古敷谷史夏①
「古敷谷史夏です。これからよろしくお願いします」
私はD組のみんなに深々と頭を下げて挨拶をした。
「はーい。それじゃあ古敷谷さんはサイ君の隣の席についてください」
担任の先生は男子生徒の隣の一番後ろの窓際の席を指して言った。
私は指示された通りその席に座り、教科書を机の中に入れた。
「サイです。人偏に左で佐、と井戸の井で佐井。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
声をかけられて少し驚いたけれど、自然で嫌な感じがしなかった。
新たなる学園生活で不安はあったものの、佐井君のおかげでとりあえず何とかなりそうだとポジティブな気持ちになれた。
父の転勤で気持ちの整理もつかないまま引っ越しをしてこの学校に転入した。
よりにもよって夏休みの直前に。
転勤自体は両親から話を聞いていて、当初は夏休み中の引っ越しで、二学期から新しい学校に転入することになっていた。
それが会社の都合でばたばたと前倒しになり、夏休みまで三日前というこんな変な時期になってしまった。
父は一時的に単身赴任でもいいと言ってくれたけれど、引っ越しは一度の方が楽だという話になり、こんな結果となった。
私は三日くらいサボらせてくれと両親に訴えたけれど、新しい環境になじむために早い方がいいと言って、許してくれなかった。
それに夏休み後の転校だったら、宿題が無くなるのではないかと思って期待していたのに。
まだわからないけれど、もしかしたら、この学校で夏休みの宿題を出されてしまうのではないかと不安になっている。
「最初の授業は数学だよ。わからないことがあったら聞いてね」
隣の佐井君が気を使ってか声をかけてくれる。
「あ、ありがとう」
私たちのやりとりを斜め前に座っている、女子が睨むように見ていた。
□◇■◆
「ねえねえ、珍しい苗字だね」
休み時間になると数人の女の子たちが話しかけてくれる。
「うん。千葉県に苗字と同じ地域があるんだよ」
一通りみんな自己紹介をしてくれた。
必死に覚える努力をする。
さっき睨んできた子はマイちゃんと呼ばれていた。漢字はまだわからない。
佐井君は男子の友達と話をして過ごしている。
男子の名前はとりあえず女子の名前を憶えてから。
みんな優しく接してくれるので、この学校にもなじめそうだと安心した。
ただ悲しいことに、私の懸念していたことは的中してしまった。
数学の授業で夏休みの宿題を出されてしまったのだ。
宿題を出されたときに「転校してきたばっかりなのにごめんね」と数学の先生が私に言ったけれど、それなら免除してよと心の中で叫んだ。
私は夏休みの宿題をためてしまうタイプ。この数学の問題集も後回しにしてしまうだろう。
でも今年の夏休みは友達もいない状況だし、することもないのでもしかしたら真面目に宿題に取り組むかもしれない。
「どこに住んでるの?」
エリちゃんがうわの空の私に聞いてきた。
「え、あ、清瀬だよ」
「じゃあ佐井君と同じじゃない?」
チカちゃんが言う。
「そ、そうなんだね」
佐井君も清瀬に住んでいるらしい。
そんな佐井君はいつの間にかマイちゃんと話をしていた。というより、マイちゃんが一方的に話をしているような感じだ。
マイちゃんは佐井君を下の名前で呼んでいるようだ。仲がいいんだな。
キーンコーンカーンコーン
チャイムが鳴るとそれぞれが席に着く。
たまにこの行動が、統率のとれた軍隊のようだと思うことがある。
って尾崎豊じゃないんだから。




