引継ぎ
あれから数日たった。我がキャリアコンサルティング事業部内では、退職する俺の後任への引き継ぎが着々と進められている。
「これで最後だな」
「お疲れ様です」
「七瀬君もお疲れ様」
ライトグレーのレディーススーツに黒のパンプス、淡い茶色のインナーが映える首元からは、〖七瀬 久美〗と書かれた名札がぶらさがっている。彼女は俺の課長職の後任となる女の子だ。
俺達は社内の各部署へ引き継ぎの挨拶回りを終えて、キャリアコンサルティング事業部のオフィスへ戻ることにした。
「課長って不思議な人ですよねぇ」
「何が?」
「どこの部署に行っても残念がられたり、引き止められたりするじゃないですか」
「ああ、それか。社交辞令みたいなもんだよ」
「社交辞令? その割には結構言われてましたよね。グーダラとかデスク警備員とか。クスクスクス……」
「お、おう」
七瀬さんが可笑しそうに笑っている。
「でもディスられてるのに不思議と悪意を感じないんですよね。会う人みんな笑ってて」
「そうか? 小馬鹿にされてるのかもな」
「いいえ、そんな感じではないです。あれは親しみを込めているって感じですね!」
ふんす! と熱弁をふるう彼女。
「俺、そんなに真面目でお利口さんな社員でもなかったぜぇ」
「そんなことないです! 敷島課長はやればできる人です!」
「なーんかそれ、ダメな子に使うフレーズじゃない?」
「そんなことは…… 確かに日頃の課長はアレでしたけど」
「おーい!」
褒めるのか貶すのかハッキリして欲しい。一通り話が落ち着いたところで、俺は彼女に今後について聞いてみる。
「どうだい、やれそうかい? うちの部
署?」
「う〜ん、マーケティング部出身の私が本当に務まるのか不安ですけど…… 課長の御指名ですし頑張ります!」
「期待してるよ」
彼女なら任せられると自信を持って言える。前々からマーケティングよりも、コンサルティングの方が彼女の長所を生かせると俺は目をつけていたのだ。マーケティング部の部長からは小言を貰ってしまったが。
「特に課長はディープな顧客が多いんですよね」
「まぁ…… 否定はしない」
「そして華藤さん……」
「あー……」
「私、あの人苦手なんだよなぁ」
「ハハハ…… 華藤も楽しみにしてたよ、七瀬さんのこと。まぁ仲良くしてやってよ」
彼女と華藤さんは直接仕事で関わった事は無かったが、二人は同期入社で顔を合わせる機会は多かった。これからは上司と部下だ、仲良くやって欲しいというのは俺の本心である。
では何故、彼女は華藤さんに苦手意識を持っているのか? それは彼女もユグドラシルファンタジーのプレイヤーだからだ。
七瀬さんの悩みは平均よりも高い身長で、それが彼女のコンプレックスだった。そんな彼女の希望を叶えたのがユグファンだった。七瀬さんの悩みを聞いた華藤さんが、ゲームをやったことがなかった彼女をユグファンに引きずり込んだのだ。
最初は乗り気じゃなかった七瀬さんも、ゲームの世界ではアバターの身長も体格も思いのまま。
理想の自分になれるゲームの世界に、彼女も魅せられた一人だ。
プレイヤーネームは〖クミン〗、サイズの合っていないレプラコーンの鎧を纏ってフィールドを駆け回るエルフの女の子だ。しかしそれも過去の事。
「マッケンジー、見て見て♪」
仕事が終わりユグファンにダイブした俺が見たもの、それは念願だった伝説級の鎧を身につけて笑っているクミンだった。