虚偽
「犯罪に関与していたかどうかは別として、メッツアに虐げられていたのは虚偽だと分かった」
ランスはクーイラサと目を合わせ、はっきりと言った。
サライスはその言葉に驚きどういうことかランスの顔をマジマジと見つめた。
クーイラサは緑の瞳を大きく見開き、疑問の声をあげる。
「なっ、なぜですか?」
「矛盾が多すぎる。屋敷で当然のようにサライスに会えていたことも、舞踏会に毎回出席していたことも。メッツアに虐げられていた者の行動とは到底思えない」
何かに気がついたようにハミルがあっ! と声をあげた。
「そうそう舞踏会といえば! 舞踏会でクーイラサが着ていた豪華なドレス、毎回サライス様が贈っていたの? 姉と妹がとても羨ましがっててさー。姉たちはあのグレード(のドレス)だと年に一・二枚作れたらいい方らしいから」
さすがカンタス大公のご子息だね。とハミルに言われてサライスはクーイラサを呆然と見つめた。ハミルの姉妹が羨ましがるほどの高級なドレスをクーイラサが毎回着ていたことに驚きを隠せなかった。いつも似合うドレスを着ているが子爵位でどうにか準備出来る安物だと思っていた。だから、メッツアと別れた次の舞踏会ではと………。
「ドレスは…、次の舞踏会で初めて贈るつもり…だった…」
「じゃあ、ドレス代、どこから出てんだ? クーイラサもメッツア様に客を取らせていたと言っていたから、メッツア様に稼がせて?」
あっけらかんとしたハミルの言葉の意味にウェットダン公爵家の使用人は俯き、ランスとナニエルは顔を歪めた。
「ち、ちがいます。あ、あれは、父の知り合いからいただいたドレスです」
ランスはウェットダン公爵家の使用人たちの方を向き話すように促した。
「お嬢様の客として呼ばれた者たちが持ってきたドレスです。クーイラサ様が着たあと仕立て直し、お客の相手をするお嬢様に着せるために」
感情を圧し殺した老執事ロビンの答えにランスの眉間の皺がますます深くなる。
「ち、ちがいます。み、みなさん、好意で…」
「つまり、タナビタ子爵には高額品をポンと贈り物と出来る者たちと繋がりがあるということだ」
ランスの冷たい声にクーイラサは自分の失言に気がつき、ガタガタと体を震わせた。
クーイラサの父であるタナビタ子爵バベラは、クーイラサを人質に取られ仕方なくメッツアの犯罪に手を貸していたことになっていた。しかし、クーイラサに高価なドレスを贈ることが出来る知人が何人もいるとなれば話は大きく変わってくる。お金があるということは権力もあるということだ。本当にメッツアに苦しめられていたのなら助け出せる者も、いや全員が協力したら助けだせただろう。
「殿下、この者たちの詳しい調書を取りたいのですが」
部屋で記録を取っていた文官が恐る恐るランスに伺いを立ててきた。
ランスは自分に視線が集まったのを感じた。
「公開処刑は中止とする。この件はもう一度詳しく調べ直す。民には……、矛盾が生じ詳しく調査するためと説明しろ。そして、悪女は必ず裁く、とも」
ウェットダン公爵家の使用人たちは処刑の中止を目を輝かせて喜んでいた。
「早急にここにいる者以外も調書を取り詳しく調べろ。学園の生徒たちもだ。それから、タナビタ子爵の取り調べは強化しろ。主犯の可能性が出てきた」
クーイラサが悲鳴を上げて床に座り込んだ。父が主犯とされたら自分も罪に問われるかもしれない。
ランスは部屋にいる者たちに告げた。
「言っておくが、ほとんどの犯罪はメッツアの名で行われていた。名を使われていたメッツアにも罪があることには代わりがない」
使用人たちは再び項垂れたが、処刑が無くなったのならとそれでも喜んだ。
「そして、王族がメッツアを罪人とした。この事実を覆すことは出来ぬ」
「ランス様、それはどういう意味ですか?」
ナニエルが戸惑うように問いかけた。姉は無罪放免となるのではないのか、と。
「重罪人と王族が決定したことを覆せない。だが、恩情を与えることは出来る。処刑ではなく、イオラ炭鉱に従事させるというふうに」
侍女アンが息を飲んだ。
イオラ炭鉱は重罪を犯した者たちが送られる収容所だ。送られた罪人のほとんどが男性でそこに女性が送られるとなるとどんな目に遭うかは考えるまでもない。処刑で命を失ったほうがマシかもしれない。
「タナビタ子爵令嬢クーイラサは、父親がメッツアの犯罪に進んで関与していたことを知り、二人の罪を償うため修道院に行くことにした」
「なぜ、わたしが!」
ランスにクーイラサが異義を唱えるが、ランスは無視して言葉を続ける。
サライスも愛するクーイラサが修道院に行くのは反対だった。しかし、クーイラサをこのまま信じていいのか分からなくなっていた。
「まあ、ピンクブロンドの髪で緑の瞳のメッツアがイオラ炭鉱に送られることになるかは、今後のタナビタ子爵の証言次第だな。タナビタ子爵がメッツアに罪を被せたと認めたら、メッツアに対する恩情が厚くなるかもしれぬ。わずか十歳だったのだ。誰かが手引きをしなければ、あれほどの悪行を出来ないだろう」
「で、では、修道院に行くのはブロンドの髪をした青い瞳のクーイラサ?」
ナニエルの縋るような問いかけにランスはそれは決定事項だと答えた。クーイラサは口を開くが何を言っていいのか分からず音にならない。それに幾つもの刺すような視線に息苦しく胸を押さえ堪えるしかなかった。
ランスの決定にメッツアの助命を嘆願しにきた者たちはホッと胸を撫で下ろしていた。
部屋から出る際にマギーはナニエルに頭を下げた。
「ナニエル様、辛い思いをさせて申し訳ございませんでした」
そして、エタサに向き合うと手を振り上げた。
「エタサ、メッツア様はお前まで家族と会えなくしてしまったといつも私たちに謝罪されていたのよ。お前の身も案じて下さっていたのよ。それなのにお前は…」
エタサは痛む頬を押さえながら、黙って母の言葉を聞いていた。何も言い返せない。まだクーイラサを信じたい気持ちはある。けれど、母がここまでしてメッツアを庇う理由は一つしか思いつかない。それを認めてしまうのは怖かった。
マギーは老執事ロビンに支えられながら、部屋を出ていった。
「私は貴方様を許さない」
侍女アンは、憎しみの籠った瞳でサライスを睨み付けた。
「わ、わたしは…」
「貴方様の従者でも分かったことを貴方様は分かろうとしなかった。悪女の言葉だけを鵜呑みにして」
サライスはその言葉にはっとした。ウェットダン公爵家に連れていった従者が公爵家の者たちやクーイラサの態度はおかしいと言っていた。父から付けられた従者だったからその発言は無視し次からは違う従者を連れていった。だがどの従者も同じ発言をしてきた。それを不思議と思わなかったのはサライスだ。
「私たちを鞭打っていたのはあそこにいる悪女クーイラサ。メッツア様はいつも身をていして庇ってくださった。商品の私の体には傷をつけられないから、と」
侍女アンは突然嬉しそうにふわりと笑った。
「けれど、感謝はしてます。婚約を破棄していただいたことは。貴方様にはメッツア様は勿体ないですから」
侍女アンは一礼をすると踵を返し、堂々と部屋を出ていった。
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