爆笑
「そんなことしていない。いつも最高の饗しをクーイラサから受けていた」
サライスは胸を張ってランスに答えたが、周りからの冷たい視線に目を彷徨わせた。何故こんな視線に晒されるのかサライスには分からない。
「ぶはっ。すっげー面白い。メッツア様の屋敷で堂々と会えるのが当然と言い切れるのが」
ゲラゲラと軽快な笑い声が部屋中に響いた。ハミルがこの日初めて感情を露にして腹を押さえて面白すぎると笑っていた。
サライスに掴みかかろうとしていたナニエルもいきなり笑い出したハミルに驚き不自然な姿勢で動きを止めていた。
「いくらメッツアでもカンタス大公の息子である私に失礼な対応など出来ないだろうが!」
その言葉にハミルの口から苦しいと声が漏れる。笑えすぎて苦しすぎる、と。
サライスはハミルが爆笑している理由が分からない。格上の者を丁重に饗すのは格下の礼儀だ。それを当然と受け止めるのは当たり前のことなのに。
「会う相手がメッツアなら、だ」
ランスは重い息を吐き、目尻に涙を浮かべて笑っているハミルと何故笑われているのか分からず憮然としているサライスを見て再び息を吐いた。頭を軽く振るとサライスへの追及は後回しにすることに決めた。何故、笑われているのか説明するのが面倒なのもある。
「聞くが、サライスの訪問時、メッツアは何をしていたのだ?」
気持ちを切り替えるとランスは公爵家の使用人たちに視線を向けた。
「お、お嬢様はお会いになれなかったのです。サライス様がいらっしゃる時はほとんど客の相手をさせられていたので」
老執事ロビンの言葉にランスたちは息を飲んだ。メッツアがどんなことをさせられていたのかは聞かなくても分かる。
「そ、それは、メッツア様が淫乱だから…」
取り繕うようにクーイラサが声を出すがナニエルの怒鳴り声に身を竦ませた。
「姉上を侮辱するな!」
ナニエルがクーイラサを睨み付ける。姉に虐げられていた可哀想な従姉妹だと思っていた。だが、本当に虐げられていたのは……。
サライスとエタサはクーイラサが淫乱なんて言葉を使ったことに驚いていた。そして、メッツアがそんなことをしていたのを知っていたことにも。
「本当に淫乱だったなら、会いに来たサライス様に相手をさせたらいいだけじゃん。先触れで来るの、分かってるんだしさー。ワザワザ違う相手を呼ぶ必要もないし」
ハミルがさらりとそんなことを言う。
サライスはメッツアの相手などと反論したくなったが、知っていればもっと早くに婚約破棄出来ていたことに気がついた。
「それになんでその現場をサライス様に見せなかったの? メッツア様有責で早々に婚約破棄出来たのに?」
サライスの思いを汲み取ったようにハミルがクーイラサに不思議そうに聞いている。
「そ、それは…」
クーイラサが答えるのを躊躇していたが、緑の瞳を震わせて悲しそうに言った。
「お、同じ女性として…、そ、そんなこと……言えないじゃないですか……。それにそんな現場を押さえるなんてこと…虐げられていた…私に…出来るわけが…ないじゃないですか」
涙を浮かべてクーイラサが訴えるが、答えとして返ってくるのは冷たい視線だけだった。ただ、サライスだけがそうか……。と納得していた。
「えー、サライス様と自由に会えていたのに? それに極悪人で婚約破棄されるより純潔じゃないという理由の方が人としてずっとかマシだと思うけどなー」
ハミルが相変わらず軽い口調で指摘する。
「それに公爵家の協力者もいるし。何よりサライス様の方が格上。協力者とサライス様で邪魔をする者は押さえられるから、何も心配する必要なかったと思うけど?」
ね、どうして?
ランチメニューはどれにする? のような軽い感じでハミルに聞かれても、クーイラサは答えに困った。何故か答えることは出来ない。これ以上失敗は出来ない。縋るようにサライスとランスを見る。サライスは戸惑う表情をしながらもまだクーイラサに優しく笑みを返してくれた。だが、ランスの方は冷たい眼差しをクーイラサに向けていた。
クーイラサはゴクリと唾を飲む。もう後がない。ここで信頼を取り戻しておかないと。
「ランス様、サライス様、私を信じてください。私は何もしていません」
クーイラサが手を胸の前に組んでウルウルと瞳を潤ませた。庇護欲を誘いどうにか信じてもらわなくてはいけない。
「犯罪に関与していたかどうかは別として、メッツアに虐げられていたのは虚偽だと分かった」
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