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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act4:因果と侠悪
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第6話

 結局糾弾らしい糾弾もできず、ただ関係だけを悪化させて赤石永秀は嵐のように去っていった。


 表面上は相手の雑言など歯牙にもかけない、という体で聞き流し、ブルーノはにこやかに手を振って彼を見送った。


 足音が遠ざかっていく。他の喧騒にかき消されるようになり、気配もやがてなくなった。


「……やってられっか!」

 次の瞬間、『ファミリー』のボスは嫌悪感を剥き出しに、手元にあったボウルを地面へと投げつけた。


 そうやって空けたテーブルのスペースに腰を半ば預けるようにして、タバコをくわえる。

 だがポケットをまさぐっても、ライター類が見当たらない。


「おい、セリア……セリア!」

 乱暴に呼ばわる。

 戸惑うコックたち、もとい構成員らの間をすり抜けるようにして、ひとりの少年が進み出た。

 目元が正しく見えないほどの分厚い眼鏡。だが白磁(ボーンチャイナ)のような美しく透き通った肌と、形の良い眉をしている。軽く波打つブルネットも、その美貌を引き立てる役者として貢献していた。

 瑕瑾ともいうべきか。眉の上のあたりに細かい裂傷の痕が残っているが、ツレの女によるとそこもまたセクシーだという。

 ただでさえ陰気で無口なのに、そこがなおのこと、気に食わない点でもあった。


「火だ、火」

 ブルーノはライターをつけるようなしぐさを見せた。


「キッチンで喫煙はおやめください。料理に臭いが」

 少年が眉をひそめつつ抗弁をするのを、ブルーノは頬を張って遮った。

 乾いた音が静まり返った厨房に響く。あまりに強く打ったものだから、少年の頬は腫れ、口の端は自身の歯で切って出血を起こしていた。

 だがこれでも穏当な処置だとブルーノは信じていた。

 今は最高に気分が悪い。もし手元にあれば肉切り包丁でも叩きつけていただろう。


「ボスの言ったこともマトモに聞けねぇ腐った耳切り落として、コンキリエと付け替えるぞ?」


 そう脅しつけると、ようやく少年の手が動いた。だが感情の行方はレンズの奥に在って分からないままだ。他の者は皆委縮して、ブルーノが一瞥をくれればあわてて自分の作業に戻るというのに。

 ブルーノは舌打ちして、渡されたライターにくわえたリンダを近づけた。


 まったく真面目(セリア)とは我ながらよく名付けたニックネームである。

 名前は、たしか名乗っていたはずだがいちいち覚えていない。彼がこんな島国の下部組織の長として『組分け』されるにあたって、寄越された若い准構成員(アソシエーテ)のまとめ役だった。今のように気が利かない、使い道がないということで、せいぜい小間使いとして使ってやっている。


 もっとも来日してわかったのだが、セリアというのはこの国ではどうも安物のディスカウントストアのブランド名として知られているらしい。そこも我ながら皮肉として気に入ってる点だった。こんな奴、いくらでも替えがきく安物の消耗品だ。


「良いんだよ、どうせこの国の猿どもなんざ、メニューに適当に産地書き加えときゃ、有り難がって食う。ニコチンの灰だって、珍味だと喜ぶんじゃねぇのか?」


 ブルーノはそうせせら笑った。

 昨今の人道家たちが聴けば青筋立てて怒るであろう罵詈を、他の者たちは俯いて聞き流すしかなかった。


「でも支部長」

「あ?」

「いやボス。『破城槌』をけしかけたのは、ちょっとまずかったんじゃないですかね。捕まってますし、あんな素人にも尻尾掴まれちまってます」

「良ンだよ、別に」


 部下の問いかけに紫煙を燻らせながらブルーノは言った。


「捕まることは想定内だ。依頼したのがオレらだってバレんのもな。……ブツが、銀行にないことだって分かってたさ」

「ないんすか? じゃあなんだってまた」

「これであの澄ましたジジイの様子を見る。どっかに隠し場所を移すか、警戒を促すか。いや面白いことにチアキがうろちょろし始めてるんだ。もっと面白い展開になるかもな」

「でもですよ、今までこの組織って協調路線取ってたワケで、なんで今になって宗旨替えを?」

「まぁ、色々と読みがあってな。とにかくお前らはオレを信じりゃ良いんだよ」


 そうぞんざいに言い放った時、自身のスマートフォンが鳴った。


「チャオ? ……どうした急に……なにっ、ホントか!? あぁ、あぁわかった! じゃあ手筈どおり『席取り』を頼む! こっちはこっちでさっさと片づけるからよっ」


 もたらされた急報は、彼に喜悦と焦燥感を同時にもたらした。

 こうなっては一秒とて惜しいと通話を切った。


「……あの、ボス?」

「本家のドンが、今病院で死んだってよ」

「えっ」


 構成員は、みずから電話の内容を聞いておきながら、ぎょっと目を見開いた。

 お悔みを言うべきかどうか、自分たちの上司の顔色を窺う彼らだったが、先のとおり、ブルーノの顔色に悲嘆はない。焦りはあるが、多くを占めるのは歓喜であった。


「来た来た来た!」と手を打ち鳴らしながら、彼はケタケタと笑い飛ばす。


「あのデブが重い糖尿病でもう永くないってのは流れてきてたんだよっ、いくら自分の地位が脅かされるからって人をロクなシノギもねぇ、お友達ごっこしかすることがねぇこんな僻地に飛ばしやがって! 天罰が下ったのさ!」


 故人を好き放題罵ると、わずかに顔を伏せていたセリアを軽く爪先で小突いて退かせ、流し場にタバコを吐き捨て立ち上がった。

 歩き出すと、その進む先と意図を読んで、構成員たちが分かれて整列し、彼の進路を作り上げる。


「そうと決まればこんなトコとはおさらばだ! クニに帰っていい(ポスト)を確保しとかなきゃなんねぇからなっ」

「は、はい。ボスがそうおっしゃるんでしたら」

「でも妙なことで足下をすくわれたかねぇ。『アレ』が手に入って他の連中の首根を捕まえられれば御の字、できなくとも背後で妙な悪さが出来ないよう均衡なんぞブチ壊せば良いッ! アントン、ありったけのソルダートと武器かき集めろっ! シライズミの監視も怠るな、便所に行こうとオンナと寝ていようと逐一報告しろ!」


 まったく前任者は大戦からこっち何をつまらない馴れ合いをしていたのかと、ブルーノは思う。こうすれば早々に片がついて、失敗してもこんな大した利潤を生まない土地から手を引くに十分な口実となり得たではないのか。


 顔さえ知らない彼らに呆れ、嘲りながらも、すでに彼の頭は顕職に返り咲くおのれの未来図で占められていた。




「大きな破綻を今まで経験してこなかった、城塞都市のごとき港街」

 そんな彼の吐き捨てた吸い殻をじっと見つめながら、セリアと名付けられた少年はポツリと呟いた。


「古来、堅城とは内よりの愚者より脆く崩される」

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