坂浜恵美③
誰が決めたか知らないけれど、花火の最後は線香花火と決まっている。
先客の家族は先ほど、疲れ切った子供たちを背負って帰っていった。
「誰が最後まで生き残れるか勝負ね」
涼子が言う。
「いいよ」
佐井君はそう言うと線香花火を配った。
三人で同時に火をつける。
ばちばちと小さくて力強い音を立てて幻想的な花を咲かせる。
「あ、落ちちゃった……」
涼子が一抜けした。
無言。
線香花火の音と、公園の前をたまに通る車の音だけ。
「あ、坂浜さんの勝ちだね」
佐井君の火が落ちる。
「うん。ねえ、私が勝ったから、佐井君、私のこと恵美って呼んで?」
これで勝ったら何かするとかそういう話ではなかったけれど、きっかけは何でもいい。ここしかないと思った。
「恵美? そう呼ぶの?」
「うん。私は幸助君って呼ぶ」
「わかったいいよ」
幸助君の同意を得て役目を終えたとわかったのか、私の火がぽとっと落ちた。
涼子は気を利かせてなのか少し離れたところにそーっと移動していた。
「まだ数本残っているから全部やっちゃおう」
離れていた涼子にも幸助君は声をかける。
「ねえ、涼子のことも涼子って呼んだら?」
私が幸助君に言った。
「え、私? え、なんで?」
「だって私だけってなんか変じゃん」
「まあ、そうだけどさ……」
私のキラーパスに戸惑う涼子。
「じゃあわかった。三人で下の名前で呼び合おう」
幸助君がニコッと笑って言ってくれた。
それには涼子も「うん」と同意するしかなかった。
軍師の命令の一つを完了させたことで私の気持ちは楽になった。
さっきの線香花火とは違って、話しながら楽しむことができた。
「さっきの子供たち可愛かったね」
「うん。いい思い出になっただろうね」
そんな私と幸助君の会話をにやにやしながら涼子が見ている。
「そういえば、私の両親って大学生のころに一緒に花火して付き合ったんだって」
言ってからすぐにはっと気が付いた。結構大胆発言だったかもしれない。
遠回しに付き合おうって言ったような気がしなくもないかもしれない。
「そうなんだ。なんか素敵だね」
幸助君は変に受け取らず、いい話として聞いてくれたようだ。
ちらっと見たら、涼子は目を大きくしていた。
「あ、ありがとう。幸助君は両親のそういう話聞いたことある?」
話を私の両親からずらす。
「いや、聞いたことない」
「そうなんだ。聞くと結構面白いよ」
「えー私はなんか聞きたくないな」
涼子が言う。
「そうなの? 面白いのに」
「なんか恥ずかしくない?」
「私はそんなことないかな?」
「そっか。まあ恵美って親と仲いいもんね」
「別に普通だと思うんだけどな」
幸助君は私たちの会話を楽しそうに聞いてくれている。
無事に話が逸れたようだ。
最後の線香花火の火が落ちる。
これで花火は全て終わり。
ろうそくの灯を消して、ごみを回収する。
家が近いからと言って、幸助君がごみを持って帰ってくれることになった。
そういう優しさが好きだ。
「まだ電車があるから、駅まで送るよ」
「ありがとう」
二人で幸助君の提案に甘えさせてもらった。
ふれあいどーりではない道を歩く。この道の方が早いらしい。
「ねえ、幸助君」
私は今日でだいぶ話しかけることに抵抗がなくなった。
「なに?」
「夏休みってこの先予定ある?」
「そうだね。なくもないけど、まあ空いてるよ」
「それじゃあまたメールする。予定が合ったらまた遊ぼう」
「うん、いいよ」
涼子は幸助君との会話には入ってこなかった。
後ろをついてくるだけ。気を使ってくれている。
清瀬駅に到着した。
「突然、声かけちゃってごめんね」
涼子がぺこりと頭を下げる。
「ううん。気にしないで。楽しかったから」
「よかった。ありがとう」
「幸助君、今日はありがとう。またメールするね」
私もお礼を言う。
「うん。わかった」
「それじゃあ」
「うん。ばいばい。おやすみなさい」
そう言って幸助君は手を振ってくれた。
私たちは手を振り返すと、階段を上がり改札を抜けた。