有能秘書現る
無事仲直りすることができた俺と六花は、俺が上京してからの空白時間を埋めるかの様に話しまくった。どれだけ話していただろう? いい加減身体も冷えて、このままでは風邪をひきそうなので病室へ戻ることにした。
「ただいまぁ〜」
「ただいま戻りました」
「やっと戻って来たか」
病室へ戻ると何だか様子がおかしかった……
色々と。
「父さん、もう良いのかよ?」
父さんは普段着へと着替えており、荷物も綺麗にまとめられていた。
「既に退院の手続きは済んでおる。そもそもぎっくり腰程度で、何時までも休んでなどいられんわい」
「それは…… そうかもしれないけれど」
小さいなりにも事業主だ。社員の生活にも責任を持たなくてはならない。その実直たる姿勢に息子ながら尊敬の念を禁じ得ないが……
「あなた、もう少し休んでいっても……」
「そうも言ってられんのだ」
なんだろう? 父が妙に気負ってる様な気がするのだが…… それに気になる事がもうひとつ。
「……ところで、そちらの方は?」
(その奥に佇んでいる女性は誰だ?)
恐る恐る訊ねてみる。金髪碧眼で腰まで伸びたストレートヘア、スラッとしてて女性にしては少し高めの身長。全身をダークスーツで身を固めた美女が立っ──
「社長、私めも御子息様に御挨拶を」
「おおっ、そうだった」
(男だとッ!?)
驚きを隠せなかった。まるでアニメや小説から飛び出したと見紛う程の美男子だった。イメージ的に『ア○ンさん』だな。子供の頃見た鎧を着たロボと女子高生のアニメのやつ。
「ふふっお兄ちゃん、綺麗な女性だなって思ったでしょ?」
「おっ、おまっとらんわい!」
「めっちゃ動揺してるじゃん」
六花がクスクスと笑う。
「お初にお目にかかります。芳川 奏多と申します。どうぞお見知りおきを」
「芳川…… まさか!?」
「そうよ、芳川専務の息子さんよ」
確かに芳川のおじさんも背が高くて、傍から見たらナイスミドルと言えなくもなかったけど…… う〜ん。
失礼を重々承知のうえで、じっくり舐め回すように芳川さんを観察したが……
「う〜ん………… 似てないな」
圧倒的に似てない。というか芳川のおじさんに金髪碧眼要素など皆無だ。じゃあ奥さん似?
「母は日本人ですよ。私は養子です、訳あって天涯孤独の身だったところを芳川家に迎えられました」
「なるほど」
まぁ、そうだよね。
「現在は社長の秘書という形でお仕えさせていただいてます」
「あ、そうですか。どうぞよろしくお願いします」
歳も近そうだけど、これから長い付き合いになるだろう。挨拶はしっかりとしなければならない。
「ところで賢二、答えはでたのか?」
答えとは会社の事だろう。
「その事なんだけど……」
俺は改めて父に相対すると、背筋を伸ばしゆっくりと丁寧に頭を下げた。
「さっきは勝手な事を言ってごめん。失った信用はなかなか取り戻せないと思うけど、腹を決めました。よろしくお願いします」
「うむ」
「しっかり頼むわね」
「ああ、もう逃げたりしないよ、母さん」
「私も手伝うから、大舟に乗ったつもりで大丈夫よ」
「それは頼もしいな」
大きく出る六花に、病室が笑いに包まれた。
それからひとしきり、家族で会話を楽しんだ。ある程度場が落ち着いた頃だろうか、「久しぶりの家族の団欒ですから」と席を外していた芳川さんが戻ってきた。
「社長、御車の用意が整いました」
「そうか。よし、家に帰るとしよう。賢二、家にも寄ってくれるか?」
「大丈夫、そのつもりで来ているよ。会社には《《最悪の事態》》も想定して休みを取ってきたし」
「ガハハハハッ、なら問題ないな。六花、三好君が駐車場で待っているから、一緒についてきてくれと連絡してくれ」
「うん、わかった」
父親の入院騒動は一応の決着を見た。東京に戻る前に実家に寄って、今後について色々と話し合わなくてはならないだろう。そう覚悟を決めた俺だったが。
「お兄ちゃん、家に帰るのも十年ぶりでしょ?」
「そうだな」
「色々と変わってるからびっくりするよ」
その言葉が何を意味するのか…… 身をもって知ることになるのだが、この時の俺に分かるはずもなかった。