えられたものを着実にやっていこうと――」
「竜道寺君、名前。皆に名前も教えてあげてください」
「おっふ!?」
クソっ! クソクソクソッ糞がァ!! せっかく誤魔化せる流れだったのに。指導役の幹部社員が、ニチャアと嫌らしい顔でこっちを見ているではないか。お前か、最後まで名前の代案を認めなかった上層部の何人かいるうちの一人は。顔は覚えたぞ。
「竜道寺、俺にも教えてくれよ」
隣に座る盛山が、屈託のない笑顔で言ってくる。周囲からも、さっさと言っちまえよ的な雰囲気がヒシヒシと伝わってきた。もう、駄目かもしれない。
「り、竜道寺………… 六五郎…… です」
沈黙。
沈黙……
ドッカン! 会場内、大爆笑。(やっぱりね……)
俺は腹を抱え笑う上層部の幹部連中と、発案者の父親の顔を浮かべ、心の中の黒っぽいノートに名前を書き記したのだった。




