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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act3:王と職人と魔法少女とあとついでにJK
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第6話

「赤石さん、一緒にお昼ご飯食べない?」


 十年近い学校生活の中で、聞いたこともないような言葉が向けられた。

 最初、赤石千明にとってはあまりに現実離れした誘い文句であったために、それが自分に向けられたものだとは思わなかった。


 だが対岸鹿乃は彼女のほうを向いて言ったし、呼んだのは彼女のファミリーネームだ。ありそうでないその苗字は、少なくともこの学年ではひとりしかいなかった。


 自分のことだと知った瞬間、額と背に汗が浮いた。


「ずっと話してなかったし、たまにはいいかなーって。ね?」


 彼女は畳みかけるようにしてまくしたて、千明の机に両手を置いた。

 瞳がぐるぐると渦を巻く。


「――これが」

 ひりつく口を半強制的にこじ開ける。

「これなもんで」

 錆びついたような腕をギシギシと持ち上げて手刀を額に遣る。


「それでは失敬!」


 そうしてにわかに立ち上がると、弁当箱を抱えるようにしてその場を脱兎のごとくに逃げ出した。


 ・・・・・


「ヤバイヨヤバイヨヤバイヨー」


 ひとりぼっちのランチを堪能すべく屋上へ……というのが学園ものにおけるセオリーのようになってしまっているが、数年前に飛び降り騒動があって以来、灯浄湊学園の屋上は一般生徒は立ち入り禁止になっている。

 なのでひとり落ち着ける場所といえば、校舎裏の片隅。


 陽の当たるところではサッカーやバスケの1on1に昼休みの残り時間を費やす生徒たちの影で、千明は頭を抱え、注射前に病室をウロウロ徘徊する犬のように狭いスペースを周回していた。


「絶対正体に気づかれてるよー。じゃないとあんな急に誘ったりなんかしない」

「そうかね」


 フェンスを挟んだ先は、校外だった。車道がありその向かいに住宅街があり、そしてもっと手前には、ネロの仮の姿が立っていた。


「ただのクラスメイトのお誘いだろ。ていうかあの女、お前の友達だったんだな」

「友達!? とんでもない! オラみてぇなのとは天と地との差ほどあるスクールカーストの頂点に位置するお方だよ! お声がけすることさえ許されないっ!」

「オラって……じゃなんで向こうはお前を誘ったんだ?」

「だからだよっ! このタイミングでマトモに話もしてなかった対岸さんが話しかけてくるなんて、こないだの件以外ないじゃん! 本当にナントカ素材って効いてるんだよね!?」

「認識阻害な。そう簡単に破れるわけはないんだが……あぁ」

「あぁってなに!?」


 思わずといった調子で発せられた声に対し、ありったけの疑惑を込めて追及した。


「いや、あの男が転移してきたとき、側に居合わせたんだろ? その時も濃密度の魔力粒子が認識阻害を一時的に微弱にさせたか」

「あの男って……やっぱそっちも知り合いなんだ」

「知り合いであろうとなかろうと、霊力だとか魔力だとかなんざどんな世界にも基本的には発生するもんだ。そこから憶測を立てるぐらいわけもねぇ」


 あらかじめ用意していたであろう遁辞をかまし、ネロはさらりと受け流す。これ以上揺さぶって真実を暴くことは、難しいだろうと千明は直感した。


「ただ、それでバレるかどうかなんてのは、本人の眼力や資質をもってしても半々以下だ。あの娘だって、確証が持てないけどなんとなく気になるから、ちょっと似てる気がするお前にとりあえず当たってみたってところが精々だろうし、確信できたとしても、メリットがあるわけじゃねぇだろ」


 そしていちいちの正論でもって、話をはぐらかす。彼の常套手段。そしていつもの流れに乗るしかなくなる。ずるいヤツだと、心の奥底で罵る。


「まぁ、これを機に話すきっかけになれば良いんだよ。ていうかお前見てくれは良いのに教室で孤立してんのな。何やった?」


 話題転換のためのネタにしてもやたら失敬な物言いとともに逆に彼が問うた。

重苦しい空気を肩周りに背負いながらしゃがみ込み、千明は雑草を見つめた。


「僕だってね、僕なりに色々頑張ったんだよ。でも、現実はいつだってうまくいかないんだ」

「そうなのか」

「そうあれは入学初日!」


 千明は顔を跳ねあげさせた。


「あいさつは元気にハキハキとした! そして自己紹介で小粋なジョークも披露、した!」

「何言った?」

「え?」

「ジョークだ。何言った? あとなんで一瞬言葉を詰まらせた?」


 フードの奥底の青いまなこが、逆さの半月に歪む。それはその時に起こった悲劇を、的確にえぐり抜く矢の鋭さを持っていた。


「……僕は良かれと思ったし、ネタとしてはメジャーなのを選んだんだけどさ」

「どういうネタだ」

「自己紹介が次第に『パプリカ』の島所長の発狂シーン自然にシフトしていくという高等な芸を」

「……」

「いやー最初は地下アイドルモノマネシリーズをメドレーでやろうと思ったんだけどさ。いかんせんやっぱマイナーどころじゃん? ……なんであの場が凍りついたのか、今でもわからない……」


 ネロはしばし項垂れて沈黙していたが、やがてふぅと息をついて脱力した。微笑みながら、言った。


(そうか、お前も頑張ったんだな)

「こいつマジで見た目以外はぼっちこじらせたオタクだな」

「建前と入れ違った本音が辛辣すぎる!」


 自分の想像と組み合わせたネロの態度に、千明は怒った。頰を膨らませ、身を屈したままに彼の視線に合わせて這い寄る。


「だいたい、ぼっちってんなら君はどうだって言うのさ! ネロだってそうじゃん! 僕とさほど歳違わないし、本当なら学校に……!」


 勢いと思いが余ってつい言ってしまって、後悔する。息を呑む。彼の環境が、友人関係を構築することを許さなかったというのは、すでに聴いていた話だった。


 ごめん、詫びるのに手間取っている間に、彼は肩をすくめて答えた。


「まぁ、お察しのとおり学校は中退だ。と言ってもこの亡命が原因じゃないけどな」

「そうなの?」

「あぁ、オヤジが病死したんだ。酒と女に逃げてたロクデナシだったが、それでも家業は俺が継がなきゃいけなかった」

「……ごめん」

「別に気にしてねーよ。必要がないから俺が言ってなかっただけだ」


 一歩遅れて、千明は詫びた。

 だがさして、ネロは怒っているふうに見えなかった。だからこそむしろ、彼の平常心は彼女の罪悪感を針のように刺激した。


「ネロは」


 その罪悪感と、それでも相棒のことをもっと知れるチャンスを得たというせめぎ合いの中で、千明はネロにそろそろと詰め寄った。


「本当は、学校にいたかった?」


 いや、とネロは短く答えた。そこに虚勢はなく、むしろ何故そんな疑問が出るのかという、不思議そうな響きがあった。


「必要な知識は手に入れた。未練もなかった。あと、俺がその家業を引き継ぐことが、皆の注文だったからな」

「注文って」


 まるで、と言いかけて口を閉ざす。

 このネコは、自分が名乗る通りに()()なのだ。その学生時代においても、今も。


 それ以上、踏み込むことができなかった。

「ちょっと見回りしてくる」と話を打ち切って遠のく彼を、フェンス越しに引き止めることできない。


 自分と彼の間には、様々な地雷が埋まっている。

 それに話せば話すほどに、近づこうとすればするほどに、彼のことがますますわからなくなる。距離が遠くなる。


 世界が隔てているのではない。言語や人種や、文化による違いではない。

 彼と千明が、ネロと彼女の関係が、そういう、ものなのだ。


(でも、それじゃダメだ。いやだ)


 ここにおいて、少女は心を決めた。ずっと自分の中浮いたままに放置していた、今後の彼との関係の方針を、定めた。


 そしてその決起の時は、彼女自身が想いもしないようなタイミングで訪れた。

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