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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act2:ワンショット
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第9話

 波音が、聞こえる。

 泡沫が、たゆたう視界の先で弾けて消える。

 潮流に揉まれ、冷たい水底へと沈んでいく。闇の中へ、質量を持つバスのほうが、千明より真っ先に落ちていく。


(買い物、台無しになっちゃった)


 荷物は乗客の残したものと含めて総て海中へ。財布は服の中にしまったから、変身している間は再構築されているらしいから服の素材になっているらしい。

 だからそこに関しては良いとしても、あんまりだと思う。自分が何をしたというのか。満足に買い物もさせてくれないのか。


 なんで僕ばかりこんな目に。

 未だ冬の気配を残す海水は、少女の思考も暗く冷たいものにしていく。


 仰向けになった彼女の視界に、小さな影が、水面越しの逆光の中で近づいてきていた。ネコの耳を持つ、ちっぽけな姿。念を飛ばし、千明の意識に呼びかけてくる。名をくり返してくれる。


(ネロ)


 少女もまた、茫洋とする意識の底で、呼び返した。


 わかっている。

 本当にそう言いたいのは、あの異世界人の方なのだと。


 彼が地球外生命体にせよ、別次元の知性体だろうと、彼女の周りに起こる事件とは本来、なんら関わりを持っていない。本当に、善意のつもりで首を突っ込んで、そのまま闘争に巻き込まれただけなのだ。

 今だって、こうして千明の判断ミスで入りたくもないだろう海に沈んでいる。


 でも。

 だからこそ思ってしまう。


〈……き……〉


 だったらどうして、彼は自分を無償で助けてくれるのだろうと。


〈おい……あ、き……!〉


 君はいったい、誰なの?

 本当は何のために、この世界に来たの?


〈いい加減起きねぇと首絞めてホントに溺れ死なせるぞ小娘!〉


 恫喝が、頭にダイレクトに響いた。


 そのショックで、赤石千明の意識は完全に覚醒した。


(え? 溺れ……水!? 冷た、塩辛っ!? 海! 海!? 息がッ! 本当に死ぬ、死ぬゥっ!)


 意識が完全に覚醒したのは幸か不幸か。

 我に返ったのも束の間のこと。危機的状況を悟って一瞬でパニックに陥る。口から酸素を大放出し、じたじたと手足をもがかせる千明の周囲を〈たく〉と毒づき、ネロは遊泳していた。


〈ようやく醒めやがって。自分から飛び込んだんだろうが〉


 苦々しげにそうぼやきながら、彼は水中でひっくり返った。逆さまになった顔をずいと近づける。どういう力場のもとにこいつは生きているのか。フードの奥底にある顔に見えるパーツは水中においても変わらず、青く輝く眼光だけだった。


〈けどまぁ、正解か失敗かで言やぁ及第点よ。何せ、求めていたのは水場だ。こいつの独壇場だ〉


 そう言って取り出したのは、例の新型のデバイスだった。自分の要求のために、あらたに作成した二着目の装束が封じられたもの。


「バブバッバッバ、ぼぼっぼぼべぼこべぶぼべぼ!」

〈何言ってんのかわかんねーよ。いい加減、テレパスのひとつぐらい習得してみせろ〉


 ぶくぶくと、泡を吹いて抗議する千明の訴えを、そんな風にあしらいながらも、その実意図は理解しているようだった。球体のデバイスを、千明に向けて差し伸ばす。


 だが掴む直前になって、それは千明の指先をすり抜けた。ネロが引っ込めた。


〈おっとその前に、ひとつお前に言い忘れてた〉

「ボバー!」


 千明は怒号を泡に変えて吐き出した。心肺機能も強化されているのか、これだけ空気を吐き出しても、肺に水が入ることはない。あるいはそれを見越しての、ネロの余裕なのかもしれない。


〈交信能力の発露か、さっきお前の思念がチラリと漏れ聞こえたんだよ。その内容が俺にはどうにも不本意な疑念でな。そこについてあらためて言っておく〉


 不服そうに歪められたターコイズブルーの瞳が、上下逆向きながらまっすぐに千明を捕まえていた。

 意識が遠のくなか、自分はたしかに思った。彼を疑った。


〈俺が何者かって? なぜお前を助けるのかって? 知れ切ったことを訊くんじゃねぇ。すでに何度も言ってるだろうが〉


 ふたりの間に、泡が立つ。燃え盛る炎のように。

 風の代わりに水流が舞い踊り、胸をすっと撫でつける。


〈俺は顧客のニーズに応える。俺を必要としている人間に、必要とされるサービスを施す。契約外のアフターケアだって欠かさない。客の引き起こしたアクシデントも好手に変える。自分と客の理想に近づくために最高の仕事をする。――そう、俺は〉


 もったいぶるように間を置いて、そして改めてデバイスを差し出して。

 でも次に来るであろう答えを、千明はたしかに知っている。さんざん聞いた。

 きっと誇りに満ちた調子で、なんてことのない事実という風に振る舞いながら、それを名乗ることへの強い自負と嬉しさを噛み締めるように、堂々と言い放つのだ。


〈俺は、職人(マエストロ)だ〉


 ……ほらやっぱり。

 苦笑とともに、千明はガラス球をその手に掴む。

 指を重ねて、ふたたび契る。魂も肉体も、を小さなネコに委ねる。

 ――信じる、と。決意をあらたにする。そこに後悔はしないと、何度だって言ってやる。


 淡い燐光が彼女を包み、光はレンズの中で乱反射し、ぐるぐると回転しながら明滅を始めた。

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