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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act3:王と職人と魔法少女とあとついでにJK
31/88

第8話

 赤石千明は、家の手前の公園でブランコを漕いでいた。

 別に青春ドラマ気取って黄昏ているわけではないが、帰ったら帰ったらで、ネロの帰宅を待つ自分の姿が容易に想像できた。


(ていうか、カバンあの場所に置いてきちゃったんですけど)


 感情と青臭さに任せて飛び出した結果、家の鍵も明日の宿題も、すべて高架下に放置されたままになっている。

 かと言ってまたトンボ返りして回収しにいくのも間の抜けた話だ。


 この場合、千明がとるべき行動は限られてくる。

 でへへと情けなくカバンを取りに行ってなし崩し的にネロと一緒に帰宅するか。

 それとも「おいネロ、ちょっとカバン持ってこいよ」と負い目も諍いも忘れて脅しつけるか。


 いずれにせよ、自分はあの追及を水に流し、多少のしこりを残したままに当たり障りなく日常を、上滑りしていくしかないのか。


(謝ろう)


 千明はそう決意した。

 ネロはたしかに酷すぎる事実を千明に打ちつけた。それでも独りよがりで怒っていたのは自分だけで、ネロはいつものネロだった。


 その上で、腹を割って話そうと思った。

 これまでのこと。これからのこと。

 いつかその日が来るのなら、なおのこと。


 千明は一度大きく弾みをつけてブランコを上下させた。そして地に足をつけた。


 大きく火柱があがったのは、ちょうどその瞬間だった。

 千明は初め、自分が地雷でも踏んだのかと思った。あるいは魔法の暴走か。


 だが考えていたほど近い爆発ではなかった。音が、彼女に距離感を錯覚させたのだった。

 だが、その方角に、何があるか、誰が残されていたかは、すぐに察した。


「ネロ……!」


 危難は多いこの街だが、このタイミングで、あの地点で、害を及ぼされるのは、あの少年以外にいない。


 千明は身を翻し、元来た道を辿った。


 ~~~


 つい十分たらず前、そこは平穏なバスケットコートがあったはずだった。

 だが、今そこにあったのは純然たる爆心地だった。くすぶる火。コールタールの融ける、肺が焼けつくような臭い。靴越しにさえ火傷を負いそうなほどに熱した地面。

 現実的な嫌悪感と、フラッシュバックする過去の事故の記憶が、千明を苛んだ。


「何、これ……」

 覆った口から思わず声を漏らした彼女は、正面を向いた瞬間、

「何、あれ……」

 と、まったく同じオクターブでもって問い直した。


 正面にいたのは鉄の鬼。いや、プレートメイルで二メートル近い全身を覆った騎士の姿だった。

 赤褐色の装甲。関節部にあしらわれた歯車。首元を朱色のマフラーが保護している。討ち取った悪魔か邪竜の首級をそのまま籠手にしたかのような腕部には……笛とも鉄柱とも思える、一度見たら忘れようがない、あの武器……。

 姿こそ一新されていたが、背丈といいその得物といい、先に戦闘した彼であることは明白だった。


 世界の枠組みから逸脱した存在だった。

 今までも、人間かどうかさえ疑わしい刺客たちと争っていた。だが、彼らには感じなかった明確な異物感が、そこには存在していた。


 だが感じるのは初めてではない。

 最初に出会ったネロにも、同等の妙な感覚を抱いたものだった、


 切っ先……と呼ぶべきかはわからないが武器の先端には、見慣れたフードのネコのぬいぐるみが貫通されていた。


「ネ、ロ……」

「貴様は……そうか。認識阻害のまじないに守られていたが、あの時の娘か」


 彼もまた、千明ことオーバーキルの正体を悟り得たらしい。

 さして敵愾心は見せないままに、まるで血ぶるいでもするかのように切っ先のそれをぞんざいに振り払い、彼女の足下まで飛ばした。


 傍らのガレキが持ち上がったのは、その時だった。


「ったく、見境なしのバカが……おかげでアバターが台無しじゃねぇか」


 ぼやきながら覗かせた金髪に、千明は彼の名を安堵と驚きを込めて呼ぶ。

 その碧眼が、同居人の少女に一瞥をくれた。


「だから、余計なことにクビ突っ込むなって忠告しただろうが……」

「よっ、余計なことってなに!? せっかくピンチに駆け付けてあげたのにっ!」

「ピンチを悟ったのならなおのことだ。気を遣って遠ざけてやったのに、なぁんでわざわざ戻ってくるかねこの顧客は」


 差し伸べた手は露骨にスルーされた。

 埃を払いながら立ち上がったネロだったが、その彼にそれ以上の文句は言えなかった。

 事の是非はともかくとして、重量感たっぷりの足音が、正面から速度を上げて近づいてきていた。


 千明はほぼ本能からの動きで、ネロの本体をかばう位置に立ちふさがった。


「どけ、小娘」


 鎧の内外で声を反響させながら、大男は低く恫喝した。それは並の人間をすくませるには十分だったが、多くの殺意を浴びてきた千明を退かせるには至らなかった。


「なんだか知らないけど、大切な友達をやらせはしない!」


 そう直線的に言い放った千明だったが、鎧の男はその歩みを止めなかった。


「そうだ。貴様は何も知らんだろう」


 そして、千明に対して理解を示す。ただしそれは千明の啖呵とは、微妙にニュアンスが異なっているように思えた。そして男が畳み掛けた言葉が、千明の反論を詰まらせた。


「友、とその男を呼んだな? では聞こう。その男は、一体何者だ? どこから来て、そこで何を行い、何故この世界に来た?」

「それは……こいつは」

「職人、とでも答えたか?」


 唯一返せそうな答案を、先回りして砕かれる。

 5W1H、いずれにも答えられない自分がいる。彼を弁護できない自分がいる。そのことを悔しく思って口を貝のように閉ざす千明に、また男は一歩強く踏み込み、頷いた。


「そういうことだ。それがこの下衆の常套手段だ。おのれにとって都合が悪いことは何一つ語らず、秘事をおのれのみが独占し、それをもって他人を、当人に自覚を持たせず意のままに操る。そういう男だ」


 ネロは答えない。表情ひとつ、まるで彫刻のように動かさない。

 彼らの視線が、交わった。

 決して友好的とは言えない表情浮かべる彼らのうち、鎧の男が糾弾するように武器をネロの目線へと差し向けた。


「ならば教えてやろう。そいつの本名はネルトラン・オックス。フォングリン公国第七代の王にして……我らの国をすべて支配せんと企んだ大逆人だ」

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