矢崎花蓮①
「この間はありがとうね」
麗奈が私の部屋に入るなり言った。
一昨日の清瀬の夏祭りの事を言っているのだろう。
「ううん。楽しかったよ。一緒にお祭りに行けて嬉しかったし」
「それならよかった」
今日は特に何をするわけではない。
二人とも時間が空いているので、集まっているだけ。
でも私はこの夏に一つやりたいと思っていることがあった。
来年の夏休みは高校受験で忙しくなる。今年の夏休みは楽しむしかない。
「ねえ夏休みが終わるまでに映画でも観に行かない?」
私が麗奈に提案した。
「いいね。なにか観たいのある?」
「サマーウォーズが観たい」
今月の初めに公開されて、すぐに話題になっていたし、細田守監督の時をかける少女が大好きなので観たいと思っていた。
「あ、それ私も観たいと思ってた」
「本当? じゃあ日程決めちゃおうよ」
「そうだね……」
急に麗奈のトーンが変わる。
「何かあった?」
「う、うん。私、佐井君に勉強教えてもらうことになったんだ」
呼び方が、“さん”から“くん”に変わっている。
「なにそれ? すごいじゃん」
「昨日うちのお母さんに、お兄ちゃんを借りたことでお礼に来てて、その時にそんな話になった」
私の知らぬ間に、いきなり急接近したようだ。
麗奈がなんだか遠くに行ってしまったような気持ちになった。
「でも麗奈、成績悪くなくない?」
「う、うん……」
「で、どうする? 映画やめる?」
「ううん。大丈夫。毎日じゃないし。観に行こう」
「じゃあいつにする?」
「いつでもいいよ」
麗奈はいつも自分で決めない。
普段は全然気にならないけれど、今日はなんだか鼻につく。
「あ、そうだ。私ね、昨日同じクラスの小柳君に告られたんだ」
「え、そうなの!?」
あまり感情の動きが見えにくい麗奈が、わかりやすく驚いている。
一昨日のお祭りで私を小柳君が見たらしい。前々から私のことを好きだったけれど、一昨日の浴衣姿を見て、告白することにしたらしい。
それで昨日呼び出されて、告白された。
「答えは保留してるんだけどね」
「そうなんだ」
「まあ付き合おうかなって思ってる」
本当は誰にも話さずに終わらせようと思っていた話だ。
でも今の麗奈を見ていたら、言いたくなった。
麗奈が遠くに行ってしまうのなら、私も違うところに行ってやろうと思った。
麗奈が佐井さんに浮かれているなら、私は私で彼氏でも作って学校生活を楽しんでやると思った。