誘導
「姉上の刑は八裂きか火炙りと平気で言ったではないか!」
ナニエルが肩を怒らせてハミルに詰め寄った。
「どんだけ言ってもみんな聞く耳持たず決行となったじゃん。クーイラサがやっぱり黒ならいずれサライス様とクーイラサがその刑になるからまいっか、て」
ハミルはヒラヒラと手を振った。
「な、なぜ、私も?」
サライスはハミルの言葉が信じられなかった。罪人になるようなことをした覚えはないのにハミルの中ではそうなることが決定していることに。
「散々メッツア様を使って甘い汁を吸いまくったクーイラサがサライス様の奥さんだけで大人しくしていると思う? 調子に乗って今度はもっと派手にして早々にボロを出しそうじゃん。俺もやっと自由に人を使えるようになったからもっと調べるように言ってあるし。見つかった時はメッツア様のことも蒸し返すつもりだったからさー、(メッツア様の)元婚約者のサライス様も共謀者になる確率高いなー、て」
ハミルが軽く語った未来にサライスはさっと顔色を悪くした。
もしハミルの言う通りクーイラサが黒なら、サライスが共謀して婚約者であったメッツアに罪を着せ陥れたと思われるかもしれない。それに王子のランスを巻き込んでいる。知らなかったと認められても軽い処罰ですむはずもない。
クーイラサは疑われていた事実に身を小さくして震えていた。そして捜査がすでに始まっていたことにも。
「まあ、早い段階で分かって良かったじゃん。まだ、婚約者にもしてないんだしさー」
その言葉にサライスはホッと息を吐いた。だが、言ったハミルが冷たい目でサライスを見ていることに気がつかなかった。
「で、メッツア様、どうすんの?」
ハミルはサライスから視線を外し大きく伸びをした。
「貴人牢からすぐに出せ。医師の手配も。私もすぐに行く」
ランスが慌てて指示を飛ばす。メッツアは犯罪を犯した貴族が入る貴人牢へ入れるように指示を出していた。捕らえた当初から体調が悪かったメッツアは処刑の日まで生き長らえるよう最低限の治療しか受けさせていない。早急に適切な治療を受けさせなければいけない。
ランスの指示で近衛兵が部屋を出る前に外から扉が開かれた。メッツアの様子を見に行かせた近衛兵だ。
「ランス殿下、メッツア様が地下牢で死亡していました」
ナニエルが力無く膝をついた。
「あ、あねうえ…」
エタサはナニエルに何も言うことが出来なかった。メッツアを悪女と思い込み罵ってきたエタサにナニエルを慰める資格などない。
「確認したのか! それに何故地下牢? サライス、貴人牢に入れるように言ったはずだか?」
ランスの焦った声が響く。
「はい、亡くなったのは確かにメッツア様です。極悪人は貴人牢に入る資格はないとサライス様が地下の最奥へ」
「なんてことだ」
ランスは手を固く握りしめた。聞き取りの後、メッツアを牢に入れるのはサライスに任せたがそこまでするとは思っていなかった。
地下の最奥にある牢は、一般牢の中でも一番最悪な場所だ。光は当たらず換気も悪い。掃除をしても壁はすぐカビだらけで鼻をつく異臭は消えることがない。どんな健康な者でも三日も持たずに病にかかると言われている。
「ねえ、浮気相手と一緒に人一人殺した気分どうなの?」
ハミルは相変わらず軽い調子でサライスに話しかけた。
メッツアの死を理解できていないサライスは言われた意味が分からず、えっ? あっ? と意味不明な言葉を口にしている。
「なんでランス様の指示に従わず、一般牢に入れたの? それも最奥に。処刑される極悪の囚人たちでも滅多にそこには入れないよ」
サライスは視線を彷徨わせ、相変わらず言葉にならない音を発している。
「クーイラサが喜ぶからって、やっていいことかどうかも判断つかなくなっていたの?」
「わ、わたし、そんなことお願いしていません!」
クーイラサが悲痛な声で私のせいじゃないと叫ぶが、ハミルはふんと鼻を鳴らしただけだった。
「あんなに悪いことをした人なのに、罪を犯した人はあんな綺麗な牢には入れないのにとか言って、サライス様を唆した…。どう言えば自分を喜ばすためにサライス様がどう答えるか、どう動くか分かっているから。それにメッツア様が元気になり、国王の庇護の下で全部話されたら困るから早く死んで欲しいのもあったのかなー」
「そ、そうだ、クーイラサがそう言ったから私は地下牢が相応しいと……」
そう叫ぶサライスをナニエルがその頬を殴った。
「貴様が全て悪いのだろうが! 婚約者である姉上を蔑ろにしていたことを棚に上げて。もっと姉上に寄り添ってくれていたら、いや、屋敷での異常に気が付けば助けられたかもしれないのに………」
叩かれた勢いで床に倒れ込んだサライスはナニエルに殴られた頬を手で押さえ、呆然としていた。叩かれた意味が分からないというように。
ハミルはパチパチと手を叩いていた。
「うん、肉親の怒りは正当だね」
「だが私も同類だ。クーイラサの言葉を信じ、姉上を見殺しにした」
「まあ、それはメッツア様も悪いんじゃない? 助けを求めてこなかったんだし。それに見殺しにしたのはやっぱりサライス様だし」
それでも、と俯くナニエルからは雫が幾つも床に落ちていく。ハミルは何も言わずナニエルの肩を叩いた。
「ハミル、お、お前がもっと強く言ってくれていたら!」
赤くなった頬を押さえサライスが吠えた。
「言ってただろ、ずっと。馬鹿女より婚約者の相手をしろよ、て」
そうじゃない! とサライスは吠える。
「婚約を破棄するなと、調べてないから罪を言うなと」
「何甘ったれたこと言ってんの? 言っても聞かなかったのはそっち。ああ、常識があるならクーイラサと浮気なんかしていないか」
「浮気なんかじゃない!」
サライスは自分の行いが間違っていたとは思いたくなかった。美人でも冷たい感じがするメッツアより可愛く甘えてくるクーイラサが良かった。クーイラサを優先したのが悪かったならもっとしっかり止めて欲しかった。だから、こんな取り返しがつかなくなってから責められるのは可笑しいと思った。
「浮気だろ、婚約者がいるのに他の女に靡いているんだから」
サライスは首を振る。こんなこと間違っている。自分は間違ったことをしたはずはないのに何故か間違ってしまった。
「それからなー、サライス様、あんただけだったんだよ。メッツア様の屋敷に出入り出来たのは。学園と屋敷でのメッツア様の違いに気づけたのは。あんたが一番メッツア様を助けられる場所にいたんだよ」
サライスは違うと言いたかった。けれど言えなかった。言われてみれば思い当たることが多い。けれど、言われないと分からなかった。
「あんただったよなー。ランス様やナニエル様がウェットダン公爵家に行こうとしたのも邪魔したのは。クーイラサが何をされるか分からないから止めてくれ、て。自分がウェットダンの屋敷に定期的に訪問してるから、て」
ハミルの言葉にサライスは首を横に振るだけだ。確かにナニエルやランスがウェットダンの屋敷に行こうとしたことが何度もあった。クーイラサに何かあったらどうするんだ! と脅すように二人を行かせなかった。自分が父カンタス大公が決めたメッツアとのお茶会でウェットダンの屋敷に通うことになっているから、と。
「なのにさー、ウェットダン公爵家でメッツアに会わずにクーイラサとだけ会った? それも立派な饗しを受けて。自分だからそうされるのが当たり前って、バカなの? いや、本当のバカだ、あっ、バカに失礼か」
軽い口調で貶され、サライスは目を吊り上げた。
「ハミル、いくらなんでも不敬だぞ! 当然のことを当然と言って何が悪いんだ!」
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