妹と彼氏
夜行バスは定刻より五分ほど遅れて駅のロータリーへと滑り込んだ。およそ十年ぶりに見る地元の駅前は、良くも悪くも変わらない姿で迎えてくれた。バスターミナルへ降り立つと、春分を過ぎたというのに寒風が頬を刺してくる。
「寒っぶぅ〜」
変わらないな。 この暖房の効いた車内から、一気に冷蔵庫の中に飛び込んでしまった様な感覚。寒いのでとりあえず待合に入ろうと思った。
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古い建物の待合室は暖房をまだつけたばかりなのだろう、不完全燃焼した灯油の臭いが室内中に充満していた。天井から吊られたテレビからは、コマーシャルをはさんで天気予報が始まっていた。
「あっ、いたいた、お兄ちゃん」
声を投げかけられた方へ振り向くと、眉の上と肩の辺りで切りそろえた黒髪の美少女が…… おっとスマン、妹だった。
「六花、久しぶり」
「背ぇ伸びた?」
「うんにゃ、変わらん。オダギリジョーとサドンデス続行中や」
「出た、お兄ちゃんの謎のライバル視」
十年ぶりに再開した妹は兄の贔屓目を無しとしても、記憶を疑う程大人びた美人になっていた。スタイルも抜群で、白いコートの上からでもわかってしまう。栄養は胸に行きがちらしい。
コホン。まぁそれはいいとして、それよりも気になることがあった……
「そちらの方は?」
「あっ、初めまして。三好 和人です」
「私達、付き合ってるの」
「ふ、ふーん、ふーーん」
なんだなんだ、いっちょまえに色気づきおって。地元の大学に進学したと聞いていたが、随分楽しんでいたみたいだな。ついでに余計な虫まで付いて来おったか。
「さぁお兄ちゃん、父さん達が待ってるから行こう」
「ああ……」
父親が運ばれた病院まで、六花の彼氏君の車で向かうことになった。この三好と言う男、俗に言うイケメンで、身長も俺より十センチは高そうだ。身なりも小綺麗にまとめられており、服装のセンスもなかなかのもの。そして極めつけはこの車。独逸の超有名ブランドのクロカン四駆、初めて乗った! そうか、育ちが良さそうだと思ったが、何処ぞのボンボンを捕まえたということか。
「三好君、凄い車だね」
「ハハハ…… こんな若造が生意気ですよねすいません」
「いや、別に構わないんだが、その…… 凄いなと思ってね」
「僕は全然です。父が輸入車のディーラーを経営してまして」
約束された将来って奴か。羨ましい限りで。うちのような下請けの土木会社なんかには敷居が高そうだ。こんな車、親族割引してもらっても俺には買えんぞ。クソッ! 乗り心地良いじゃねーか。
そんなふうに本革張りのリアシートで不貞腐れていた俺だったが、助手席に座った六花から思いもよらない話を聞かされた。
「そういえば小鳥遊さん結婚するんだってね」