坂浜恵美④
「やるじゃん!」
ホームに着くなり涼子がばしっと私の肩を叩く。
「ちょっと、やめてよ」
そう言い返すも私は笑みを浮かべているだろう。
「巻き添え喰らったけどな!」
呼び名のことを言っているのだろう。
「だって恥ずかしかったんだもん」
「まあね。三人でいたのに恵美だけがそうなるとなんか変な感じだよね」
「うん。そう思ったから涼子も道連れにした」
「道連れって。じゃあ今日は恵美を私の家に道連れにするから」
「え?」
「泊っていきなよ。いろいろ話しよ」
「う、うん」
本当になんなんだろう、涼子って。私が男子だったら完全に落ちてる。
あるいは涼子が男子だったとしても、私は好きになってしまっていただろう。
見習いたいけど、出来る気がしない。
電車が来るまで時間がありそうだったので、親に電話をして、涼子の家に泊る許可をもらった。
涼子は涼子で私を泊めることの許可をもらっていた。
今夜は長くなりそうだと思った。
□◇■◆
昨日の夜はいわゆる恋バナで盛り上がった。デートはどこに行きたいとか、理想のシチュエーションだとか。
涼子は好きな人がいないらしい。本人曰く、そんな気になれないらしい。
ここぞとばかりに、いろいろ聞いたけれど理想が高いわけでもない。ただ単にいい人がいないということか。
それ以外では安くていいコスメの話だったり、嵐の曲についてだったり。
「お待たせ」
先に起きて朝の用意をしてくれていた涼子が部屋に戻ってきた。
「ありがとう」
「いいえ。はい、パンと紅茶ね」
ローテーブルに涼子がブレックファストを並べていく。
世の男子は気が付いていないのか、こんなにいい女が完全フリーなことを。早い者勝ちだぞ? 早く誰か気が付けよ。
あ、幸助君以外で。
「何から何までごめんね」
浴衣姿だった私は涼子に服を借りていた。サイズが同じくらいだったので難なく着られた。
それにお風呂まで入らせてもらった。
「気にしないで。私が強引に連れてきたんだから」
「そんなことないよ」
「ううん。いいから食べよう」
二人そろって手を合わせ、「いただきます」というとパンにかじりついた。
涼子がテレビをつける。長峰家はまだ地デジに移行していないので、テレ東が12chだ。
テレビを見ながら涼子が笑っている。
そんな横顔を見ながら暮らすと毎朝こんな感じなのかなと妄想する。幸せだと思う。
うん、これは見習おう。涼子のこういう雰囲気を習得しよう。
「恵美、今日は暇なんでしょ?」
パンを食べ終わったころ、涼子が言った。
「うん」
「じゃあ佐井君……じゃなかった、幸助君とのデートを決めよう」
「え、もう?」
「もう? じゃないよ。悠長にしていたらもう夏休みも終わっちゃうよ」
「昨日ガストでまだ二週間もあるって言ってたじゃん」
「状況が変わったの」
「そ、そうだけどさぁ……」
「それじゃあ今日はこれから恵美の家に行こう。着替えたいでしょ?」
「まあね」
「ほら夏休みはこれからだよ」
「もうわかったよ」
軍師がそう言ったら従うしかない。
私は急いで、出発の支度をした。
この涼子は見習わなくていいなと思った。