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魔法少女オーバーキル  作者: 瀬戸内弁慶
Act2:ワンショット
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第6話

 読者モデルの顔に穴を開けられたそのガイドブックが、衝撃によって舞い上がり、やがて地に落ちた。


 それまで、乗客が動くことはなかった。何が起こったのか、飲み込めず、ただ静寂だけが、木製のグリップを握る東洋人を起点に浸透していく。その射手もまた、正しくターゲットを殺害していれば、混乱の隙に、ごくさりげなくその場から退去していただろう。


 だがその対象、赤石千明は生きていた。

「あばばばば……」

 耳元で白煙をあげる弾痕に顔面を蒼白にし、唇をわななかせガクガクと膝を躍らせながら、目を剥きながら、それこそショックで心臓も止まるんじゃないかというほどだったが、それでも、生きていた。


 彼女以外の誰かが、鉄を引っ掻いたような、調子の外れた叫び声をあげた。

 それを皮切りに、乗客は事態の異常を察して、いや完全に察せぬまでも、肌で危機を感じ取って、本能の訴えるままに足を動かした。


 運転手も我先にと逃げてしまい、後に残されたのは、腰を抜かした少女と、首根にしがみつかれて逃げるに逃げられないネコと、あらためて狙いを少女の眉間に定めた殺し屋だけだった。


 嚥下する。苦い唾が通ると喉がひりついた。

 今までもその身狙われることはあった。だがもしかしたら、命までは取られないかも知れない、という淡い期待をどこかで抱いていた気もする。


 ひょっとしたら本当に何かの間違いではないかと。偶然の事故だったのではないかと。


 けど、(コレ)は、違う。


 明確に殺す気でいる。事故だと言い訳するつもりを感じさせない。

 銃身に光る王冠の彫刻が主の殺意をその溝にみなぎらせているようでもあった。


 ふたたび男が引き金を引いた。

 マズルフラッシュ。次いで硝煙の香り、弾丸。


「ちっ!」


 だがそれらより、ネロの舌打ちと手の方がワンテンポ速かった。

 殺し屋の死角から腕を無理やりに引かれる。身の丈以上に発揮された腕力によって、手すりのカバーに側頭部をぶつけた。痛がっている場合ではない。


 殺し屋が握るその拳銃はコミックで見たことがある。

 シグザウアーP210。装填数は最低でも八発。相当に手を加えられている様子だから、あくまでそれも予測に過ぎない。


 まだ脚に力は出ないけれど、荷物を抱え、転がり出るように座席と男の隙間を滑る。

 殺し屋の動きに、思考に、わずかだがラグが生じる。

 彼の見立てではおそらく、一撃目で仕留められていたはずだ。二度目で確実に当てられる自信があったに違いない。


 だがいずれも外れた。それも、素人の少女ひとりではありえない反応速度と挙動で。

 しかしすぐさま思考を切り替えるのは一瞬だった。三発目が、無防備にさらされた背面を狙う。


「おい、スカートまくれてんぞ!」

「びゃっ!?」


 ネロに指摘されて、顔を伏せてあわてて抑える。その頭頂を、三発目がかすめた。

 言葉で、あるいは手ずから、まるでロボットか何かのように千明を操作したネロは、彼女の前に回り込んで足首を掴んで引いた。


 その向こう側にある、階段へと向かって。

 四発目がそのステップの一部を打ち砕く。


 けたたましい物音とともに、ネロと千明は一階へと転落した。だが痛みはない。

 金髪の少年が、彼女を抱きすくめて下敷きになっていた。


 本来なら、庇ってくれた礼を言うべきなのだろう。だが混乱に次ぐ混乱の状況に加えて、人生で二度目の、肉親以外の異性の密着。無駄に王子様然とした美貌が、息のかかる距離にある。

 ネロにはしっかりと腰骨を抱きとめられ、また彼自身に「緩衝材として期待できない」と酷評された千明の胸は、その胸板に押し当てられる形となっていた。


 口はパクパクと、心の臓はバクバクと。到底そんなことを言える状況下ではなかったが、


「も、もっとマトモに助けらんない!?」


 照れ隠しの悪態だけは、外れた音程ながらもすらりとこぼれ落ちた。


「下手に真実を教えるよりも、適当に吹いたほうがそいつのためになることだってある」


 そんな大人物じみた言葉を吐き捨て、少年は千明の知る同居猫の姿へとその身を組み替えた。


「あの王冠のエングレーブ。たぶんあいつは『ワンショット』だ」

「ワン……なに?」

「大陸系マフィア『泰山(たいざん)連衡(れんこう)』お抱えの殺し屋だ。近頃本国から召喚されたって聞いたが、予測より起用が早いな」


 質問に答える体でこそあれ、このネコは自分のみの中でその問いを完結させている。尋ねたこっちの理解度など、まるで御構い無しだ。


「そんなわけだ。『ノームズ』……あのモグラどもの時と同じだ。適当に逃げてどうにかなる男じゃねぇぞ」


 そんなわけ、というのがそもそも分かっていないが、突き出されたカンテラの意味はわかる。


「戦わない、って選択肢はないんだよね」


 ネロは答えない。

 その問答が無意味だということは、たった今言い添えたばかりだ。


 足音が近づいてくる。歩きながら、必中を期してカートリッジを入れ替えている。役目を終えた空の薬莢が無人となったバスのアイドリングの振動によって階段をビー玉のように無軌道に転げていく。


 千明は、決意した。差し出された『武器』を手に取った。手順に従って角燈のキーを回す。ガラスの『籠』の中で、火の鳥が羽ばたいた。それを左の腰に添えると、革のベルトが彼女の胴回りを巻き取り固定させる。足下で火の粉のような、あるいは紅い羽のような粒子が吹き上がる。舞う。


 それらが付着した髪が青く燃える。長く紡がれる。

 服が内包された術式(プログラム)に、職人の図案によって再構築されていく。熱さは感じない。だが一瞬素肌が晒されるような心もとなさとか気恥ずかしさとか……あるいは火炎に包まれているという光景には、向後も慣れることはないだろう。


 赤いフードが首を保護する。

 スカートの丈は短くなったが、その分敏捷に動けるという妙な自覚が頭の中に刷り込まれていた。


 このコスチュームには色々な効能があるらしい。

 たとえば、事象の連続性における認識阻害だとか暗示だとか……まぁ細々としたことは忘れたが、この場合肝心なのは、求めるのは、ただ一事。


 目の前の兇漢からおのれらを救い、この狂乱を収拾させる、単純な力だった。

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