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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Final Act:魔法少女オーバーキル
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第12話

 赤石永秀は夢を見ていた。

 いや、あるいはこれは現なのかもしれない。


 どちらにせよろくでもないことに違いはない。

 夢であれば醒めてくれと切願するし、現であれば全てを忘れて夢の中に没頭したいと切望する。


 真実はきっと己の内にある。内にしかない。

 自分はいったい何がしたかったのか。何を望んでいたのか。どこで歯車がズレたのか。


 最初は、自分の工場の存続のためだった。

 それに前後して、誰かを恨んだことも、憎んだこともない。

 たしかに父は約束を守って工場を潰さなかった。だが、その先には自分の裁量では如何ともしがたい現実が待ち受けていて、守りたかったものを見放した。


 いつだってそうだ。父親にしても、兄にしてもそうだ。

 裏切られたのではない。裏切り、見限ってきたのはいつだって自分だ。


 だから、こうなった。

 誰からも自分から離れていく。見捨てられる。


 痛みはなかった。

 ただ暗黒の嵐が自身の魂魄を秒単位で削り取っていくのを、どこか遠いところから眺めて、ゆっくりと存在が薄らいでいく。


 だが、それでも想うのだ。願うのだ。

 本当にしたかったことは、なりたかったものは、と手をぼんやりと押し伸ばし。


(ほんとう、は)


 誰かに、知ってほしかった。わかってほしかった。

 自分の苦しみを、痛みを。

 身勝手なのは分かっている。求める資格などないことも。悪いのはみずからそれを表さなかった自分自身だ。


 それでも、誰かと分かち合いたかった。見て、欲しかったと、思う。

 誰かにとっての、誰かになりたかった。


 だがもう、良い。

 疲れた。すべてに。これが報いというのなら、甘んじて享けよう。


「叔父さんっ!」


 だが、その声が肯定する。彼が自分にとっての何者であるかを。

 同時に否定する。その痛みの伴わない安泰な終息など、決して贖罪なのではないと。


 そして白くか細い手が、闇の帳を打ち払って伸びる。


 ・・・


 空間を跳躍。装甲を透過し、中枢へと至る。

 赤石千明は叔父を見つけ、手を伸ばす。

 かつて黒煙の帳の中で差し伸べられた少女は、同じように肉親へと掌を突き出した。

 だが、虚ろに持ち上がった叔父のその眼が拒んでいる。

 すでに半身は機械と陰とに取り込まれ、口も血管のごときコードに絡め取られて答える言葉もないが、黒く淀んだ双眸はあからさまに救済を拒絶していた。


 千明と彼との違いがあるのなら、そこなのだろう。

 自分は二度そう問われ、人類の領域の外に出ても生きんとした。

 彼は超常の存在の手助けを必要とせず、従容と死を受け入れようとしている。


 だけれども、赤石千明はネルトラン・オックスではない。

 あの少年に助けられ、色々と経験して彼とはいずれ道を違えると知った。


 彼は、職人(マエストロ)だ。

 きっと、どこまで行っても、何を想おうとも、自身の本道を貫くのだろう。


 自分はどうだ?

 魔法少女になる前のこと。なって色々学び得たこと。それらをひっくるめて、色々と悩みもしたし散々に苦しみもして、苦しまされもした。今もこうしてチキンな心がフラついている。


 やめろ、と再度叔父の心の音が届く。

 俺は、親の仇だろうと。お前を欺き、裏切り、そして再び殺そうとしただろうと。

 あるいはそれは、内にくすぶるあの事故の業火のささめきであったのかもしれない。


 それでもやはり。

 フラついていて一見枝分かれしているように見えても、やはり差し込む道は一筋だ。少なくとも、今はまだ。

 自分が生きるために魔法少女になり、目の前の命を救うために魔法少女になる。


 赤石永秀だってそうだ。

 色々思い悩んでいるように見えて、いくつもの面を持つようでいて、やはり本質はひとつだ。そして、やはり自分と彼とは、どこか似ている。だから今もなお心のどこかで共鳴している。


「僕は……僕もずっと言えなかった」

 しょっちゅう転校することも嫌だった。両親とまともに触れ合いたかった。

 そんな両親でも、本当は助けてほしかった。

 ネロに本当のことを自分から打ち明けて欲しかった。自分に踏み込んで欲しかった。


 そうして踏み入れた道程には、いろんな人がいた。主に悪党がいた。

 少女ひとりを殺すのに重機を引っ張り出してくる暗殺者たち。

 クレーンをブン回して迫るそのボス。

 走って撃ってバスに追いついて来る殺し屋。

 旧友への未練のために世界を渡って大炎上させてくる王様。

 巨大なハンマーをトンファーに変形させて襲ってくる銀行強盗。

 墨汁で怪物になれる少年。人間ドローン部隊。徒手空拳でビルを破壊し、人を殺す武道家。

 突然味方面で巨大兵器と単身渡り合う警察署長。


 仕事の出来のためなら国家犯罪者にも平然と身を落とす、秘密主義者の『職人』。


 あらためて言葉に表してみると誰も彼もがメチャクチャで、けどそれぞれに自分の信念のために突き進み、きっと今後もそういう手合いは何度となくその前途に現れるだろう。


「だから!」

 手を引っ込めようとする叔父を掴む。


「そんな『やりすぎ(オーバーキル)』なヒトたちがこれからも戦うことになるならっ! そんな人たちのために関係のない誰かを目の前で苦しむことになるのならっ! 僕もそこまで踏み込んでいくッ」


 振り払わんとされた腕を、さらに一歩踏み込みあらためて掴み直す。渾身の力を込めていく。


「おっかなびっくりな僕にとってはきっと、それが丁度いいんだ!」

 ありのまま、魂が命じるままに、腕を引き上げ、奥歯を噛みしめながらも喉を震わせ強く名乗った。




「僕は、魔法少女オーバーキルだ!」

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