帰郷を経て帰京
東京へ戻ったのは明くる日のことだった。俺はそのまま家には戻らず、昼下がりの会社に寄った。上司に急な休みを貰ったことで会社や同僚達に迷惑をかけた詫びと、実家を継ぐ事になった旨を伝える為に。
都心に自社ビルを構える〖株式会社 CAREER MOVER〗は、HR事業、人材派遣事業、メディア・販売促進事業を手がける準大手のサービス企業で、例えて言うならば〖リク○ート〗を挙げれば分かりやすいだろう。それの二番煎じみたいな会社だったりする。そしてその中の〖キャリアコンサルティング事業部〗、ここが俺の職場だ。
「……そうか、決心は固い様だな」
「いきなり無茶を言ってすみません、部長」
「理由が理由だけに仕方がないさ。コレは確かに受け取った」
そう言うと、部長こと葵木 殿満は俺が提出した退職届をデスクの引き出しに入れた。
「でもまさかお前が、あのシキシマコーポレーションの御曹司だったとは」
「御曹司は止めて下さい。成金なら否定はしませんが」
「どっちにしろ凄いじゃないか」
「他人事だと思って」
「そうカッカするなよ。同期として鼻が高いぜ。お前なら何かやるとは思っていたけどよ」
部長の言葉遣いが、ビジネスライクのものから、同期へ向ける親しみを込めたそれに変わった。葵木と俺は上司と部下という関係でもあり、同期入社の戦友でもある。
「買いかぶりすぎだ。俺はそんな器じゃないと今でも思ってる」
「謙遜するなよ。本来ならこの席は、お前が座っててもおかしくないんだ。《《あっち》》で見事に証明しているだろ」
「それだって俺は望んでた訳じゃないんだけどな」
彼の言う《《あっち》》とは、バーチャルMMOオンラインゲーム〖ユグドラシルファンタジー・オンライン〗の中での事だ。俺達は会社の有志でギルドを立ち上げ、ゲーム内でも名の知れた有力ギルドの仲間入りをしている。俺は柄でもないと何度も断ったのだが、そこで〖マッケンジー〗の名でギルドマスターをしていた。
そして葵木は重戦士部隊の隊長〖ドノバン〗として活躍している。ハンドルネームは名前の 殿満を音読みしただけだ。
「敷島くん、部長のパワハラに耐えられなくなった?」
「おい、人聞きの悪いことを言うな」
背後から気だるげな毒舌を投げかけてきたのは、一年先輩の華藤 有紗。見た目は頭にお団子二つ載っけた女の子。本人曰く「身長、体重、何それ? 私はキュ○ドリームちゃんの生まれ変わりよ」とか。つまりあのキャラと身体のサイズが同じらしい。本人は美女になりたいと言っているが、歳の割に(失礼)美少女の殻から抜け出せていないのが悩みだそうだ。なんとも生意気そうに聞こえるが、実際周りを黙らせるだけのものはあった。
余談だが、チャームポイントは「成長著しい胸」だそうだ。まだ公にはなってない。勿論俺は未確認だし、調査するつもりもない。
「押さえつける方は自覚はない。何時も泣くのは我々部下。敷島くん哀れ…… 安い珈琲で悪いけど、良かったら飲んで」
「いや、コレ俺が差し入れた珈琲……」
ス○バの一番いいやつ選んできたのに…… しかも彼女は一人だけ「キュ○ドリームの色」だとか言って、桜色の白玉が入ったフラペチーノをリクエストしてきたのに。横暴である。
「勿論、《《私達》》にも話してくれるのよね」
我が部署の…… いや会社一のマドンナにして、ギルド〖Green cross〗のウィッチ隊・隊長〖劫火のアリーシャ〗は薄い胸を張って言い切った。