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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act2:ワンショット
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第13話

 港に、人は戻って来ないが静けさが取り戻された。穏やかな波の押し引きを、ネロは気配を探りつつ眺めていた。


「逃げたか。ま、あんだけ痛めつければ追ってはこねぇか。お前のほうは大丈夫か?」


 おぉー、とか。

 はおおお、など。


 お腹を抱えてうずくまりながら正体不明の呼吸を漏らし、痙攣する少女の、いったいどこに安泰の様子があるというのか。


 痛い。力を使い果たして立てない。内臓がねじ切られるような苦しみが、彼女を苛んでいた。

 これほどの激痛に見舞われたのは、小学生の頃の盲腸以来か。


(それでも生きながら焼かれるよりかはよっぽどマシなんですけど)


 ズリズリと地面を這いながら、千明はネロに接近した。



「……あの、浮かんでこないんですけど、まさか死んでるってことは」

「浮かんでくるとしたらそりゃ水死体だな」


 笑えないジョークを飛ばすネコを蹴り飛ばしたくなる。だが軽口に反して、じっと千明を見返す彼の碧眼は、澄んで真っ直ぐだった。


「なに?」

「いや、自分の命を狙った殺し屋を心配すんのな」

「当たり前でしょ」


 いくら理由も分からず殺されかけたとはいえ、こっちが理由もなく殺し返していいという理屈がどこにある。


「こんぐらいで死ぬぐらい可愛げがあったら、バスが沈んだりもこうして水まみれになることも、ヘンタイ武器を握らされることもなかっただろうな」


 あくまで客観的なものの見方なのか、杞憂をなだめているのか。ネロは冷ややかに水面に一瞥をくれた後できびすを返した。あと自信作に対する自分のコメントを、絶対根に持っている。これだけは確実だ。


「しっかしワケわかんないぐらい強かったな。『泰山連衡』、聞きしに勝る武闘派ぞろいだ」

「そう、それ」

「だろ? 正直この世界の人間の質を甘く見ていた。もうちょっと強化ユニットを調整しないと」

「そうじゃなくて!」


 自分の言わんとしていることから脱線しそうになっている彼の言葉を遮る。

 あどけなく目を丸くした彼に、にじり寄りながら睨み上げた。


「なんで、言ってくれないのさ。そういうのが命を狙ってるって」

「来日は調べがついていたけど、お前をターゲットにしているかは確定事項ってわけでもなかったしな。それとも、ヒットマンに命を狙われているかもしれないから四六時中、昼夜を問わず寝る間も惜しんで警戒してください、って打ち明けるべきだったか?」


 彼の配慮はまったくもって正しかった。特に、自分みたいな小心者でナイーブな性格なら、なおのこと。

 ただそれを、理路整然かつ滔々と説明されると反論の余地がないからこそシャクに触るというだけで。


「そういうお前はどうなんだ?」

「僕?」

「俺に隠してることぐらいあるだろ」

「ないよ。……せいぜいスリーサイズぐらいしか」

「77・55・80」

「はっ!? いや、なん、で知っ……はぁン!?」

「採寸してるに決まってんだろ。つーか、んなことはどうでも良いんだよ」


 どうでも良くない。そう声の限り叫ぼうとした矢先、ネロがずいと顔を近づけた。霧がかかったように定かではないフードの中身。黒猫然とした口先の輪郭が、そこで蠢いた。


「お前、気づいてるよな? 自分が誰に狙われてるのか」


 ――千明は、表情をこわばらせた。


「元社長令嬢。お前の親が死んで、一番得をしたのは誰だ? 車に細工をされた跡があったって言ったよな? じゃあそんなマネができた人間は、限られてくる。心当たりがあってしかるべきじゃないのか」


 驚きもない。繕い笑顔も、あえて怒ってごまかすこともできなかった。さっと表情を無にすることでしか、いきなり踏み込んできた彼に動揺を隠すこともできそうになかった。

 もっとも、それは効果があるとも、我ながら思っていないが。


 しかしネロはそれ以上の追及をしなかった。

 彼にとっては当然、千明が深く考えないようにしているその答えを察しているだろうし、そもそもは、この質問を投げかけた狙いは、彼から意識を逸らすためにほかならない。


「いたいのいたいの、とんでけー」

 ネコの肉球が、グローブごしに千明の腹部に触れた。

 古式ゆかしいジャパニーズヒーリングマジックによって、話題が強引に切り替えられた。

 ただ、ネロがそれをやるとたとえ迷信であっても、触れた部分の痛みが、ぽかぽかとした熱を残したままに引いていく。本当はもっと別の理由かもしれないが、その理由をみずからの内に追求することはしなかった。


「……」

 疑いは、ない。

 たとえ彼が欺瞞と独善と作為に満ちていても、それが自分に害を為すのでは、などと疑ってはならない。


 ただ、それでも思ってしまう。

 なるほどネロは、職人かもしれない。あのマスコットが自信とともに標榜するその生き方だけは、信じられる唯一の真実なのかもしれない。


(でも、君は僕を、信じてくれないの?)


 真実を打ち明けるに足る相棒だと。

 どれほ後ろ暗い背景があったとしても受け入れられる度量がある友人だと。


(君が助けてくれるのは、僕がクライアントだから?)


 あぁ、それは……と、俯きながら、かすかに笑いながら嘆きをこぼす。


「寂しい、かな」


 魔法少女のつぶやきは、そのマスコットに聞こえていたのかどうか。

 足を止めずに、そのまま帰途へとついている。

 その小さな影を見て、じくじくと、未だに残る痛みが疼く。


 嵐のごとき脅威は去った。水難も、みずからの力でもって跳ね除けた。


 だが跡に残った疑惑の種は、少しずつだが、芽吹き始めていた。

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