協力者
「ハミル、いくらなんでも不敬だぞ! 当然の扱いを当然と言って何が悪いんだ!」
その言葉にランスは諦めたように頭を振り、ナニエルは赤くなった手をきつく握り、エタサは悲しそうに顔を歪めた。そして、ハミルは再び爆笑してクーイラサに声をかけた。
「クーイラサ、こんだけバカだと扱いやすかっただろ」
項垂れて床に座り込んだままのクーイラサは何も答えなかった。メッツアに被せた罪が自分に来ることが怖かった。
「ちなみにバカなサライス様はクーイラサの協力者って何人だと思ってた?」
「そ、それは少ないはずだ。ほとんどの者が公爵家、メッツアに仕えているのだから」
それにクーイラサはメッツアの命令で使用人たちにも虐げられていたと言っていた。極僅かの人数だったはずだ。
「サ、サライス様、使われていたのはウェットダン家の第一応接室で間違いありませんか?」
今まで沈黙を守っていたエタサが声を震わせてサライスに聞いた。
「あぁ、一番いい部屋だ」
「まず、少人数の協力者でその部屋を使用することは不可能です。お茶やお菓子も準備されていたでしょうか?」
エタサの言葉にサライスは首を傾げる。饗しで変わったことはなかった。
「あ、当たり前だ。公爵家所有で最高級の食器に料理人が作った自慢の菓子が用意されていた」
当然だとサライスのその言葉に重い息を吐いたのは誰だったか。腹を抱えて爆笑しているハミルではないことは確かだった。
「まず、屋敷を統括している執事長はその部屋を使用していることを知っていなければなりません。来客があった時、被るといけませんから。そして、その部屋の管理する者、毎朝掃除する者たち、使用直後に掃除する者たち、部屋の使用だけで最低五人以上は関係します」
エタサはナニエルの側近としてウェットダン公爵家の使用人に指示を伝える立場にある。屋敷で働く者たちの仕事を把握しておかなければならなかった。
「次にお茶とお菓子ですが、まずは食器。管理する者、準備する者、洗う者、磨き片付ける者、カップや皿、スプーン等、種類で担当者が違います。使う食器の数で人数は変わりますが、少なくても十数人関わることになります。
お出しするお茶とお菓子ですが、茶葉を管理する者、準備する者、お湯を沸かす者、準備された食器を受取る者、お茶を淹れる者、食材を管理する者、作る器具を管理する者、準備する者、作る者、後片付けをする者。そして、応接室へ運ぶ者。最低十人は関係します。
そして、お茶とお菓子には予算もあります。高級な物を使用すればするほどお金を使い、支出用途が明確に記載されます。それは執事長に報告され、不要な出費は主であるメッツア様に報告されます。
場所が庭園、温室と変われば、担当が変わり関わる人数も増えます。担当の者が行わないと痕跡が残ってしまい、見つかれば叱責・減俸の対象となります。そしてこれだけの人数が関わっているのにメッツア様に知られずに行われているのは不可能です」
サライスは驚いた。自分一人の訪問にそれだけの人数が関わっていることに。
「もちろん、門番や警護の者、馬や馬車を預かり手入れする者たちも関係してきます。先触れを出されていたのなら、それに携わる者たちも」
どんどん増える人数にサライスは唖然となる。ウェットダン公爵家のほとんどの使用人がサライスの訪問に関わりクーイラサの協力者といえるくらいだ。
「訪問者は私だ。私に対してならその待遇は当たり前だろう」
「だから、饗す者がメッツアだったら、だ。ウェットダンの屋敷で虐げられていたクーイラサにいくら協力者がいてもその待遇での饗しは不可能だ。見つかれば協力者もろともメッツアに酷い目に遭わされるのだからな。むしろ協力者ならクーイラサのために屋敷内では会うなと助言するだろう」
ランスの冷たい声にサライスは、あっ、と声を漏らした。おかしいと言う従者たちよりもカンタス大公令息のサライスなら受けて当然の待遇だと言うクーイラサを信じた。メッツアには分からないから、という言葉と共に。
「サライス、お前はメッツアと詰まらないお茶会をしてきた、といつも私たちに話していた。私たちもそれを信じた」
失望したランスの言葉にサライスは何も返せない。ウェットダン公爵家に行く度にメッツアの様子を聞いてくるナニエル、変貌した幼馴染を心配するランスにメッツアと会わなかったことを責められるのが嫌でいつも嘘を吐いていた。いつも通りメッツアと死ぬほど退屈な時間を過ごしてきた、と。クーイラサもその考えに賛成してくれた。
「クーイラサが応接室を使えること自体がおかしいんだ。それがおかしいと思っていなかったなんて……、こ、こんなヤツに姉上を任せようと…、私は………」
ナニエルが嗚咽を漏らす。
「問い詰めて聞いていたらクーイラサの嘘が分かり姉上を助けられたかもしれないのに………、私は……」
最後の肉親を喪ったナニエルの慟哭にサライスは何を言ったらいいか分からない。そんなつもりはなかった。そんなつもりで嘘をついていたわけじゃなかった。クーイラサと楽しい時間を過ごしたかっただけだ。それがあり得ないことだとは思ってもいなかった。
「わ、わたしは……、わたしは……」
サライスは何を言えばいいのか分からない。ただクーイラサの言葉を信じただけなのに何故こんなことになったのか。
「殿下」
従者が走り寄ってきてランスに耳打ちする。
「ハミル、お前に人が来ている」
「ふーん、ちょっと行ってくるわ」
ハミルだけが明るい声で扉の方に向かっていく。その場違いな明るさがサライスの勘に障った。
「ハミル、お前が殴っても止めてくれたら」
そう、ハミルだけがクーイラサの言葉を信じていなかった。それなのにサライスを止めなかった。悪いのは分かっていて止めなかったハミルだ。
「はあ? クーイラサの言葉を盲目的に信じた自分が悪いんだろ。自分で考えることしなかったくせに人のせいにするなよ」
振り向いて低い声でそう言うとハミルは扉の向こうに姿を消した。
サライスは下唇を噛み締めた。誰かがもっとキツく止めてくれたらこんなことにならなかったのに。
扉の向こうに消えたハミルはすぐ紙の束を手にして戻ってきた。パラパラと紙を捲りながらハミルはクーイラサの側に立つと見下して聞いた。
「お前、誰?」
冷たいハミルの声がした。
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