上原さんと経堂さん
新入社員研修が始まって、最初の難関がやってきた。なんのことはない、自己紹介だ。俺はとても憂鬱だった。普通は今後の抱負等や、やる気などを語りアピールする場だろう。だが俺は目立ちたくはなかった。偽名を使ってる負い目と、託されたミッションを考えるとあまり顔を知られるのは得策ではないからだ。
俺に託されたミッションとは、会社内の各部署を見て回り、改善すべきところを報告することだ。このシキシマコーポレーションは、M&Aを何度か繰り返して急成長した会社だ。やはり拡大の際の弊害も大きく各部署が縦割りになってしまい、他の部署との連携が乏しいそうだ。それでは会社の体をなしてないだろうと思うのだが…… この業界は各会社が職人の集まりみたいなものなので、企業文化が独特でなかなか相容れないのかもしれない。つまりバラバラなので、ただ集まっているだけの烏合の衆でしかないのがこの会社なのだ。
これには会社の上層部も頭を痛めていた。本来、この上層部が一番権力争いでドロドロしてそうだと思うのだが、何故か皆友好的だった。普通逆だと思うのだが。
「色々と手を尽くしているのですが、うまくはぐらかされて成果に繋がらないのです」
元々別の会社同士なので、自分達のテリトリーに踏み込まれたくないのだろう。そんな彼等からすれば、「一緒に協力して仲良く頑張りましょう」と無理やり手を繋がされても気持ち悪いことこの上ない筈だ。機能不全になるのは当然か。タチが悪いのは、関係改善を図っても上層部の前では何も問題がないような立ち回りをすることだった。
まぁこれに関しては新入社員研修が終わってからの話だし、先ずは目の前の難局をどうにかせねばなるまい。
頭を悩ませている間に、自己紹介は淡々と進められていた。特に求められてもいないのに、サービス精神が旺盛な奴や自己主張が激しい奴って必ずいるよな。アピールに時折笑いが出たり、どよめきが起きたりと妙な盛り上がりをみせている。
ああいうのってやった本人は良いのかもしれないけれど、後に控えてる者からすればプレッシャーなんだよ。ハードル上げられて勘弁して欲しいって皆思ってるんじゃないかと思う。これで喜ぶのは、逆境を利用して成果に繋げようなんて考える意識高い系か、孫〇空だけだ。「オラわくわくしてきたぞ」なんて絶対言えない。
どうやら次は、入社式の時に見た女の子二人組の番らしい。まず気の弱そうだった女の子からか。この妙な期待をされている雰囲気は酷だな。可哀想に緊張でガチガチになっている。
「ううっ…… 上原玲奈です。いつも鈍臭いと周りから言われがちですが…… みっ、皆さんについていけるよう精一杯頑張りまちゅ! はわわっ!」
(あっ、噛んだ)
その子は耳まで真っ赤になって縮こまってしまった。こんなプレッシャーは嫌だよな。周りを見れば彼女が噛んだのをこれ幸いと、胸をなでおろしている者が見受けられた。誰だって恥をかくのは嫌なのだ。
漏れ聞こえる笑い声を遮るように、横に座る清楚だけど気の強そうな女の子が勢いよく立ち上がった。
「経堂 麗子、帝王大学卒です。抱負は清く正しく美しく、顧客に喜ばれる仕事をできるように頑張ります」
お、おう。彼女の張りのある声に周りが気圧されていた。嘲笑をしていた者も気まずそうにしている。彼等は気づいたのだ。直接言われたわけではないが、彼女のニュアンスで自分達が愚かであると言われていることに。
経堂さんは上原さんを助けたのだ。中には不快な顔をして彼女を見る者もいる。だけど俺は正しい事には敵を作ろうがお構い無しな経堂さんと、周りの空気を察知して経堂さんを気遣う上原さんのことが好ましく思えた。