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突然、世界が暗転して黒い塊が震えたのを覚えている。
私は自分の部屋で寝ていたら突然口を押さえられ喉をかき斬られた。口を押さえられた時に目を開けて相手を見たけれど、目だけが見える黒装束を着ていたあれはプロだろう。
何故なら人を殺し慣れてる目をしていた。無機質で命が無くなるのも平気な目。
ぶるりと震える。死の瞬間はいつでも無慈悲で気持ちが悪く耐え難い。
3回目の人生
目覚めたここは王宮のようだ。
という事は、私は婚約者となって王妃教育をしているのだろう。問題は今がいつなのかだ。
朝早くに目が覚めたようで、部屋には誰もいない。ゆっくり起き上がると部屋の姿見の前に立つ。この姿、もしかして王宮に召し上げられた初日かも知れない。
予感は当たった。
「ラズベル陛下、カテリーナ王妃殿下、アルバート殿下おはようございます、ローズマリー・ステンシルでございます。本日から宜しくお願い致します」
初日の挨拶を行う。1度目は萎縮しオドオドとそれはみっともなかったが、今回は完璧なカーテシーを披露する。どこからともなくほぅと称賛のため息が零れる。
今回も、第1王子は遊学しているようだ。
「…うむ」
「おはようローズマリー!なんて美しくまるで小さな淑女だわ!」
「ローズマリーおはよう。堅苦しい挨拶はそこまで、さぁ食事をしよう。座って」
カテリーナ王妃は感激してアルバート殿下に良いお嬢さんを婚約者にしたわねと声を掛けていた。アルバート殿下も笑顔で返事をしている。
ふと、強い視線を感じる。ラズベル陛下だ。
2回目で判明した母の秘密、あれが本当であれば私と陛下は半分血の繋がった兄妹だ。
アルバート殿下とは叔母と甥になる。
もしかしたら、前回はそのせいで殺されたのかも知れない。
1度目で私を蔑み体罰を与えていたキャッシャー侯爵夫人も、なにも最初からそうだった訳じゃない。堂々と挨拶すると、初日の王妃教育が終わる頃には私に崇拝めいた表情をしていた。
そんな、キャッシャー侯爵夫人やカテリーナ王妃とアルバート殿下を見て思った。
人の表面しか見ない底の浅い人間達。
何もかもが息苦しく、この世は煩わしい事ばかり。これから先の人生を、この人達に左右されると思うとウンザリした。
私は思い上がっていたのかもしれない。
1度目で知識を詰め込まれ、2度目で他人に対しての怯えがなくなり、今回は丁寧に勉強を教えてもらい私は花開いた。
優秀になりすぎたのだ。
完璧で優秀で美しく、その才能も魔力も飛び抜けていて。ローズマリー・ステンシルの婚約者であるアルバート殿下と影で言われるようになっていた。
アルバート殿下は、私がここまでになるとは全く思っていなかった筈だ。
今回の顔合わせの時は、きっとオドオドとしていたのだろう。
彼としては、美しく可哀想な少女を庇護して自分の全能感を満足させてくれるだけで良かったのだ。賢いのも完璧なのも全く求めてはいなかった。むしろ劣等感を刺激されてどんどんアルバート殿下は私に対してあたりが強くなっていた。
しかしそれは逆効果と言うもの。
優秀で美しく何が不満なのだと陰口を叩かれて鬱憤が溜まっていたのだろう。
それはカテリーナ王妃にも言えた。
現王妃よりも国内外で讃えられ民にも慕われる、このことは王妃の矜持を甚く刺激した。
日に日に雰囲気の悪くなる王宮で、とうとう3年で王妃教育は終了と言われた。13歳の私は、後は侯爵家で花嫁修業をしろと下げられたのだ。
これ幸いと、私は残りの短い自由時間を祖父のいる領地で過ごす事にした。
「お兄さまはアルバート殿下の側近候補でしょう?」
「そうなんだけどね、最近は遠ざけられてしまって。あと数年しかないし一緒に過ごすのも悪くないだろう?」
「私は嬉しいですけど…」
「なら、決まりだ」
3度目の兄も2度目に負けないくらいに激甘だ。たまに、もしかして兄も記憶があるのかなと思う時もあるが、兄が言い出さないのならと聞かない事にした。
私の15のデビュタントが終わっても、アルバート殿下は挙式をしようとは言わなかった。
1度目の時と状況は違うが、アルバート殿下に疎まれているのは同じでなんとなく嫌な予感はした。
リリアナがデビュタントしたと領地で聞いた。そこで何があったのかは知らない。
ただ祖父と兄と私は謀反の罪で捕縛された。あっという間の出来事だった。
私はともかく、兄も祖父も巻き込むなんて…。
罪状なんてなんでも良いのだ。
目的は目障りな私を殺すことだから。
私の抵抗も虚しく捕らえられ、魔封じの腕輪をはめられ、地下牢へ投げ込まれた。そこには、罪人達がいた。顔を殴られ腹を蹴られ両手を掴まれ足を掴まれた時に私は舌を噛み切ってやった。
暗転する時、黒い塊が震えた。