疑い
「「「お嬢様は安全な牢屋の中にいらっしゃいます。私たちがタナビタ子爵親子の罪を暴いてもお嬢様が危害を加えられることがありません」」」
ランスは納得した。タナビタ子爵たちは密告したらメッツアを酷い目に遭わすとウェットダン公爵家の使用人たちを脅していたのだと。
「で、では、何故もっと早く言わなかった」
ナニエルの言葉にマギーは首を横に振る。
「何度も訴えようと思いました。タナビタ子爵たちは言うのです。メッツア様がどうなってもいいのか、と。そして、見せしめにメッツア様を荒くれ者たちの部屋に閉じ込めたり、私たちの前で客の相手をさせたりしたのです…」
嗚咽で話せなくなったマギーの代わりに老執事ロビンが口を開く。
「お嬢様も私たちのために口を噤んで下さいました。そのうち、そこにいるクーイラサ様がお嬢様の悪評を広め、何を言っても信じてもらえなくなりました」
「だが、それでも…」
サライスの言葉に侍女アンが顔をあげて睨み付けた。
「一番にその悪女の言葉を信じた貴方様がそれを仰るのですか! 屋敷にいらっしゃってもお嬢様にではなく、毎回その悪女に会って帰られていたお方が! 貴方様がお嬢様に会わずに帰られたあと、その悪女が何をしていたか分かっていらっしゃるのですか!」
サライスは身に覚えのあることにバツが悪く顔を背けた。公爵家に行くのはクーイラサに会うためでメッツアに会うつもりなど全くなかった。
「お嬢様がやってもいない虐めを貴方様がどう優しく慰められたか、貴方様が悪女にどんな甘い言葉を囁いていたか、至極丁寧に聞かせていたのよ!」
鼻息荒く言い切った侍女アンはキッとサライスを睨み続けていた。
「メッツアはサライスに会わないようにされていたのか?」
「ラ、ランス様…、そ、それは…」
クーイラサが口を挟もうとするが、ランスは一瞥して黙らせ侍女アンに答えるよう促した。
「そうです。メッツア様は屋敷ではサライス様に会わないのが当たり前でした。サライス様に罵倒される時以外は。舞踏会も重要なもの以外全て欠席とさせられ、ご出席されてもファーストダンスが終わればサライス様とは離れるように命令されておりました。ほとんどの舞踏会をメッツア様に虐げられていたはずの悪女が代理として参加されていたのはご存知でしょう」
侍女アンの言葉に納得したようにランスは頷いた。
「そうか………、おかしいとは感じていた」
「ランス?」
サライスはランスの言葉の意味が分からなかった。
「違和感があった。舞踏会の代理はサライスの嘘だと思っていた。普通、虐げている者を代理として参加させるわけが無いからな。参加させるのなら笑い者となる姿で、だ。だが、毎回クーイラサはその場に相応しい姿で参加していた。サライスが連れ出し着飾らせているのだと思っていた。
違和感があったのはメッツアが参加する舞踏会の方だ。学園ではサライスに近付くクーイラサを必死に排除しようとしていたのに、舞踏会ではファーストダンスが終われば用が済んだとばかりに壁の花になっていた。サライスがクーイラサを側に置いていても近寄って嫌味一つ言ってこない。その行動は学園と違いすぎて気にはなっていた」
「それは私が義務を終えたと突き放してランス様の側に行っていたから。それから、私は……」
「そ、そうなんです。サライス様は私が舞踏会に行けるようにと手を尽くしてくださって……」
サライスは突然会話に入り込んできたクーイラサを呆然と見つめた。クーイラサと舞踏会に行くのに苦労した覚えがサライスには全くなかった。迎えに行くといつも着飾ったクーイラサが玄関で待っていた。それなのに何故?
「それ、おかしいじゃん。サライス様が迎えに行ってもメッツア様に邪魔されて連れ出せないはずだろ。メッツア様が舞踏会あるの知らなくてもサライス様とクーイラサを一緒に出掛けさせるわけないじゃん。けど、メッツア様が知らない舞踏会に参加出来るってのもおかしいよな。もしかして、招待状、盗んでたりしてー。
それに無理やりサライス様が連れ出せたとしても毎回は無理だよな? 苦労して参加したって愚痴、一回も聞いた覚えないなー」
クーイラサは淡々とした口調でも矛盾を突いてくるハミルの言葉に唇を噛んだ。口を開けば開くほど墓穴を掘り窮地に追いやられてしまう。メッツアが……、は通じなくなってしまったことに焦りを感じていた。
サライスは言われて初めて疑問に思った。カンタス大公の息子である自分が迎えに行くから、クーイラサが待っているのは当たり前だと思っていた。けれど、学園でクーイラサが隣に立っていただけで憤っていたメッツアが大人しく出掛けるのを許していたのがとても不自然だったことに。
「サライス、訪問時は屋敷には先触れを出してあるのだろう?」
「そ、それは…、けれど、メッツア様が」
サライスがもちろんと答えようとする前にクーイラサが口を開く。ランスは眉を寄せ、クーイラサに冷たく言った。
「クーイラサ、屋敷でも虐げられていたと言っていたが、サライスとは自由に会えていたようだ。虐げられていたなら屋敷では会うことは出来なかったはず」
「そ、それは、味方になってくれた方がいて…」
「公爵家の使用人が主の姉上に逆らって? 姉上に会いに来たはずの婚約者に会わせていた? それも毎回? ありえない」
ナニエルも疑問を口にする。それは可笑しすぎる。良識ある使用人なら婚約者ではないクーイラサを会わせないようにするほうが普通だ。仮に協力者がいたとしても毎回会えるのは可笑しい。見つかったら自分も罰を受け、クーイラサがどうなるのか分からないのだから。
「婚約者でもないクーイラサがサライスとウェットダンの屋敷で会えないのは当然で普通のことだ。クーイラサに会えて、婚約者のメッツアに会えていないことの方が可笑しい。しかも先触れを出し婚約者の来訪が知らされているにも関わらず。メッツアが避けて会わないようにしているなら学園での態度と整合がとれない」
サライスもランスの言葉に不自然だったことがやっと分かった。ウェットダン公爵家に行って、クーイラサに会えない時は一度もなかった。クーイラサと会っているときに学園のようにメッツアが乱入してくることは一度もなかった。メッツアの屋敷なのに。メッツアは屋敷にいたはずなのに。
「サライス、クーイラサと公爵家の応接室で会っていたと言わないだろうな」
確認だと聞くランスをサライスは不思議に思った。屋敷でクーイラサと会う場所は重要だと思っていない。
「あっ? いや、いつも」
「は、はい、見付からない場所で……」
サライスが口を開いたが、クーイラサが慌てて答え出す。ランスに睨み付けられクーイラサは言葉を続けられなかった。
「クーイラサ、私はサライスに聞いている。メッツアに見付からないように密会していたのだな」
「そんなことしていない。いつも最高の饗しをクーイラサから受けていた」
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