証言
「ランス殿下、お嬢様は無実でございます」
それがメッツアの助命を願う者たちの言葉だった。
「たかが十歳の令嬢が叔父であるタナビタ子爵バベラ様に逆らえましょうか? 最初はバベラ様もクーイラサ様もお嬢様に寄り添っておられるようにみえました。気がついた時にはバベラ様が公爵家の名で好き勝手されており………。お嬢様が行ったとされる悪事は全てタナビタ子爵バベラ様とそこにいるクーイラサ様が行ったことです」
メッツア専属の侍女アンは涙ながらにそう訴えた。
「お嬢様が十二になられた時でした。男を教えてやるとバベラ様はお嬢様を寝室に連れ込み、その汚れた体でお嬢様を穢しました。そのこともお嬢様を脅迫するネタに使っておいででした」
ウェットダン公爵家に長年仕えている老執事ロビンは目頭を押さえ、近衛兵に分厚い書類を手渡していた。それはタナビタ子爵がウェットダン公爵の金を横領していた証拠だった。
「ナニエル様が戻られたら、クーイラサ様がその寝室に忍びこむことになっていました。既成事実を作り、クーイラサ様がナニエル様の奥様になるように、と。だから、お嬢様はナニエル様が屋敷に帰る気がなくなるようにされていたのです」
「母さん、俺にはメッツア様がナニエル様に酷いことをするからって、手紙に書いてきたよね?」
「何故かクーイラサ様にそう書くように言われていました。お嬢様もナニエル様だけは何としても守りたいと仰られて…、私は心を鬼にして帰ったらメッツア様に何をされるのか分からないから、と息子のエタサに手紙を書き続けました。本当のことを書きたかった。書いたのがバレたらお嬢様がどんな目に遭わせられるのか…。ナニエル様までメッツア様を信じて下さらないなんて、お嬢様にどんなに頼まれても書かなければよかった」
エタサの母親マギーは顔を覆い泣き出した。エタサは嘘だろと頭を抱えていた。メッツアはエタサにとって恨むべき対象であり哀れむ者ではなかった。
ナニエルは茫然と泣き出すマギーを見ていた。
「お嬢様は商品でした。王族の血を引く娘を抱くことが出来るとバベラ様は客を取っていました。クーイラサ様も同じようにご自身が連れてこられた客の相手をお嬢様にさせていました。客には裏の業界の者たちもよくお見えになっていました。お嬢様が相手にしないと、私たち使用人をその者たちに売り払うと脅していました」
料理人のベンは、青白い顔で震えているクーイラサを睨み付けて怒鳴るように言った。
「お嬢様はあたいに隠れるように言って、バベラ様の部屋に行った。そこで何をされるか分かっているのに。もう自分は汚れているから大丈夫だと言って…」
侍女ナタリナは声を喉に詰まらせてそれ以上話すことは出来なかった。
「メッツア様はクーイラサ様に言いがかりをつけられていた私を助けてくださったのです。クーイラサ様はサライス様と私が賞を取ったことを不服と思われていたようで」
「あれは先生が決めたことで」
伯爵令嬢カレンは今にも泣き出しそうな顔をしていた。カレンはサライスとペアを組み、ダンスで学園の大会で優勝したことがあった。ペアは担当教師が決めたことであり、サライスが言った通りカレンが望んだものではなかった。
「メッツア様が止めて下さったのですが、去り際にインク瓶を投げつけてきて…」
「あの時の…」
「ええ、クーイラサ様がメッツア様が私にインク瓶を投げたと叫ばれて。申し訳ございません。メッツア様に口止めをされて。本当のことを言えば、クーイラサ様が私に何をするかは分からないから、と」
カレンの目からポロリと涙が溢れた。そして、一通の封筒をサライスに差し出した。そこには『言ったら殺す』と書かれた紙が入っていた。その字はサライスが見慣れたクーイラサのものとよく似ていた。
「ぼ、ぼくは、人目のない所でクーイラサ様がメッツア様に文句を言っているのを見ました。もっと虐めなさいよ、て。やり方がヌルイとメッツア様の足を踏みつけていました。違う日には、痛かったじゃないとメッツア様を叩いていました」
「何故、それを私たちに言わなかった」
ランスの言葉に子爵令息ムンタは首を横に振った。
「言ったら信じてくれましたか? サライス様はクーイラサ様だけが正しいとしていらっしゃった。誰が見てもクーイラサ様が悪いことでも嘘だと断言して」
名指しされたサライスはそうだったか? と目を游がせている。確かに誰かがクーイラサを悪く言うとそれは間違いだと黙らせていた覚えはあった。それがどうしてかを確認もせずに。
「ぼくに気づいたメッツア様が危ないから見に来てはいけないし誰にも言ってはいけないと……」
ランスは難しい顔をして顎に手をやった。
彼らの話が真実だとしたら、彼は間違った判断をしたことになる。慎重に吟味しなければならない。今一度メッツアから詳しく話を聞く必要もある。手を上げて近衛兵を呼ぶとメッツアの様子を見に行かせた。
サライスは聞いた話は信じられなかった。いや、最初から信じる気などなかった。けれど、カレンから渡された手紙の文字がクーイラサのものとまったく同じに見えて嫌な感じが消えなかった。
ナニエルは姉が無実だと喜んだが、姉が受けていた仕打ちに声を失っていた。そして、クーイラサの言い分を信じ姉を信じられなかった自分を許せなかった。
エタサは母の告白をどう受け止めていいのか分からなかった。母を信じたい、けれどもクーイラサがそんなことをしていたとは信じたくなかった。
ハミルは………、ハミルはただ面倒だという顔をしていた。
ランスたちは、一緒にいるクーイラサを見た。
クーイラサはピンクブロンドの髪を揺らしながら、弱々しくそれでもはっきりと違うと否定した。
「み、みなさん、メッツア様は捕まったから、もう大丈夫なのですよ」
メッツア様に脅されているから、そう言ってしまうのでしょう?
彼らに優しくクーイラサは問いかけた。
「お嬢様が捕らえられた、だから、言えるのです」
声を揃えて、彼らは言った。
「「「お嬢様は安全な牢屋の中にいらっしゃいます。私たちがタナビタ子爵親子の罪を暴いてもお嬢様が危害を加えられることがありません」」」
クーイラサはワナワナと唇を震わせた。
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