古敷谷史夏③
「もしよかったら、帰りがてら清瀬を案内しようか?」
不意に佐井君がニコッと笑って言った。
「え、う、うん」
なんだか断れなかった。
「じゃあちょっと待ってて。自転車取ってくる」
私の返事を聞くと佐井君は小走りで去っていった。
駅前でポツンと待つ。
寂しいわけではない。嬉しいって事でもない。
わからない。
夏だからかな? なんだか温かかった。
「お待たせ。それじゃあ行こうか」
「うん」
自転車を押しながら歩く佐井君の隣を歩く。
今日は学校の席とは違い、左側に佐井君がいる。
駅前の商店街を歩きながら「本はここで買ってる」とか「ここの洋食屋はナポリタンがおいしい」とか説明してくれて、私も一応「へー」とか「そうなんだ」とか相槌を打つけれど、あまり耳に入っていない。
夢見心地な気分というか、もやがかかったようなふわふわした気分というか、なんか変な感覚だ。
「あ、そうだ!」
商店街を抜けたころ、佐井君が思い出したように言った。
「はっ! 何?」
一瞬にして頭がクリアになる。
「古敷谷さんって転校してきたでしょ? 宿題の範囲って習ってるところかな? 気になってたんだよね」
「あ、確かに。全然チェックしてないや」
「じゃあもしわからなかったら言って。教えるよ。家近いし」
そう言って佐井君は連絡先を教えてくれた。
「あ、ありがとう」
私も連絡先を教える。
自然に交換した形になる。なかなかのテクニシャンだな。
商店街を抜けた後は住宅街になるので、町の紹介はなくなった。その代わり佐井君は自分についていろいろ話をしてくれた。
お姉さんがいて、その影響でロックミュージックが好きらしい。
あとはミステリー小説が好きらしい。最近、横溝正史の悪魔の手毬唄を読んだと言っていた。
私もそれは石坂浩二が金田一耕助を演じていた古い映画を観たことがあった。
「観たの? 俺も観たんだけど、映像だと死体発見現場がより神秘的だった」
「あ、なんかわかるな、それ。不謹慎だけど、そういう気持ちわかる」
「本当? こういう気持ち共有できる人あまりいないから嬉しいな」
なんだか話をしていて安心するというか、落ち着くというか、ホッとする。
話をしていたらあっという間だった。
佐井君は家の前まで送ってくれて「何かあったら連絡して」と言って帰っていった。
見えなくなるまで玄関の前で佐井君の後ろ姿を見ていた。




