婚約破棄されてしまいましたわ。
「アーリア・ハリスレッド公爵令嬢。其方と我が息子レオナード皇太子との婚約を破棄する事とする。」
皇宮に呼ばれたアーリアと、その父、ハリスレッド公爵。突然の皇帝陛下の言葉に驚きを隠せない。
「何故ですっ?皇帝陛下。娘に至らない点がありましたか?」
アーリアが声を発する前に、ハリスレッド公爵が怒りの形相で、皇帝陛下に詰め寄った。
皇帝陛下は首を振って。
「アーリア嬢は、厳しい皇宮教育にも音を上げず、良く耐えてくれた。王立学園の成績も常に上位10位に入っていると聞く。」
「ならば何故。」
その時、レオナード皇太子が、初めて口を開く。
黒髪で金色の瞳の美しい皇太子殿下だ。
「私は、10歳の時から、其方しか付き合った事が無く他の令嬢の事を知らない。
幸いな事に、この国の女性は学園を卒業して初めて、婚姻する事が出来る。
それまで時間があるという事だ。だから私は、一旦、アーリアとの婚約を破棄して色々な女性を見て見たい。そして、その中から選んで、卒業パーティの時に結婚相手を発表したいのだ。もし、アーリアが一番ふさわしいと解ったのなら、アーリアを選ぶ可能性もある訳だが。」
アーリアはあまりにもひどい言い方に悲しくなった。
共に過ごした時間は何だったというの?
貴方にとって私って何?
しかし、皇帝陛下の命は絶対である。
アーリアは涙をこらえて頭を下げ。
「かしこまりました。皇帝陛下。皇太子殿下。この婚約破棄受け入れます。」
「アーリア。いいのか?」
「皇帝陛下の命は絶対です。」
「それはそうだが。あまりにもそれは我が公爵家をないがしろにした仕打ち。」
皇帝陛下はすまなそうに。
「申し訳ない。ハリスレッド公爵。我が息子の我儘、許して欲しい。」
「皇帝陛下の命ならば…」
この話を飲むしかなかった。
皇都にあるハリスレッド公爵家に戻れば、母の公爵夫人が心配して出迎えてくれた。
「貴方。何がありましたの?」
「まったく…アーリアが婚約破棄された。皇太子殿下が他の令嬢と付き合ってみたいだと…奴らの魂胆は解っている。我が公爵家が、カルミア公爵家と婚姻を結ぶことを気に入っていないのだ。」
カルミア公爵家は、ハリスレッド公爵家と並ぶ、この国の実力のある三大公爵家である。
カルミア公爵家、ハリスレッド公爵家、シュテンブルク公爵家の三家は、他の貴族の家と比べて、高位貴族としてこの国で権勢を誇っていた。
アーリアが皇太子殿下に輿入れして皇太子妃になる予定だった。
それによって、ハリスレッド公爵家は更に力をつける予定だったのだが、加えて、兄スチュアートがカルミア公爵家のフローリアと婚約をしていて、結婚すれば、更にハリスレッド公爵家は力を着ける。それが皇室には面白くなく、更にハリスレッド公爵家とカルミア公爵家が結ばれるという事にも皇室は嫌がっているようであった。
兄スチュアートがアーリアの傍へ走り寄って来て。
「大変だったな。アーリア。さぞ傷ついたであろう。」
「お兄様。」
悲しくて悲しくて涙がこぼれる。
お兄様はいつだって優しい。そして、その婚約者のフローリアはアーリアに取って、仲のいい親友なのだ。
スチュアートは、アーリアを慰めながら、
「皇太子殿下はフローリアにも目を着けてくるかもしれないな。フローリアは、アーリアと同じ位優秀だ。」
アーリアが黒髪で碧眼の美しい女性なら、フローリアは金髪碧眼のこれも又、美しい女性である。
スチュアートも早くフローリアと婚姻したいのだが、フローリアが学園を卒業するまで婚姻出来ない。
あああ…わたくしは…再び皇太子殿下に選んでもらえるのかしら。
いかに皇妃教育が大変だとはいえ、もし、フローリアが選ばれたら、優秀な彼女はそれを難なくこなせるに違いないわ。
交流はないが、他のクラスのミレーヌ・シュテンブルク公爵令嬢の事も気になる。
成績優秀で、銀の髪が美しい高貴な令嬢だ。さらに彼女は父がこの国最強と言われている騎士団長である。剣技の心得もあった。完璧な女性である。
あまりにもショックが大きかったので、アーリアは、
「一人で考えたいの…。ちょっとお茶をしてくるわ。」
お気に入りの屋敷の庭に面するテラスに行き、紅茶と焼き菓子を用意して貰って、
気持ちを静める事にした。
毎日、共に学園で食事をして、国の事を色々と語った日々。
未来の妃として信頼されていると思ってとても幸せだった。
エスコートをしてもらって、色々な夜会に顔を出し、婚約者として紹介もしてもらった。
皇太子殿下に恥をかかさせないように、ダンスも仕草も会話も完璧にと常に気を配った。
勉学も人一番頑張った。だから学園で10位以内に常に入っているのだ。
なのに貴方は…皇太子殿下は…いかに、皇室の思惑があるとはいえ、わたくしとの婚約破棄を言い出すだなんて。
秋の鱗雲が、秋の赤い木の葉が、悲し気に見える。
ふと、隣の家の2階のテラスから声をかけられた。
「今日は沈んでいるなーー。アーリア。何かあったのか?」
「貴方はいいわね。気楽で。わたくしなんて…人生悩みばかりだわ。」
「だったら聞いてやるよ。そっち行くわ。」
二階のテラスから大木を伝って、こちらの庭に飛び降りて来た金髪のこの青年は隣のルイスチーノ伯爵家の長男、クリス・ルイスチーノ伯爵令息だ。
本来なら、身分の高い公爵令嬢を呼び捨てにするなどと許せない無礼に当たるわけだが、
ハリスレッド公爵家とルイスチーノ伯爵家は、皇都における屋敷も隣同士、領地も隣同士であり、二人は幼馴染で、兄を交えて良く遊んだりしたのだ。
だから、父も母も、クリスが多少、こちらに無礼な態度を取っても、大目に見てくれて、
我が子のようにも、可愛がってくれていた。
クリスはアーリアの前の椅子に腰かけると、無遠慮に、焼き菓子に手を伸ばし、自分の口に放り込む。
アーリアはメイドにクリスの分の紅茶を用意するように言いつけてから、
「明日には学園中に知れ渡ると思うの。わたくし、婚約を破棄されたわ。」
「ええええ???あれ程、仲良く夜会にも出席してたじゃないか?学園で見た時だって仲睦まじい様子だったぜ。」
「皇太子殿下は他の女性も見て見たいっておっしゃったわ。わたくしの事なんてどうでもよかったのね…。」
「なぁ…。悔しくないのか?」
「勿論。悔しいわ。だって…再びわたくしが選ばれるとは限らない。カルミア公爵家のフローリア様だって美しくて優秀よ。シュテンブルク公爵家のミレーヌ様だって。わたくし、悲しくて悲しくて…。」
その時に、庭への扉が開いて、フローリアがスチュワートと共に飛び込んで来た。
「聞きましたわ。すぐにすっとんで参りましたの。わたくし、わたくし…。スチュアート様を愛しております。でももし、政治的意味合いで、我がカルミア公爵家が選ばれてしまったら…わたくしは…。貴方様と姉妹になる日を夢見て楽しみにしておりましたのに。」
そう言うと、フローリアはアーリアにしがみついて大泣きした。
アーリアも悲しくなる。
涙が溢れ出て、悲しくて悲しくて…。
ただただ、二人は泣くしかなかった。