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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act3:王と職人と魔法少女とあとついでにJK
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第21話

「確かに、言われてみればその通りだった」

 腕を組んで、ネロは浅く息をつき、ベッドに背を任せた。


「俺の才能ってのは、あくまで混沌期や黎明期にのみ発揮される類のものだ。安定期に入れば無用どころか障りとなるものだ。つまり、グラシャの言い分は概ねでは正しかった。俺が先に気づくべきことでもあった」


 まるではるか未来の歴史家が、好き放題に業績を非難するかのように、彼は自分自身と、見舞われた悲劇について語った。

 ただ、とそのうえでネロは付け加えた。


「あいつも詰めが甘い。もし俺が反論に出たらどうする気だったんだろうな。下手すりゃ世界が二分したぞ。均衡のため、多少の流血も止む無しとでも考えたんだろうか。というか無事に俺を殺したところで、どうせいつかは次の人身御供が必要になるだろうに。イグニシア、お前とかな」


 ズレたような批評をする元公王に、名指しされたイグニシアも、傍聴していた千明も、石を飲んだような顔つきを突き出していた。


「ちょっと待って!? つまり君……そのグラシャってヒトとは何の打ち合わせもしてないの?」

「牢屋の中でどうやって国家の重鎮を呼び出せるってんだ。独断に決まってんだろ」


 何を血迷ったことを、とでも歪められた碧眼は言いたげだった。


「だから俺は、あいつの仕事のフォローに回った。つまりさっさと自白してやって国内外にあった同情や弁護の声を潰し、裁判に対する疑念を解消した。さらにはあえて報復を示唆し、かつ蒸発することで、他の公王やグラシャは俺の影を警戒することになり、互いに攻撃し合う余裕を喪った。ベストではないにせよ、俺はあの状況下でベターな仕事をしたと思うぞ」


 色々な意味で頭が痛くなるようなことを、彼はどことなく誇らしげに語った。しかし聞いている両人は彼との距離をいつの間にか置いていた。

 険しさを隠さず、唇を固く閉ざしていた。つまりは……ドン引きしていた。


「つまり……何か?」


 声を震わせて、イグニシアが自身の口を再びこじ開けた。


「貴様は己たちのために」

「お前らのためじゃねぇ。ああすることが俺の仕事だからだ」

「そんなことはどうでもいい! 貴様はそのために、放棄したというのか!? 国も民も、誇りも、今まで築き上げた名声も信頼も、富も玉座も! それどころか永遠に裏切り者としての汚名さえも被るというのか!?」

「俺の、仕事、だからだ」


 一語一語を切るようにして、ネロは頭を抱えるイグニシアにくり返した。


「『合作』とはいえあの国は、平和は、俺の作ったモノだ。多くの人々に効率よく富を分配するための機構だ。その仕様に、ネルトラン・オックスというオプションが不要と彼ら顧客が注文するなら、俺自身がノイズだというのなら、迷わず最適な処分方法で取り除く」


 千明のような極端な卑下や自虐意識とは違う。

 この少年は本心から、自身が受けた理不尽な仕打ちを当然の犠牲……いや必要経費として勘定に入れていた。


 おそらく、彼はずっとそうだったのだろう。

 ネロの昔語を思い返す。

 選択の余地なく学校を辞めさせられ、家業を、王位を継いだ。その時点で彼は、人並みの幸福だとか青春だとかに見切りをつけて、その運命の中で最前を尽くすことに美意識や充足感を見出したのだろう。

 職人気質だとかいう、その歪な奉仕精神に、歯車のように。


 ――ふざけるな、と思わず口に出してしまいそうになる。

 寸前まで、堪えていた。


「……俺自身が誰かに愛される必要はない。ただ、俺の作るモノが、誰かにとっての幸福であって欲しいって思うだけだ」


 決め手となったのが、彼の言の葉だった。

 表面張力によってギリギリに保っていたところに投じられたそれが、赤石千明を決壊させた。


「ふざっ……けんなぁ!!」


 彼の首元に掴みかかって、千明は押し倒した。

 突然の凶行に呆気に取られる男らをよそに彼女はまくし立てた。


「なにがベターだ! なにが誰かにとっての幸福だ! 人の気持ちなんてこれっぽっちも気づいてくれないヤツが! 自分自身も幸せにできないヤツが!!」


 全てに腹が立っていた。

 ひとりの少年を歯車にしてしまった境遇も、それに気づかななかったイグニシアたちにも、そんな彼を利用しようとしたまだ見ぬグラシャにも、ここまで虐め抜かれても独り満足と納得を得ているネロ自身にも、そんな彼の生き方を図らずも肯定し、継続させてしまった千明自身にも。


 分かっている。

 この怒りは、身勝手で理不尽で、今目の前で困惑しておる当人の気持ちなんてまるで斟酌しないものだ。他の人たちと同じように。


 それでも、どちらかが一方的に与え、一方的に搾取して完結する関係なんて、間違っていると思った。誰かが、少なくともそれを嫌だと思う自分が、声をあげなくてはと思った。


 それでもその声がかたちには出来なくて、それが悔しくて、ポカポカと胸を握り固めた拳で叩く。

 碧眼を眇めたまま、黙ってそれを受けるネロ態度にまた痛々しくて、涙がひとりでにこぼれ落ちた。


 その落涙も自分の勝手なものだと分かっていたから、袖口で拭う。だが、拭ったそばからまた泣いた。


 知らぬうちにネロの手が、腕が、千明の髪や背へと回り、自身の胸の内に抱きすくめた。


 ……本当に、自分にまつわること以外は、腹が立つぐらいやるべきことをしてくれる男の子だった。

 千明はぐずぐずとすすり泣き、やがて彼の身体の中で声をあげて泣いた。


「えええ……話が済んだ頃かなと思ったのになんでヒートアップしてるのよ」


 いつの間に帰ってきていた鹿乃は、部屋の口の縁に困惑の表情を浮かべていた。


「聞きてぇのはこっちだよ……」


 対するネロは、弱り切って苦り切った声を発し、それでも千明を優しく撫でつけていた。


 そんな千明だったが、落ち着きを取り戻すよりも、泣き疲れて眠る方が先だった。

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