母からの電話
「父ちゃんが倒れたけん、すぐ帰ってきて」
慌てた母親の口振りに、俺は取るものも取りあえずタクシーに飛び乗った。
(この時間なら深夜バスはまだ動いている。会社への連絡は済んでいるから……)
頭の中でチェックリストを順番に反復する。関係各所への連絡、交通機関へのアクセス、バスを降りたら妹と合流して病院に向かう……と。
車窓を流れる夜景を眺めながら、ふと忘れかけていたほろ苦い記憶が蘇ってきた。
高二の文化祭の最終日、周りに囃し立てられた俺は同級生の女の子に告白した。学校一のマドンナと称され歴代最高の美少女とうたわれた女の子にだ。今思えば恥ずかしい話だが、当時の俺は結構イケてたと思う。……いや、まあまあかな? …………ほっ、ほんの少し人気があったんだよ。実際、生徒の人気投票で選ばれるベストカップルに、彼女の相手として選出されたくらいだし。
彼女とは何度か同じクラスになったこともあり、友好的な関係だったと思う。白状しよう、俺は彼女に恋していた。一日の大半を横に彼女が居るとどうなるだろうと想像する日々だったし、彼女に釣り合う男になりたくて勉強や部活動も頑張った。毎晩枕を抱きしめては、彼女を想い愛を語って…… 少しキモかったかもしれん。
まぁ何にせよ、彼女と話している時はとても楽しかったしウマが合っていたと自負している。手応えも十分にあったし、周りからは何時付き合い始めるかで賭けの対象になってた程に有望視されていたんだ。
それが……
「えっ……? 今なんて?」
「だから…… ごめんなさい。《《貴方とは釣り合わない》》って言ったんです」
「ハハハ…… そうか…… ごめん」
「あの、きいてますか? もしもーし……」
盛大に玉砕したのだ。
あの後、彼女が何か話していたのだけれどショックで全く聞いていない。それどころか、その後二・三日の記憶も無い。あったとしても辛すぎて直ぐに忘れるだろうけど。
「お客さん」
「はっ、はい!?」
「駅の何処につけましょうか?」
「嗚呼、すいません。バスタで」
つまらない事を思い出したものだ。あの一件以来俺は勉強に更に打ち込み、第一志望だった地元の国立から東京の国立大学へ進路を変えた。大学進学をきっかけに上京してはや十年、気付けばうだつの上がらない中途半端なサラリーマンになっていた。
タクシーを降り、バスターミナルに向かう。深夜だというのに思ったより賑わっている様だ。
(あ、喪服のレンタルも一応調べとくか)
重い足取りでバスへと乗り込む。乗客は四割程といったところか。静かにバスが動き出したのを確認し、俺はゆっくりと目を閉じた。次に目を開ける頃には着いているだろうか……
約十年ぶりとなる故郷へ。