緊張の中
自分でも血の気が引いていくのが、はっきりと分かる。これは現実なのか? 夢なら早く覚めて欲しい……
「ほら、さっさと降りろ。会議室で皆が首を長くして待っとる」
車から降りて、父の後をついて行く。正面の自動ドアを潜り、三人の女性が並ぶ受付の前に差し掛かると、受付のお姉さん?(俺と歳が近いか歳下かな)が綺麗なお辞儀で御出迎えしてくれた。
父は片手をさっと挙げ応えながら、エレベーターホールへ向けツカツカと歩いていく。俺もキョロキョロ辺りを確認しながら、遅れないようについて行くしかなかった。
「みっ、”皆”って誰?」
「当然、役員共に決まっておるだろ」
「「当然、役員共に決まって」じゃないよ。話が見えないよ、それに俺こんな格好だし」
とりあえず何時ものスーツにトレンチコートを羽織って、慌ててタクシーに飛び乗りって病院へ駆けつけたんだ。一応会社員の体を成しているがスーツも疲れてヨレヨレだし、とてもじゃないが役員の人達の前に立つような状態ではない。せめてシャツには糊をきかせ、スーツにアイロンをかけて出直したい。
「大丈夫だ。既にお前の事は話を通してある。そんなことを気にするような連中ではない」
エレベーターに乗り込む。芳川さんが階数のボタンを押すと、静かにドアが閉まり動き出した。
「てゆうか根本的な疑問なんだけど、どうして役員の方々を待たせているの?」
「儂が退院したついでに息子を連れて会社に向かうと言ったら、役員共が張り切ってしまってな。引くに引けなくなったのだ」
何なんだその体育会系的なノリは。
「役員の皆さんも、賢二のことを待っていたのよ」
微笑んだ母がそう言いながら、ネクタイの曲がりを直してくれる。エレベーターが目的の階に着いたのか、ゆっくりとドアが開いた。先陣を切って芳川さんがエレベーターを降りると、向かいのエレベーターのボタンを押した。ああ、乗り換えだったのね。
更にエレベーターで昇ること数階、やっと着いたらしい。ホールに降り立つと、真正面には重厚感あふれる大きな木製の両開き扉がドンと構えていた。
「おおおっ…… ドラマで見たことある」
都市銀行を舞台に花のバブル入行組が活躍するアレだ。なんか緊張してきた。役員会なんて曲者が揃う伏魔殿にしか思えん。大○田常務はドラマの中だけである事を願いたい。
「まぁそう気負うな。別に取って食おうという訳でもない」
俺は父に促され、会議室の中へ足を踏み入れた。